05. 遺物

 駐車場ビルの屋上、カニ鍋屋の吹きっ晒されたテーブルに、茹でたカニが丸ごと一匹置かれる。

 セイジとミサキは、料理バサミでジャキジャキとカニを解体して行き、甘味のある肉を堪能していた。黙々と殻を積み上げた二人は、次に根菜のスープで夕食を締める。

 保存食も買っておくかと、干物を売る一階へ移動しようと席を立った時、若い男の声が呼び止めた。


「セイジさん、みんな到着しました。劇場へ来てください」

「思ったより早いな。すぐ行く」


 ニキシマのチームの最年少、テダが呼び出し役を申し遣ったらしい。セイジたちより五つは年下と思われるが、正確な歳は誰も知らない孤児の少年だった。

 つなぎの作業服を着た彼は、用件を伝えると走って階段へ向かう。


 セイジたちは、せいぜい早歩きといった急ぎ方で、その背を追いかけた。

 多くの屋台はもうすぐ店仕舞いになるので、食糧品を買い込むのは翌朝になるだろう。


 遺物関連の店がある三階、日用品を売る二階、そして食品を扱う一階と降り、劇場へ続く広場に出る。

 ここにも色取り取りのテントや簡易な小屋が立ち並び、夜のこの時間でも人は多い。

 売り物に一貫性は無く、敢えて言えば酒を飲ます店が目立つくらいか。


 酔って機嫌を良くした男たちを掻き分けて、二人は暗い劇場裏へと脇道を行く。

 市場のような照明はなく、劇場の周りは闇夜そのものである。

 裏には大型車も停められる搬入口があり、今では遺物を運び込むために使われていた。


 入り口の前の地面には、既に他のチームが戦利品を並べ終え、今から吟味を始めようというところだ。

 セイジが来たのを見ると、ニキシマが手招きして呼び付けた。


「ちょっと判別を手伝ってくれ。難易度高めだぞ」


 飄々とした中年親父に比べると、腕を組んだシェールの顔は険しい。天然の遺物は価値の低い物が多く、今回はハズレだと危惧しているようだ。

 セイジに付き添い、遺物を調べようとしたミサキは、眼鏡の青年に声を掛けられた。

 怖ず怖ずとしたクラネガワを一瞥しただけで、相方はさっさと先へ歩いて行ってしまう。

 仕方なく、彼女は青年の相手をするため足を止めた。


「なに?」

「あの……助けて頂いた御礼を言いたくて」


 ニキシマ辺りから、もうこってりと絞られたとは思うが、優しくしてやる義理は無い。


「私だけだったら、放っておいたわ。礼ならセイジに言うのね」

「経験不足で、ご迷惑を掛けてしまいました。すみません」


 素直に頭を下げるところを見ると、反省はしているらしい。

 こんな頼りない追跡屋でも、何度か場数を踏めば、それなりに動けるようにはなるのだろう。

 経験を積むのは、もっと小さな転移でやってくれないと、こちらは割に合わないのだが。そんな愚痴は口に出さず、彼女は話を打ち切って歩み去ろうとする。

 だが、その途中で振り返り、一つだけ青年に質問した。


「クラネガワって、あの・・クラネガワに関係あるの?」

「……ボクの曾祖父が、創業者です」

「そう」


 淡泊な返事とは裏腹に、彼女の目は興味深げに青年をめ回す。

 世事に疎いミサキでも、クラネガワの名は知っていた。黒熊の元になったのは、同じ名前の会社の四輪駆動車だ。

 自動車メーカーを筆頭とする巨大コングロマリット、クラネガワ財閥。青年の言が本当なら、彼はその御曹司であり、追跡屋を目指すような立場にはない。


 金持ちの道楽なのか、恵まれた環境に対する幼い反発なのか――。

 彼女の値踏みするような視線は、クラネガワの名を聞いた皆が向けるものだった。

 下手に隠す方が信用を得にくいと、ニキシマとの会話で身に染みたため、彼はここに来た理由を簡潔に説明する。


「両親は、南部の工場を視察中、転移に遭遇しました。第三十六廃棄都市です」

「貴方も追いかける気?」

「陣に突入するつもりか、という意味ですか? それは……分かりません。ただ、この現象が何なのか、自分も現場を見てみたかった」


 モールで避雷針に近づいたのは、少しでも現象解明への手掛かりが欲しかったからだそうだ。無謀ではあっても、幼稚な好奇心とは違う。

 もし転移を望むなら、彼女らの同類とも言えよう。


「この調査には、祖父も反対していません。会社ぐるみとは行きませんが、バックアップもしてもらえました」


 後ろに停めた自分たちの追跡車両へ、青年が振り向き、ミサキも言わんとすることを理解した。

 二台のランドクルーザーは、どちらも黒熊より一回り大きく、パイルや牽引機まで搭載した特注品だ。クラネガワ・モーターズが用意した転移観測用の最新鋭車であることは、容易に推測できた。


「機材は調達できます。だけど、経験や知識はボクたちだけじゃ足りない。厚かましいのは重々承知してますが――」

「協力しろと?」

「手伝わせてください。何を調べるべきかも、まだハッキリしないんです」

「……考えとく」


 クラネガワ・リョウ、それがフルネームで、出来ればリョウと呼んで欲しいと言う。

 セイジのお人好しも、今回は見返りが期待できるかもしれないと、多少態度を和らげて彼女は青年から離れた。

 リョウはセイジにも挨拶したいらしく、遺物の鑑定が終わるのを待つつもりだそうだ。

 砂を詰め込んだバケツの前にしゃがみ、ウンウンと唸るセイジの傍らに、ミサキも腰を屈めた。


「いいものはあった?」

「んー、杭は期待ハズレだった。水もダメ。シェールチームが拾ったロープは、束縛系の効果が発動する」

「よくあるヤツね」


 メーター式の計測器を持ったニキシマが、ここまでの結果をまとめてくれる。


「どれも力は標準値。おかしな数値なのは、ロープとこいつだけだ」


 彼が指したのは、セイジが唸っている砂である。

 ゾーンの遺物には、全て“転移エネルギー”が含まれる。言わば、電池のような存在で、これが元からなのか、転移の結果なのかは分からない。

 ゾーン内の物質は、膨大な転移エネルギーに晒されたはず。その力を取り込むのだろうというのが、通説であった。


 ニキシマが持つ計測器は、微細な遺物を利用してエネルギー量を計る仕組みだ。

 エネルギーは様々な物質に流れ得るが、やはり遺物同士での相性が最もよい。この力を熱や動力に変換する方法もあるのだが、その利用法は少し勿体ない。

 遺物の力は、遺物に使う。薪や電池代わりではなく、力は特殊な遺物にこそ活用したい。


 それが例えば、シェールが今、仲間を実験台にして振り回しているロープである。

 発動能力を持つ手袋を、ゾーンで汲んで来た水へ軽く浸してから手に嵌め、鞭を構えるようにロープの端を持つ。

 一見、ただの麻縄に見えるロープは、力を注がれると蛇の如く鎌首を持ち上げて動き出した。近くに立たされていた男の身体へ、グルグルと紐が巻き付き、痛い痛いと悲鳴が上がる。

 チームリーダーが納得するまで、この拷問は続く。

 彼女が解放しても、男はフーフーと息を荒らして、暫く地面に寝転がっていた。


 この魔法にしか見えない力こそが、遺物の価値を高め、ゾーンを追い求める人間を産む。

 雷龍を放つ“電池”、小型爆弾と化す“ライター”、毒霧を噴射する“スプレー”。転移現象が、人知を超えた魔道具を作り出すとも言われているが、これもまた、真実は誰も答えられない。


 ひょっとすると、転移の向こうの世界は、魔法が飛び交う異境なのではと噂されてもいる。

 ニキシマはその説を信じたいらしく、一度、自分の想像した魔法世界についての熱弁を聞かされた。セイジもミサキも、夢見る中年には曖昧に笑うしかない。


 ともあれ、含有エネルギー量が高い遺物は、何か変わった発現をすることを期待された。

 地面に高反応が得られたため、取り敢えず大量の砂を掬って持ち帰っている。詳しく計測してみたところ、砂粒の一つ一つが、かなりのエネルギーを秘めていることが分かった。

 セイジは粒の一つを指で摘み、左の掌に乗せて目を凝らす。

 ミサキも顔を近づけて、その粒の奇妙な形に注視した。


「棘が有るわね。単なる砂じゃなさそう」

「イガ型か……ひょっとして、植物の実かな」

「小さな死骸かも。ウニとか」


 彼女の推理の方が正解に近く、砂に思えたのは刺胞動物の成れの果てだった。

 正確な生物分類が出来ずとも、問題ではない。元が生き物であると分かれば、どんな発動をするかイメージも湧こうというもの。


 少量の砂を握り込んだ彼は、やたらと成長した歩道脇の植え込みへ歩いて行く。

 拳の中に意識を篭め、手応えを感じ取ったところで、人の背丈ほどある木に向かって砂を投げつけた。

 赤く発光した砂は、当たった先で弾けて、パンパンと爆竹のような音を立てる。

 実際、一粒ずつ炸裂した砂によって、低木は蜂の巣にされ、枝葉が木っ端微塵に飛び散った。

 ロープを片付け、後ろから様子を窺っていたシェールが、やっと楽しそうに手を叩いた。


「武器になりそうね! 弾の材料になるわ」

「明るくなってから、木を調べた方がいい。爆発させるつもりで投げたんじゃないからな」

「追加効果があるなら、尚のこと使えるじゃない」


 どこまで有用な遺物かは、今の段階では判断できないが、未知の能力はブローカーも興味を示すだろう。

 無駄足ではなかったと知れ、追跡屋たちの表情もいくらか和らいだ。


 遺物を発動させるには、手袋のような呼び水となる起動器スターターが要る。ニキシマの計測器も、同じ理屈だ。

 ところが、中には起動器を使わずに、直接遺物を扱える者も存在した。

 セイジは、そしてミサキは、そんな特殊な能力を持つ人間である。


 彼らもまたスターター、起動者と呼ばれていた。

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