06. ランチ

 鑑定が一通り済むと、皆は劇場内へ遺物を運び入れる。

 一仕事を終えたセイジも、バケツの一つくらいは持つつもりだったが、待っていたクラネガワが走り寄って来た。

 ミサキは中に入ってしまったので、今度は任せる相手もいない。

 青年が謝罪と礼を述べるのを、彼は面倒臭さそうに聞き流す。


「俺一人だったら、放置したよ。ミサキの前で見殺しにも出来ないだろ。礼ならアイツに言え」

「あっ、いえ……もちろん言いました」


 そっくりな台詞を二人から聞かされて、青年も思わず微笑みそうになるものの、そこは顔に出さず我慢する。

 もう用件は無いだろうと、追い払うように手をヒラヒラさせて、セイジは背を向け歩き出した。


「あのっ、協力の話、ぜひ検討してください!」

「ん? ああ……」


 何のことかは、その場では本人に問わず、劇場の倉庫にいたミサキを掴まえて聞く。


「ああ、彼、クラネガワ・モーターズの一族なのよ。創業者の曾孫ひまごって言ってた」

「やっぱりそうか。あんまりいない名前だしな」

「多少は仲良くしといたら?」

「よせよ、金持ちだからって、ドン臭いヤツの相手は勘弁してくれ。こっちまで危なくなる」


 人付き合いの悪い彼女が、一体どういう風の吹き回しだと、彼は訝しんだ。もう五年以上、一緒に行動していて、他人との交流を勧められたのは初めてだ。


「手伝ってくれるんだって。会長もね」

「……会社が協力するのか?」

「表立ってじゃないみたいだけど、資金と機材は潤沢そうよ」


 何やら考え出したセイジに、彼女が追い打ちを掛ける。


「欲しいって言ってなかったっけ。ほら――」

「高性能通信機。政府のデータに侵入できるヤツ」

「それそれ」

「明日の昼飯は、クラネガワに奢らせよう」


 ――欲しい機材を、リストアップしとくか。

 翌朝の仕事の算段をしつつ、ミサキと別れた彼はシャワールームへと向かった。


 タイザは廃棄都市とは言え、未だに電気や水道といったインフラが稼動している。

 街の北東の沿岸に、発電用の大きな風車が林立しており、これが主な電力の供給源だった。

 メンテナンスは滞りがちで、どの施設も騙し騙し動かしている状況だが、室内には照明が点き、蛇口を捻れば温水も出る。

 特にこの劇場は、各地を移動する追跡屋の拠点であり、内部は機能的に整備されていた。


 身体の汚れを落としたセイジは、男性用の控え室へと移動して、自分の寝床を確保する。劇団員や演奏家たちが使った部屋は、布団の敷かれた宿泊室に模様替えした。

 常夜灯の弱いオレンジ光の下、男たちが雑魚寝で夜を過ごす。

 第十一都市に行くまで、車中泊を繰り返したため、手足を思いっ切り伸ばして寝られるのは、三日ぶりだ。

 陽が昇って随分と経った翌朝遅く、ニキシマに怒鳴り起こされるまで、セイジは快適な睡眠を貪った。





 のんびりと顔を洗うセイジの横に立ち、ニキシマが昼の予定を告げる。チームリーダーを集めて、昼飯を兼ねた会議を行うらしい。

 彼らにシェール、クラネガワという昨日の四チームが、次の目標に向け意見を交わす予定だ。

 昼食代はクラネガワが負担するそうで、図らずもセイジの思惑通りになった。


 二時間ほどミサキと買い出しに励んだ後、二人は駐車場の屋上へ上って行く。起動者である彼女も、こういった席に顔を出すのが通例であった。

 詫びのつもりなのか、昼にしては豪勢な網焼き料理が並ぶテーブルで、既に他のメンバーは食事を始めていた。

 セイジたちが腰を下ろしたのを見て、ニキシマが進行役を買って出る。


「まずは昨日の遺物の分配だが、砂以外はブローカーに引き渡して構わないか?」


 皆は頷いて賛同を示した。

 砂はシェールが管理し、武器素材への転用を技術者と相談する。


 昨夜、砂を浴びた木は、ボロボロに根腐れを起こしていた。

 破裂効果に合わせて毒性も強いらしく、ショットガン辺りの弾に組み込めば、掠ると致死毒を与える物騒な対人兵器になるだろう。

 これらゾーン突入で得た利益は、現場にいたチームで均等割り、これが追跡屋の不文律だ。

 チームの所属人数は関係なく、二人しかいないセイジたちは儲けがいい。その分、危険な場所にも突撃していくのだから、文句を言う人間もいなかった。


「では、本題に入ろう。次の発生は近日中に起こる、みんなもそう思うよな?」


 第十一都市の転移現象は、無理やり矮小化したため、エネルギーは放出され切れずに終わった。

 次の大規模な転移が、また直ぐこの近辺で起こるというのが、皆の一致した見解である。

 その上で、シェールが難点を指摘した。


「どうやって発生を察知するかが問題よ。今度は都合良く台風が来たりしない」

「一応、気象データは集めてる。また異常を感知したら、ここのメンバーには知らせるつもりだ」

「手分けして、兆候を偵察するしかないんじゃないの?」


 転移の発生場所には、一定の法則性がある。列島の北部よりも南部に集中し、それもデタラメな配置にはなっていない。

 今までの転移スポットを地図に印していくと、はっきりと濃淡が描かれることになる。

 発生が重なる濃い地域は、縞のラインとして現れ、最も太く黒い帯が列島を半分に切り分けていた。第十、第十一都市を含むここ、転移ベルトだ。


 シェールの提案は、第十一都市を中心にして、ベルト地帯を各チームで巡回して行こうというものだった。

 堅実ではあるが効率の悪い方法に、セイジが異議を唱える。


「起きるのは、ほぼ確定事項なんだから強攻策で行こう。この地域の観測データを入手する」


 ニキシマは彼を見て、もう一度報告を繰り返そうとした。


「気象データなら、さっきも言ったように――」

「気象じゃない。微震動だ」

「おいおい、軍の管轄じゃないか」


 大きな地震の記録は、もちろんニュースとして周知される。

 しかし、震度一以下の小さな揺れに関しては、ゾーン対策軍が管理していた。微震動は、転移の初期兆候でもあるからだ。

 もっとも、各地の観測所で集めた情報を、彼らが有効に活用しているとは言い難い。

 元より地震の多いこの国で、揺れは毎日、頻繁に記録される。その度に出動するわけには行かず、結局、微震動のログは研究用に回されているのが実情であった。

 今朝方、メモした紙を眺めつつ、セイジがクラネガワへ顔を向ける。


「観測所は無線で記録を飛ばしてる。それを傍受することは出来るよな?」

「第二種暗号通信ですか。会社の知り合いに頼めば、デコード用の通信機は送ってもらえると思う」

「どれくらいで?」

「陸路で三日……高速艇なら半日ちょっとかな」


 それなら間に合う可能性が高い。


「二つ頼む」


 セイジの要求を聞いて、ニキシマが訂正する。


「三つだ」

「四つよ、坊や」


 シェールもこの話に乗った。

 ハナから資材で協力する気があったクラネガワは、あっさりと承諾しつつも、坊や呼ばわりには抵抗する。


「リョウです。クラネガワと呼ぶと目立つので、出来れば避けて欲しい」


 自チームのメンバーにもそう伝えているが、会社から選抜した仲間では、創業家の長子という扱いがなかなか抜けない。

 甘やかされているようで嫌だというのが、彼の本音だった。


「リョウでいいけど、渾名は“坊や”でしょ」

「もうちょっと他の呼び方は……」


 ニキシマは“間抜け”、セイジは“メガネ”と案を出し、どれも気に入らないクラネガワは、最後のミサキに賭けた。

 皆の視線を集めた彼女が、青年をチラリと見て愛称を口にする。


「“財布”」

「……メガネで行きます」


 メガネが他に要る物はあるかと、皆に尋ねると、セイジがリストを読み上げた。

 微弱電波も受信する高性能車載アンテナ、転移電圧を数本で計測できる大型ピン、夜間活動用の照射器。


「どれもうちのチームが用意した装備ですね。皆さんの分も、祖父に掛け合ってみます」

「メガネはどうやって避雷針を見付けた?」

「磁場を計測しました。電圧ほど広範囲には変化が出ませんが、極の方向で中心が分かります」

「そのセンサーが最優先で欲しい」


 避雷針は形成光が発生してからでないと、通常は識別できない。

 彼らが見付けられたのは偶然ショッピングモールに駐車した結果ではあるが、電位情報と組み合わせれば今後の中心同定は楽になるだろう。

 予想以上にメガネが役に立つ男だと判明したところで、会議は終了する。


 資材の到着までタイザに留まることにして、セイジたち以外の皆は各々の仕事へと解散した。

 彼らを見送るミサキは、難しい顔を保ったままだ。

 会議に上ることのない自分たちだけの目的について、彼女は考え込んでいた。


「転移は発見できるかもしれないけど、私たちが弾かれるのは解決してないわ」

「案外、大規模だとすんなり成功するかもしれない。自分たちを切り刻めないなら、転移をデカくしよう」

「わざと転移規模を変えるつもり?」

「縮めるのは出来たんだ。大きくするのも可能だと思わないか?」


 トンボ玉を砕けば、発動をある程度抑えられた。避雷針の能力の大きさが、呼び寄せる転移現象の規模に関わっているのは、実証されたわけだ。

 そうであれば、避雷針を大きくすることで、転移範囲は拡大するのではないか。


「集めた避雷針を、まとめて配置するわけね」

「そういうこと。あの石版も、無理してでも運べばよかったな」

「今は軍が出張ってるから、取りに行けないわよ」


 急ぐあまり、避雷針の石版を全て回収しなかったことを、今さらセイジは惜しく思う。

 そんな未練がましい考えは、階段を駆け上ってきたテダの叫びで、打ち消された。


「転移が発生しました!」

「どこで?」


 昨日の今日という発生間隔に驚くのは、まだ早かった。


「南東の山中と、すぐ東の河畔です」

「二カ所同時か!?」

「違います。河畔は三地点、四ヵ所同時でした」


 同時発生数の新記録じゃないのか、それがセイジの感想だった。

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