第二章 第三特殊ゾーン

07. 多発

 劇場の前では、ニキシマやシェールのチームが、街に戻って来たばかりのサトウを取り囲んで質問攻めにしていた。

 長身で神経質そうなサトウは、医者か音楽家といった風貌で、淡々と調査結果を報告する。彼は追跡屋ではなく、掃除屋スカベンジャーだ。古いゾーンを回って取り零した遺物を漁り、その売却益で大所帯のチームを運営する。

 総勢二十人にも上るメンバーを養っているのだから、追跡屋のおこぼれと馬鹿にしたものではない。遺物が土中にあれば掘り起こし、見逃された微小な物も残らず拾う。セイジたちがゾーンのプロなら、スカベンジャーは遺物のプロだった。


 サトウのチームがタイザ近くの旧ゾーンを今一度調べ直していた時、新たな転移現象に遭遇する。

 二名ずつ十班に分かれて各地に分散していたところ、四班が立ち上る青い転移光を確認したと言う。


「転移の規模は?」

「どれも両手を広げたくらいだそうだ」


 質問したのはセイジで、既にサトウから話を聞いたニキシマが答えてくれた。

 避雷針は回収しておらず、遺物だけ拾い、チームの半数がタイザに帰還した。残りの半分も、一時間ほどで帰って来る予定である。

 獲得した遺物の内訳を説明し始めたサトウへ、部下の一人が走り寄り、皆の前で最新の通信内容を伝えた。


「帰投中に、また二つ形成光を観測したということです」

「これで六つだぞ。場所は?」


 部下がサトウの車のボンネットに、大判の地図を広げた。ビッシリとゾーン痕跡の場所が書き込まれた、スカベンジャーの虎の子の情報マップだ。

 既に最新の六ヵ所も記してあり、出現日時と共に赤丸で強調されていた。


「川の上流から、下流へ遷移して発生しているな……」


 サトウの言う通り、四ヶ所は徐々に西へ移動しているように見える。川の行き着く先は、タイザ市街だった。

 二カ所は南東の山と、そこから北西へ少し離れた地点であり、これも二点を直線で結ぶとタイザに至る。

 地図を覗き込んでいたシェールが、ポツリと呟いた。


「群発性転移……」

「何か知っているのか?」


 ニキシマの問いに、彼女が古い記憶を引っ張り出しながら語り出す。


「百二十年前、巨大転移が起きる寸前に、小さな転移が連続したって言われてるのよ」

「それって、首都直下型転移の時か」


 かつては国の首都も転移ベルトの上にあり、穴を空けられて遷都を余儀なくされた。首都直下型の中でも、最も大規模だったとされるのが百二十年前のものだ。


「正式な記録も無いし、噂話として伝わってるだけよ。他の転移じゃ見られないから、作り話だと言う学者もいる」

「その二例目が、これかもしれないんだな?」


 何の確証もないが、転移が西進しているのはタイザでの大規模現象を懸念させる。

 連鎖が止まることもあれば、そのまま海上に抜ける可能性もあるとは言え、安閑としていられる事態ではないだろう。

 タイザの東方、車で二十分ほどの地図上の一帯を、セイジの指がぐるりと囲った。


「この辺りでケリを付けよう」

「どうやって?」


 ニキシマだけでなく、シェールやサトウも怪訝な顔を彼へ向ける。転移を制御できるなら話は簡単だが、そんな技術は未だに開発されていない。

 セイジが第十一都市で行った避雷針の破壊は、発動の寸前に現場に突っ込む彼にしか不可能な方法だ。またあれを繰り返すのかと思いきや、彼は真逆を言い出した。


「転移が続くようなら、エネルギーが有り余ってるんだろ。発動の瞬間に避雷針を集めて、範囲を広げよう」

「ガス抜きするつもりか。そんなことをしたら、逃げられなく――」


 不適に笑うセイジを見て、ニキシマは言葉を切る。この男は、そんな無茶も躊躇わない狂血・・だ。


「メガネの機材が届けば、発生も察知できるし、中心も分かる。それまでに、避雷針の数を揃えたい」


 彼の要望には、サトウが応じてくれる。新規のゾーンを含め、中心が明確な地点を何カ所か把握しており、六個プラスαの避雷針が手に入りそうだ。

 いくつかは追跡屋も担当することにして、早速、各チームが出発して行った。荷物待ちで留守番となったクラネガワは、少々不満そうに皆を見送る。

 彼らが再び劇場前に集結したのは、それから五時間後、太陽が山際に近付く夕刻のことであった。





「全部キササギの車に積め!」


 ニキシマの号令で、集まった避雷針が黒熊へ運ばれる。それらを積むのは、ミサキの仕事だ。

 大小様々な鉱物が大半で、蔦が編まれたリース状の輪や、彼女が持つ形代に似たガラス片もあった。

 形代は鶏卵サイズの青いガラスをベースに、目玉の模様が白と濃紺で描かれたものである。避雷針はその破片といった大きさで、僅かに乳白の色ガラスが表面に付着していた。

 ゾーンの産物という括りでは、形代と呼ばれる“お守り”も遺物の範疇に入る。追跡屋には必携のこのアイテムも数が少なく、クラネガワが割って増やそうとしたのはそのせいだ。

 同じような形状ながら、片や転移を招き、片や転移エネルギーの奔流から身を守る。どんな理由でこれらが生まれるのか、諸説あっても結論は出ていなかった。


 ――二つが似ている、そこに何か鍵がある気がするのだけど。


 車の後部に積んだボックスの中へ避雷針を納めつつ、ミサキは漠然と転移の仕組みを考察する。


「ねえ、セイジ。避雷針ってさ、妙に形代に――」

わりいっ、もうちょっとで繋がりそうだ」


 彼女が思索に耽りそうになったその間、セイジは助手席で微震動データと格闘していた。

 狂血は行動が基本、自分たちらしくもなかったかと、ミサキは口を閉じて彼の首尾を見守る。

 答えはきっと、走った先にあるだろう。


 慣れない機器に四苦八苦しながらも、セイジは何とか最寄り観測器へアクセスを成功させ、同じ手順で他の地点データも受信する。

 震動の強さで色分けして、地図と重ねて表示した彼は、過去のデータが新規ゾーンの六地点と合致することを確認した。

 時間軸をズラして、現在の情報を映す。転移の微震動は、現象が終了するまで発生し続けるので、断続的な揺れは表示から排除していい。

 セイジの声が、車の後ろへ飛んだ。


「ミサキ、東に向かうぞ! 二十分前から震動が始まってる」

「近いの?」

「車で十分くらいだ!」


 他のチームも、データの受信器は受け取っており、ほぼ同時に行動を起こす。

 急発進する黒熊を先頭にして、ニキシマ、シェールと続き、今回は最後尾にクラネガワのチームも参加した。

 林のど真ん中を突っ切ろうと黒熊が藪へと直進すると、ニキシマは慌てて正規ルートへハンドルを切る。


「相変わらず無茶苦茶だ、あいつらは」

「キササギさんたちは、転移が怖くないんですか?」


 ニキシマの隣に座るテダが、常に最短距離、最奥地点を目指すセイジたちの姿勢に疑問を呈した。


「本人から聞いたことはないけどな。キササギは自分も転移するつもりだろう」

「新世界教ですか」

「そんなチンケな宗教とは関係ねえよ。あいつらは徹底したリアリストだ」


 別世界に行きたいと願う者はいないではないが、追跡者になってまで求める人間は聞いたことがない。

 普通の人間にとって、転移の瞬間に突っ込むのは自殺と同意義だ。別世界に旅立ちたいだけなら、首を括った方が手間も掛からず安く上がる。


「転移したいって、何でまた……ユズハラさんも?」

「ああ。セイジは親父の代からそうだった。あの二人は、多分――」


 ニキシマたちの前方に、数本の雷が破裂音を立てて落ちる。中空を跳ね回る青い稲妻、導雷だ。


「始まったぞ。計器の数値から目を離すな」

「はいっ」


 普段なら転移地の外縁で待つところを、セイジ以外のチームは大きく距離を取って停車した。計画が図に当たると、どれくらい範囲が広がるか予想がつかないからである。


「全車、アンテナを雷に向けろ!」

「散布型の探知粉はどうしますか?」

「届きゃしねえ。大型ピンだけにしとけ」


 各チームとも、二車線の幅いっぱいに車を並べ、観測の準備に取り掛かった。

 クラネガワが用意した大型ピンのおかげで、転移地の電圧変動が解析器に伝わる。


「導雷は少なめです。転移規模は小!」

「すぐに大きくなるさ。メガネっ!」


 呼ばれたクラネガワが、最前列のニキシマの元へ走ってくる。


「規模がデカいと、軍が来る。通信は傍受できるんだろ?」

「本隊命令の第一種暗号は無理です。現場の通常交信なら」

「それでいいから、警戒しといてくれ。上手くいきゃ、大仕事になるぞ」

「分かりました!」


 ――頼むぜ、キササギ。お手並み拝見だ。


 前方の谷あいに、青白い狼煙が上がった。形成光の作る細い円柱を、追跡屋たちが期待を込めて見守る。

 セイジの試みが成功するか見極めるには、まだもう少し待つ必要があった。





 黒熊が目標地点に到着したのは、導雷が発生し始めた頃だ。転移円は谷の底を流れる川跡に展開したらしく、砂利の平地には木も生えていない。

 雨の少ないこの季節、川が涸れて水気が無いのは幸いだが、他に金属や突起物が見当たらないのはマズかった。廃棄都市と違い、これでは絶縁コートを着用していても、落雷の標的になりかねない。


 稲妻の走る範囲外に車を停めたセイジは、パイルを打ち込んで固定する。

 車から降りると、後部ボックスから大型ピンを三本取り出して走り出した。

 ミサキは避雷針を入れた箱を持ち、後を追おうとしところ、彼が振り向いて制止した。


「先に避雷針を作る!」

「集めるじゃなくて?」

「雷が落ちる方の避雷針だ。ピンを身代わりに使う。ミサキは磁力センサーで中心を探してくれ!」

「了解」


 出来れば、この作業は導雷が起きる前に済ませたかった。手早くやらないと、自分が雷に打たれてしまう。

 青い稲妻の動きから、転移円の見当を付け、円周であろう場所に一本目を打ち込む。先端がドリル状に機動するピンは、柔らかい土質のおかげで、簡単に地面に直立した。


「右前方に大岩が見えるでしょ!」

「おうっ」

「その手前に磁力極がある!」


 とすると、ピンを打つのは、そこまでの途上がいい。脱いだコートで二本のピンをくるみ、彼は岩へ向かって転移円の中へ踏み込んだ。

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