第3撃 「真のヒーローは遅れない」
「お前中々強ぇーじゃねーかっ!」
ぼぉーっとする頭に叩き流れ込んでくるいけすかない声。
「だがしかぁしっ!ちょぉーっとだけ俺様には及ばないなぁ!!」
うるっさいなぁ。誰かこいつ黙らせてくれよ。
カナタは左手に持っている泡で溢れた木のコップを自分の口元へ運び、芳醇で苦味のあるなんとも言えない美味しさの飲み物を、喉を鳴らし飲み干した。
「おばちゃぁん。もう一杯ちょうらい。ヒック。」
おかしいなぁ。なんだか上手く喋れないし、手足の感覚がない。頭もいつも以上に回んない。目は回ってるけど。
「アッハッハ!アンタ。新人さんだねぇ〜?とってもいい飲みっぷりだ!おばちゃんは気に入ったよ!でも…ハイッ!コレがラストだよっ!サービスだからありがたく飲みなっ!!」
ドンッ!
「らりがとぉございまふ。」
「おぉいっおいっ!俺様を無視してくれてんじゃねぇぞクルクルくせ毛野郎がっ!」
「お前だってソバカスだらけだろぉが!」
って言いえば良かった。
この煩いのは目が少し釣り上がっていて、鼻まわりのソバカスが目立つ。髪の色素が薄いのか若干明るい茶色で、短髪ツンツン。
「だかりゃぁ〜。何回も言ってりゃでしょぉ?俺はカナタってさぁ〜。」
「うっせぇよ!ピヨピヨ言ってねぇで、さっさと腕組みやがれっ!」
"うですもう"と言うらしい。
男同士が見つめ合いながら腕を互いに重ね、先に手の甲がついた方の負けという単純明快なゲーム。いや。アイツは"決闘"とか言ってたっけ?
「もう一回らけだぞぉ〜。」
「よぉしよし!おいそこのモブっ!お前!審判やれっ!」
「"リー"。お前あとで絶対殺す。」
このモブと言われた男はとても綺麗な顔立ちをしてる。
色白で髪は黒。髪は恐らく肩まであり、それを後ろで束ねている。
因みに茶髪のベリーショートは"リー"…と言うらしい。
「ヒイィっ!…こ、怖くもなんともねぇんだよっ!早く始めろっ!」
それにしてもここは居心地が良い。
この店の雰囲気は"リー"と呼ばれるカラス一匹が鳴いたくらいじゃどうにもならないほど好きだ。
「はぁ…じゃあ行くよー。はい始めっ!」
「どりゃぁぁぁあ!!!!!?」
その間2秒。
「クルクルの勝ち〜。」
「ぬわぁんだってぇ〜〜!!」
いやいや弱すぎだろ。俺が強いって勘違いするよ。
「だかりゃあ〜。カにゃタらってばぁ〜。」
「フォッフォッフォッ。賑やかにやっとるのぉ〜。」
「み、認めねぇぞっ!そ、そうだ!手加減。手加減してやったんだ!も、もう一回やりやがれぇ!」
「Zzz〜。」
「フォ?寝てしもうたのぉ〜。明日の"入園式"もある事じゃしそろそろお開きじゃな。」
入園式って…あぁ例の学園のか。遂に始まるんだな…明日から。
「なに!?勝ち逃げか!?逃げるって事は負けを認めるって事だかんなっ!?だから俺様の勝ちだぁ!!」
「な訳あるかっ!」
ゴンッ!…。
追申。この時に起きたことごとを俺は覚えていない。
―――
「うげぇぇぇ。♪」
翌朝。と言うよりも今夜かな。
「はぁはぁ…具合悪りぃ〜。」
脳が統率する組織の内部に裏切り者がいて、そいつらが頭の中を満遍なく、そして容赦無く殴り回っているとしか考えられない。
「頭が破裂するぅよぉ…うげぇぇぇ。♪」
便器に頭を突っ込みながらなんでこうなってしまったのか考えるが、全く思い出せない。
「〜〜♪」
ガチャ。
鼻歌交じりに部屋に入ってくる怪し過ぎる気配を感じた。
「フォフォッ!?おぉ〜。沢山吐いとるのぉ。若い証拠じゃ!フォッフォッフォッ!」
「ジィさん…。」
「薬草を買ってきたでのぉ。飲むと落ち着くんじゃ。」
薬草か。確かに有難いけど…。
「はぁはぁ。ジィさん。さっきの昼みたいに魔法だったか何だかで治して貰えないですかっ?」
魔法…。笑える。
一昨日くらいまで魔法なんてこの世に無いって思ってた奴が、今は魔法に頼ろうとしてるなんて。苦笑
「何を言うとる。魔法だって無限に使える訳じゃ無いんじゃぞ?こんな所に使っとったらいざという時、後悔してもしきれんじゃろぉ?」
しかも断られた。哀れすぎる…。
あと"魔法"って有限なんだね。
しょうがなく。如何にも不味そうな薬草を口へと頬張った。
ザラザラする。
「し〜っかり噛んで飲み込むのじゃぞ。」
グチッ。
「ッ!?!?!?!?」
な、な、な!?
「にっ……げぇ!!!!!!!」
想像は出来た。だけどその想像のフェンスをこの薬草は軽々と乗り越え、見えなくなる程遠くまで消えて行ったのだった。
「フォッフォッフォッ。飲み込まんと治るものも治らんぞぉ?このまま吐いては頭痛に悶え、便器を抱えたまま一生過ごすのならば良いがのぉ。笑」
新たに想像してみた。
一生便器を抱えたままの自分の将来を。
きっと俺は夢を実現して、彼女が出来て結婚して、子供を育み、平凡で悠々自適な生活が出来たに違いない。
だが。
ここで便器を手放すことが出来ない自分だったらと言う事実現状を組みこもう。
…。……。…ゴクッ。
「はぁはぁ…俺は飲んだぞ。明るい未来のためになぁっ!…。」
…バタッ。
またまた追申。俺は密かに彼女募集中です。
―――
今度こそ翌朝。
朝の星の優しい光と空に舞う生き物達の鳴き声で目を覚ました。
「んん〜。…頭いてぇなぁ。どっかにぶつけたかなぁ?」
この世の者ではない人達に説明するならば。コレがかの有名な二日酔いってやつだねぇ。
ん?机の上に紙が置いてある。
ダルい体に鞭を打って、ヌルッと起き上がると机に置き手紙が置いてあった。
「これ、なんて書いてあんだ?」
読めない。
文字一つ一つはしっかりと確立してあるんだけど、それが何を意味しているのかまでは謎だ。きっとこの世界の言語なんだろうなぁ。
まぁいくら考えてもわかんねぇか。
窓に掛かった白濁の薄い布をはぐり、窓を開いた。
涼しい爽やかな風が鼻と耳をくすぐった。
「んん"っ〜!良い天気だなぁ!あのデケェ竜も気持ち良さそうだ。」
相変わらず本当に呑気だ。
起きるのが早かったのか。
街の人通りは昨日見た夕方の半分以下。いやさらにそれ以下になっていた。
ん?あの人は…
「おーいっ!カナタさんおはようございまーすっ!」
俺より3センチくらい低い身長の黒髪ショートヘア。
元気で明るく、可愛いという水が零れ落ちそうなお方。
「シェイフさんっ!?お、おはようございますっ!」
「ヘヘッ。ついにこの日が来ましたねっ!みなさん"御神塔"の前で今か今かと楽しみに待っていますよぉ〜!」
「え?」
なに?なんか今日あったか?
聞いてねぇぞ…。
「あれっ?ジィ様から聞いてないですか?」
「は、はい。何も…」
あ、もしかしてこのメモって…
「今日はカナタさん達、新人超生者さん達の入園式ですよっ!!」
「ふぁいっ!?!?」
聞いてねぇ!聞いてねぇよっ!
おいおいジィさん。俺この世界の文字読めないの知らなかったのかよっ!
「はぁ…ジィ様ったら…。かく言う私は寝坊してしまいまして…なので先に行きますけど、カナタさんも急いでくださいねっ!じゃあまた会場でっ!」
ビューッ
シェイフさんは風に舞う葉と空を切り裂くが如く。文字通り目にも留まらぬ速さで駆け抜けていくのだった。
「じゃ、じゃあ…また後で」
てかヤバくねっ?
駆け抜けていくシェイフさんに呆気にとられているこの状況。
こちとら寝坊どころの騒ぎじゃない。
「え?俺今日入園式だったのかよっ!!ジィさん何も言って無かったじゃねーかっ!!」
ドカッ!!
左側に住んでる奴も遅刻しそうなんだな。
そう思うと少しだけ安心する。
とりあえず入り口近くに掛かけてある、焦げ茶色の七分袖シャツと青くくたびれたスボン、履きなれた靴に足を入れ、部屋を飛び出た。
「ははっ。君も初日からやっちゃったねぇ。正直今。僕だけじゃないって安心しちゃったよ。」
飛び出すと同時に隣のドアも開き、そこから転がり出てくる髪が少し青がかったショートヘアの男に声をかけられた。
ワァ。イケメンダァ。
彼の放つ神々しい程のイケメンパワーに圧倒されていると…。
「時間無いしさっ。会場に走りながら話そうか!」
あっ。会場どこかわかんねぇ。
「そ、そうしよっ!時間無いしね!」
コレができる男とできない男の違いなのか。そうなのか。
でも同じく遅刻しそうになってると思ったら親近感が湧く。
男2人は互いの部屋を後にし、階段を降りて街へと繰り出して駆け出した。
走っている最中空を見上げると朝日がさっきよりも上に上がっている気がした。
あれからどれくらい時間が経ったんだろ。
空を飛び回る竜や鳥も心なしか少ない。朝はあんまり得意じゃないのかなぁ。
「隣にいたのに住んでる人が居たとは思わなかったよ。」
こいつ良い人そうだなぁ。
「お、俺も分かんなかったよ。えーっと…」
そういえば名前聞いてないな。俺も言ってないけど…。
「あぁ。ごめんまだ名前も分かんないよねっ。僕の名前は"アイラ"。ここには4日前に来たんだ。因みにだけど新人超生者だよ!」
「そうなんだ。俺はカナタ。2日前に来たんだ。俺も新人超生者…みたい。」
久しぶりにまともな人と話した気分でどう話したらいいかわかんねぇ!
「カナタかぁ。綺麗な名前だね。名前負けしないように頑張らなきゃだねっ!ははっ!」
さ、爽やかすぎるっ!!そしてイケメンっ!!
しかも、「綺麗な名前だね」とか気の利いた言葉も言えるとか…。くそッ。圧倒的敗北感…。
「そ、そうだな。頑張るよ。」
クゥッー!「そ、そうだな」じゃねーよ!
もっとこう、気の利いたこといえねぇのかよ!
自分の情けなさに毒を吐きながらも目的の場所が近づいて来たみたい。
「あっ!あの塔の下だよっ!」
すらっと長い人差し指の先にはカナタがこの世界に来た時に見た先端がひし形の塔があった。
そのひし形は縁に黒い点が12個刻まれ、その中心には二本の長い棒と短い棒が伸びている。
長い棒は1番上にある黒点を指し、短い棒は一番左端にある黒点を指していた。
「あの塔ってどんな意味があるんだろ…。」
「役所の人の話だとあのひし形は"時刻版"って言って、あの短い棒が一周すると1日が終わる仕組みになってるみたいだよ。」
「そうなんだ。」
そうなんだ。アイラはなんでも知ってそうだな。
「アイラはあの黒点にどういう意味があるかわかる?」
「あの黒点は1日で今どのくらい時がたっているかわかりやすくする為にあるんだって。1番上にある黒点が0。その右隣にある黒点が1。次が2みたいに、全部で12まであるらしくて、それぞれに"時"って言う語尾がつくみたい。」
なるほど。
「そしてあの二本の棒は右回りに1〜12まで順番に回って、長い棒が一周したら短い棒がやっと1つ隣に移動するんだ。」
なるほどなるほど。
「あと短い棒は1〜12"時"って呼び方で、長い棒は"5分.10分.15分.20分"って分が語尾につく呼び方になって5ずつ増えていくみたい。例えば今だと、短い棒は9を指してるから"9時"。長い棒は2を指していて"10分"だね。」
「へぇ〜。凄いな。分かんないことがあったらアイラに聞くようにするよぉ。」
…本当に4日前に来たんですか?知り過ぎじゃないですか?
「あはは。ただ心配性なだけだよ。」
「そんな事はねぇよ。こんなよくわかんない世界にアイラみたいな人が居てくれて心強い。」
「心強い…かぁ…。嬉しいね。」
「フォッフォッフォッ。カナタ友達ができて良かったのぉ。それより今が7時10分っていう意味がわかるかのぉ?」
「「ヤベェっ!入園式!!」」
「まぁ主役は遅れて登場するものじゃ。ちょうど良い頃合いじゃろうが少し急いだ方が身の為じゃ〜ぞ♪」
辺りを見回すと街の全員来たんじゃないか?ってくらいの人口密度だ。そしてその中心には10数人整列してる。
「「すいません遅れましたっ」」
「初日から気が抜けているぞ!…だが、運良くまだ式は始まってないから今日は見逃してあげる。その白い髪の子の隣に並びな。…それと明日からは気をつけないよっ。」
「「は、はいっ!すいませんでしたっ!」」
正直怒られながらも、兵隊っぽい服を着たセクシーの塊みたいな女性に目が釘付けになってた。
「こいつ…ニンゲンじゃねぇ…」
とまで思った。全く。俺って男は。
「僕たちさ。初日からついてたね。セクシーな人とも話せたしさっ!」ヒソヒソ
…。俺だけじゃなかった。
俺とアイラは怪物ねぇさんに言われた通り、1番奥にいる白髪ロングヘアーの子の隣に立った。
列に並んで、「俺と同じ新人超生者って何人いるんだろう」と改めて数えて見た。
俺とアイラ合わせて19人。俺の他に18人もいた。
「結構いるもんなんだな。」
19人いる中で1人、一際目立つ男がいた。
髪は赤くて横を刈り上げ、短髪の髪は上へ上へとまるでマグマが噴火しているかの如く生えている。
髪も目立つが、なんてったってそのガタイの良さと頰の傷だ。
強そう。てか正直怖い。
学園生活中は敵に回さないように気をつけると心に決めた。
俺はやっぱりヘタレだった。
「大変長らくお待たせ致しました!これより"ルイーズ指導学園"による、"新人超生者"の入園式をとり行いたいと思います!」
「ちょぉっと待ったぁー!!この俺様がまだ並んでない事を忘れてないだろうなぁ!」
なんだあのツンツン茶髪は。
「困るねぇ。まだ主役が来てないのに始められちゃ〜!ヒーローは遅れて登場するもんだろ!?」
「あの馬鹿。あれほど時間は守れよって言ったのに…。」
白髪の左側にいる長い黒髪を後ろで束ねたすらっとした男が呟いているのを聞いた。
「あんな奴と知り合いとか可哀想に…」
と思った。
「俺の名前は"リイ"!これから多数の暖かいご声援とご崇拝をお待ちしてる…ぜ…?…」
ゴゴゴッ…。
なんだこの音。地震か?
違うこれは…あの怪物ねぇさんだ。
「おい…お前。何をしてる。」
「い、いやぁ…あのぉ…ヒーローは遅れてやってくるだろ?…やって来る…き、来ますよ…ね?」
「ヒーロー…だと?…お前がか?…。お前みたいな者などただのモブだ。いや、モブ以下の石だ。いや石に失礼な事を言ったな。石よ…すまない。」
「い、石…ですか?…そ、そうですね!私など石です!いや石様に失礼でしたね!石様本当に申し訳ございませんっ!この通りです!」
俺も充分に情け無い男だけど。石に向かって両膝と両手、さらには額まで付けてるところを見ると「コイツには勝ってるな」と思う。
「身の程を弁えろ小僧。今日の所はこれで勘弁してやる。並べ。」
「ぎょ、御意!!」
こ、こわぁ〜。この人は怪物ねぇさんじゃない。お怪物おねぇ様だ。
「…では〜気を取り直して。これより総勢20名の入園式を改めてとり行います。」
その後は髭を生やした老人の長話と各教官の挨拶があり、俺たち一人一人は白くて四角いバッジを渡された。この学園での生活は2年間あるとも言っていた。
ちなみにあのお怪物様は"実習訓練担当教官"だった。
楽しみなのか怖いのか自分じゃわからない。
最後に低い笛の音が鳴り響くと共に、塔の上から白い煙を噴き出し、無事式は終了した。
―――
ジュッ…。ジー…。
すぅー…。ふぅー。
あの後は皆んながそれぞれの誘導員に連れられて各々の場所へと散った。
「じゃ、また明日なカナタ!時間があったら飯でも食べに行こうよ!」
とアイラに言われた。
「当たり前だろ?また明日な!」
って返した。明日からの生活が不安でもあって楽しみでもある感じで今夜はなかなか寝れそうにない。
俺とジィさんはと言うと
「朝から大変だったのぉ。今日は寮に戻って明日の準備なり、ゆっくり休むなり自由にすると良い。なんせ明日からはもっと忙しいからのぉ。」
といつも通り、フォッ!って笑いながら寮まで送ったら街の群衆に紛れていった。
「新人超生者指導学園…2年間…かぁ。」
どんな2年間になるんだろう。学園生活が終わっていざ勇軍に入隊したらどうなるんだろう。
そんなこんなを小さな脳で考えているうちに夢の様な現実で更に深く、夢の中へと落ちていった。
全く本当に。呑気な男だなぁ。
登る煙は竜の元へ 彼方野 栞 @bookmark_youre
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