11. フクロウ

 広い駐車スペースには、既にセイジたち以外のメンバーが揃っていた。

 全員が車を降り、ニキシマの車の側に固まって話し込んでいたが、エンジン音が聞こえて一斉に顔を向ける。


 駐車場の中程まで進んだセイジは、無造作に黒熊を停めて、彼らへ近づいて行った。

 皆の顔は暗くて見えづらくても、彼らの声や軍の通信は明瞭に聞こえる。暗号通信器を持ち出し、それを聞きつつ、今後の行動を検討しているらしい。

 クラネガワは地面に座り込み、機器の操作に精を出している。


「軍がいるのは、まだ南だけか?」

「そのようです。南東の有人地域に対策部隊が、劇場付近に国防軍の本部があります。交信はその辺りからのものばかりですね」

「中央の遺跡にいた部隊は?」

「大型艇がいたなら、そちらこそ指揮官が乗ってそうですが、通信には登場しません」


 第一種暗号で指令を出しているのだろうというセイジの推測を、クラネガワが否定した。

 暗号が違えども、通信が行われたこと自体は捉えられる。南部にいる現場の部隊間以外には、それらしいやり取りが見受けられないそうだ。


「通信規制をしたまま、ここまで大規模な連携は取れないよな……」

「不自然ですよね」


 これからどうするのかについては、各チームで見事に意見が割れた。

 シェールは寄り道無しの北上、ニキシマは軍を避けながら遺物の回収を主張する。

 スカベンジャーたちは、劇場の偵察と、可能なら仲間の脱出を手引きしたいと言う。


 シェールの逃走案以外は、単独チームで実行するには無理がある。

 結論が出そうにないのを見て取ったニキシマは、セイジたちが来て一票を加えるのを待っていた。


「お前がどれを選んでも、それに従う約束だ。どうする?」

「俺が決めるのかよ。遅刻の罰か」


 クラネガワの意見はどれだと聞くと、「メガネに投票権は無い」と返される。最初の失敗が尾を引き、素人扱いを脱するのは、まだまだ先のようだ。

 一瞬、傍らに立つミサキへ目を遣った後、セイジは自分の案を切り出した。


「遺物を回収しよう」

「よっしゃ!」


 ニキシマが軽く拳を振り上げて、勝利をアピールする。

 狂血が逃げるとはシェールも期待しておらず、賛同の代わりに肩を竦めた。


「但し、軍の動きも知りたい。捕まらない程度に、偵察も行おう」

「劇場まで帰る気か?」

「臨機応変にやればいいさ。無理なら引き返して、タイザは別ルートから潜入する」


 日を改めて海上から街に入ることを提案すると、スカベンジャーたちも納得し、暫くは彼らに同行することに決める。

 方針が定まれば、時間は無駄にできない。早速出発だと、各自が自分たちの車へ戻ろうとした時だった。


 夜更けの闇が、強烈なライトの照射で払われる。

 咄嗟に車の陰に身を伏せて、セイジたちは光の発生源へ目を細めた。


 ――十……二十……いや、そんな人数じゃない。


 どこからとも無く、黒い人影がワラワラと湧き出て来る。足音を忍ばせ、綺麗に等間隔で横に並び近付く様子は、影が訓練された兵であると悟らせた。

 兵はライト側だけでなく、駐車場の全ての方向から歩み寄る。

 周囲を見回したミサキが、硬い声で窮地を告げた。


「囲まれたわ」

「くそ……車に乗れ。突破する」


 セイジが黒熊のドアレバーに手を伸ばし、先に彼女を乗せようと促した瞬間、拡声器の大音声が響き渡る。


『こちらはゾーン対策軍、第一特務部隊である。両手を挙げ、投降せよ』

「第一特務って……?」

「フクロウだ。この国の最精鋭だよ」


 ゾーンに関わるあらゆる特殊作戦を熟す第一特務部隊は、名は広く知られていても、実際の任務内容は極秘である。夜間工作が多く、闇に紛れるイメージから、いつしかフクロウの渾名が付けられた。


『抵抗する場合は、発砲も辞さない。繰り返す、両手を挙げ――』


 無謀とそしられようが、セイジは自殺志願者ではない。ましてここでの強行突破は、皆を危険に晒しかねなかった。

 ニキシマやシェールが、苦々しく顔を歪めながらも、手を挙げて光へ進み出して行く。


「俺たちも投降しよう。相手が悪過ぎる」

「諦めたわけじゃ……なさそうね?」

「軍の狙い次第では、まだどう転ぶか分からない。様子見だよ」


 そう冷静であろうと努める彼の表情も、不本意な決断に苦虫を噛み潰していた。

 二人も立ち上がり、ニキシマたちの背後に並ぶ。


 無言で包囲を狭めていた兵たちは、銃が確実に当たるまで近寄り、機械仕掛けのようにピタリと静止した。全員が黒ずくめで、顔まで迷彩の墨が塗られており、見分けがつかない。

 一歩前に出たのが隊長格で、その男がやっと声を発した。


「武器を捨て、地面に俯せろ」


 元より、追跡屋は武器など所持していない。ただ地に伏せた彼らを、数人の兵が手荒にボディチェックしていく。

 その間に、これまた黒塗りの兵員輸送車が三台、駐車場内に入って来た。


 セイジたちから車のキーを集めたところを見て、車両も放置はしないらしい。

 黒熊の扱いを気に掛けつつも、セイジは追い立てられるままに輸送車へと乗り込んだ。

 輸送車といっても、幌の付いた荷台に申し訳程度の硬いベンチがあるだけで、お世辞にも乗り心地は良くない。

 全員を収容すると、車は直ぐに発進して、ゾーンの中へと彼らを逆戻りさせる。行き先は皆が予想した通りゾーンを突っ切った先、タイザの劇場であった。


 半時間ほどの尻の痛いドライブを経て、捕虜収容所と化した劇場の控え室に放り込まれる。

 男女別の大部屋での雑魚寝は、兵の監視が無ければ普段の宿泊と何ら変わりなく、少し拍子抜けしてしまう。


 こうなっては、彼らに出来るのは体を休めることだけだ。

 コソコソと声を潜めて相談する追跡屋たちに、再会を喜ぶ掃除屋チーム。

 サトウはニキシマにこれまでの経緯を尋ね、そこにクラネガワも加わる。


 セイジ独りがさっさと横になり、寝息を立て始めたことに、男たちは呆れながらも感心するばかりだった。





 翌朝、態度の悪い国防軍の兵員によって、数名ずつ小ホールへと連れ出された。

 摺り鉢状の観客席を通り、演台へ上がると、対策部隊の制服を着た面々が奇妙な機器を並べて待ち構えている。軍装ではあっても、首や手の細い研究者風の体つきで、半数は女性だった。


 椅子に座ったセイジへ、何本もコードを伸ばし、手首やこめかみに貼付けて皆で機器を覗き込む。

 それが終わると、ガラス質の球を持ち出し、握り締めるように言われた。


 他に一緒に来たスカベンジャーたちが帰っても、セイジの検診・・は続く。

 金属棒であちこちを突かれ、冷たい液体を手に振り掛けられた辺りで、彼にも何を調べられているのかが分かってきた。


 手の甲に付いた水滴が、緑色に激しく光っている。起動光だ。

 どの器具も、体の内外に力を引っ張り合うような抵抗感を感じたのは、遺物のエネルギーに触れていたからだと気付く。

 起動者であると知られるのは、あまり好ましいことではないのだが、単純反射まではコントロールできない。かなりの能力者だと、既に知られてしまっただろう。


 これがどういう結果を招くかは、検査後の昼飯を終えた時に判明する。

 ニキシマはともかく、シェールすら部屋に閉じ込めたまま、セイジとミサキの二人だけが午後に改めて呼び出しを喰らった。


 雑多なガラクタが押し込められていた劇場の管理事務室は、綺麗に整頓され、ホワイトボードには地図が張り付けてある。

 指揮所ではなく、司令官の控え室といった趣であり、事務机が窓際に一つ残されている以外は、全て壁へ寄せられていた。


 国防軍の兵が、開いた扉の前で到着を報告し、セイジを銃先で小突いて入室を促す。

 部屋の中にいたのは、それまでの下級隊員とは随分と雰囲気の違う男女二人の軍人だった。

 厳つい飾りの付いた軍服姿が男の方で、歳はニキシマよりもずっと上に見える。高圧的で尊大、そんな如何にも国防軍らしい将校だ。


「お前たちが、キササギとユズハラか。子供じゃないか」


 てっきりその将校が責任者なのかと思いきや、男は不愉快そうに二人の顔を睨みつけた後、書類を手に退出した。

 残ったのは女性兵、黒ずくめで機能的な出で立ちはフクロウ所属ということか。改めて観察した彼女は、ミサキの少し歳上程度にしか見えない。

 特務部隊兵にしては髪が長く、肩の上あたりまでブロンドの癖毛が伸ばされていた。


「扉を閉めて」

「はっ」


 部屋の外で待機する兵がドアを閉じると、彼女は自分の席につき、セイジたちも適当に椅子を出して座れと言う。二人は自らパイプ椅子を運んで机の前に置き、彼女に正対して腰掛けた。


「第一特務部隊副隊長、ヒナモリ・カエデです。偽名ですけどね……お二人もかしら?」


 冗談のつもりか、ヒナモリが笑顔を作る。どう反応してよいか分からず、二人は黙って話の続きを待った。


「あなたたちは、犯罪者じゃない。ゾーンの閉鎖が完了すれば、開放する予定です。他の皆さんにも、部下が説明に行きました」

「それは……どうも」


 若い女性の副隊長が、妙に友好的に話すのだから、面食らうなと言う方が無理だ。

 銃で彼らを脅し、ゾーン南東の街では実際に撃たれた。そのことをセイジが指摘すると、面白そうにヒナモリが種明かしをする。


「最初から、ゾーン内の人間を北に集める作戦でした。あなた方は、誘導されたんです」

「じゃあ、無線が南に集中してたのは……」

「故意にやったこと。本隊の通信は、民間人が探知できるものではありません」

「しかし、車に穴を空けられたぜ?」

「狂血ともあろう者が、焦りましたか?」


 今度こそ、彼女は小さな声でクスリと笑った。

 対策部隊が撃ったのは、追跡弾だと説明される。黒熊だけでなく、掃除屋やクラネガワの車にも、対象の居場所を教える弾が撃ち込まれていた。

 通常の機器では感知できない通信方法、場所を発信する弾に、それを受信する探知地図。どれも遺物を利用した特務部隊ならではの装備だ。


「そうまでして、俺たちを捕まえた理由は?」

「勘違いしないで。本来は、転移人を逃がさないための作戦です。追跡屋はオマケ」

「なら、用が有るわけじゃ――」

起動者スターターは別。さて、どこまで知っているのかしら?」


 ヒナモリの本題は、ここからだった。

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