12. 起動者
第一から第五まである特務部隊、その設立目的をヒナモリから尋ねられ、ミサキはセイジの顔を見る。
彼とて噂以上の情報は知らず、盛大に
「首都直下型を受けてゾーン対策部隊を編成、フクロウはその後分離したんだったか。極秘部隊の詳細なんて、知るわけないだろ」
「特務部隊が出来たのは、対策部隊が誕生して十年後です。歴史は古いんですよ」
ゾーンの研究と封鎖が対策部隊の本業で、その成果を以って任務を遂行するのが特務部隊だと言う。
遺物を利用した装備なら対策部隊も使用するが、フクロウにしかない大きな特徴が一つあった。
「私たちの部隊には、転移人が採用されています。数は多くありませんが」
「初耳だな……」
「口外してませんから」
おそらく最上級の国家秘密であろう事実を、ヒナモリは茶飲み話のように口にする。セイジは驚愕するよりも、話の雲行きに警戒した。
何を話しても、彼らが言い触らすことはないと、副隊長は確信している。
「部隊の役割は、大きく二つに分類されます。一つは、新規ゾーンから現れる
「敵って、猛獣とかか?」
「そうです。虎や狼のような肉食獣、毒性昆虫、それにウイルスも」
大型獣が転移してくることは、かなり稀な事案だが、生き延びる生物も一定の割合で発生する。数の多い昆虫や菌類などは、当然その確率も高くなり、常に問題となった。
元来の生態系はもうズタボロにされており、従来種と外来種の区別も怪しい有様だ。それでも、新種の繁殖は望ましいことではない。
転移ベルトより南では、定期的に生物層の調査と検疫が実施され、転移地は対策部隊が周回して脅威の発見に努めている。
ヒナモリの言う“制圧”は新たな転移地についての話で、特務部隊は各ゾーンへの一番乗りを担っているということだ。
「しかし、最も重要な任務は、次の二つ目です。貴方たちは、第一特務部隊をフクロウと呼んでいますよね」
「違うのか?」
「それは民間の付けた俗称です。特務部隊では、第一をチェイサーと称します」
「俺たちと一緒かよ。転移現象を追跡するんだな?」
とんだ見当違いだと、彼女は否定した。転移兆候を観測するのは、通常のゾーン対策部隊と研究所の仕事である。
「私たちは転移を永久に停止するために、その根源を追っています。行き先は、
「行ったの、向こうへ!」
声を荒げたのは、これまで静かに話を聞いていたミサキだ。転移を自発的に成功させた者がいるのか? その方法は?
追い求めてきた答えは、ヒナモリが知っていた。
「任意に転移するには、ゲートが必須です。別世界へ通じる遺物があるのですよ」
彼女は手元の書類に目を落とし、セイジについての報告を読み上げる。
転移地点に一早く乗り込み、危険も顧みずに遺物を回収する狂血のキササギ。転移が発動する寸前に、中心地へ進入した経験有り。
「無謀もいいところですが……貴方たちは、転移を目指していますね?」
「……ああ」
「そして、失敗し続けている」
「何が障害なのか、知ってるんだな?」
「形代です」
机に置かれた白布の包みを、ヒナモリの手が開く。
折り畳まれた布の中身は、昨夜取り上げられたセイジたちの形代だった。
「形代は転移エネルギーを吸収して、所持者を守る。望まない転移が起こらないように、力を弾くんですよ」
「ちょっと待って。私は転移を希望していた。セイジもそうでしょ?」
「そんな顔すんな。俺だって転移志願だ、嘘じゃねえ」
言い合いを始めそうな二人を、ヒナモリが片手を挙げて制する。
「そこを思い違いしてますね。希望するのは、貴方たちじゃない」
「どういう意味だ?」
「望むのは、転移陣を展開した者。陣の対象が、転移するんですよ」
「は? 誰だそいつは。なんで俺たちを嫌う?」
別に嫌っているのではなく、対象として認識されないのだと説明が続く。
頻発する転移陣は、この世界の事物を彼方へ飛ばす構築式で形成されており、最初からこの世界に所属していない者は対象外だ。
「つまり、巻き込まれるのは不可能。お二人のような異世界の人間にはね」
「……俺は違う。親が転移人なだけだ」
「ご両親とも?」
「そうだ」
「なら私と一緒です。転移人の血は、そう簡単には薄れません」
セイジの両親は転移直後にゾーンから脱出し、政府の束縛を逃れて廃棄都市で彼を産んだ。元の世界に帰るために追跡屋となったのは、ほぼ必然と言って良いだろう。
やがてセイジも親を手伝って追跡屋稼業に従事するようになり、五年前にミサキと出会う。新規に出現したゾーン、異世界の公園らしき場所を切り取った場所に、彼女はいた。
死体が転がる中、少女が独りへたり込む。唯一の生き残りである彼女を、家族の遺体から引き剥がして、軍が来る前にゾーン外へ脱出した。
さらにその二年後、セイジの両親は転移嵐で事故死する。遺された二人は、転移を求める意志を継ぐが、この世界が嫌で逃げたいわけではない。身寄りも無く、追跡屋の仕事にも慣れ、案外に悪い生活ではないとすら思う。
しかし、自分たちが異世界に迷い込んだ転移人だという意識は、セイジもミサキも常に拭えずにいた。
「新しい形代は用意します。ゾーンへの立ち入りを認める通行証もお渡ししましょう」
各隊の証明印が押されたカードを二枚、ヒナモリが机に並べる。
セイジたちと入れ替わって出て行った将校は、国防軍の南方方面軍の指揮官で、このカードを渡しに来たのだった。
ゾーンに関しては、対策部隊が上級の指揮権限を擁しており、今回も国防軍は補助役に就いている。
彼には面白くない役回りであったため、厭味の一つでも言おうと、自らここに足を運んだものの、ヒナモリの眉すら動かすことは出来なかった。
見た目が若かろうが、物腰が丁寧だろうが、特務部隊で副隊長を軽んじる者はいない。
未だ前線で突撃任務をこなす彼女にもまた、二つ名が付いている。氷のカエデ、その呼び名を知ったヒナモリは苦笑いしつつも、密かに誇りに思っていた。
穏やかな表情を崩さない彼女からは、真意を読み取るのは不可能に近い。
セイジは腹の探り合いを諦め、単刀直入に質問した。
「俺たちに、何をさせたい?」
「あなたたちは起動者、それも転移現象に突っ込んできた経験のせいかエネルギーに溢れてる。特務部隊でも、お二人ほど潜在力が高い者はいません。その力が欲しい」
「まさか、入隊しろと?」
「起動して欲しい物が有るんです。それが済めば、好きにしてくれていい」
外部に協力を求めてまで、起動したい物。セイジとミサキの頭に浮かんだのは、昨夜見た同じ遺物だ。
「環状列石か」
「ご明察ですね。話が早くて助かります」
「見返りは有るのか?」
「あれこそが三例目の特殊遺物、ゲートです。起動できれば、転移陣を自分の手で作れる」
「なっ……」
報酬は転移ゲート、そう告げられては、セイジたちも断りづらい。だからと言って、足元を見られるのも癪に障る。
二人とも即答を避け、念のために拒否した場合についても質問した。
「ここまで話して、自由には出来ません。転移人として、特殊ゾーンに移送します」
「
「嫌なら耳を塞ぐべきでしたね」
起動後すれば好きにしていいと言う約束も、怪しいものだろう。セイジたちが話を受けやすいように、甘言を弄していてもおかしくはない。
彼がミサキの顔色を窺うと、彼女は小さく両手を挙げ、ジェスチャーで意志を伝えた。長年一緒にいれば、これで何が言いたいかは分かる。
引き受けるしかないでしょ、それが彼女の結論だ。
「もう少し詳しく話してくれ。アンタらは、ゲートを使って何をする気なんだ?」
「では、問題無い範囲でお教えしましょう」
三人の面談は、その後、小一時間ほど続いた。
ヒナモリはどんな質問にも淀みなく答えたが、全てを明け透けに話すつもりは無いようだった。
特に第一特務部隊の具体的な任務については、抽象的な言葉ではぐらかされ、どうやって転移現象を止めるかは分からず仕舞いで話が終わる。
セイジたちが持っていた形代は、もう機能を果たせないくらいに破損しているそうだ。処分するなら引き取るとの申し出に、二人は返却を希望した。
彼のペンダントは元々、母親の遺品であり、力を無くしても形見には変わりない。
ミサキの形代も友人からプレゼントされた物で、砕けるまで手元に置きたいと言う。
彼らは大部屋に戻されることはなく、衣装室を別に宛がわれた。昔は多くの衣装が収められていたというだけで、現在は単なる窓の無い小部屋である。
マットと毛布が有るくらいでは、寝る以外に暇も潰せない。
両掌を枕代わりに寝転がったセイジへ、一連のヒナモリの話をどう思ったか、ミサキが感想を尋ねた。
「どうも何も……嘘をつかれてても、判断しようが無いだろ」
「私たちは転移現象に何度も晒されたから、膨大なエネルギーを吸収したって」
「そんな自覚は無いけどな。起動者なのは本当だけど」
「あの副隊長も転移人だって言ってたよね」
「ああ……」
ヒナモリも起動者ではないのか。そう感じたのは、二人とも同じだった。仮にそうであるなら、わざわざセイジたちに頼まず、彼女が自ら遺物を発動させれば済む話だ。
「そうしないのは、どうして?」
「極度の面倒臭さがりか、または――」
「他人にやらせたいほど、危険」
「――ってことだな。危険は承知だ、構いやしねえよ」
枕が無いことに文句を言いつつ、彼女も隣のマットへ仰向けになる。二人は薄汚れた天井を見上げながら、話を続けた。
いいように利用されるのだとしても、ヒナモリの話には一点、彼らが抗えない魅力がある。
転移ゲート、それが本当に開くのなら、ようやくセイジたちは
「そこは信じてみようと思う。ゲートじゃなければ、発動を中断するだけだ。騙しても仕方ない」
「問題は、発動できるか、よね」
「そういうこと。ちょっと休んどけよ。すぐに呼び出されるぞ」
とても眠れるような時間ではなかったが、彼らは
長い午睡もどきを過ごし、数時間が過ぎた頃、特務部隊兵が二人を迎えにやって来た。
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