第2撃 「女神は目の前にいた」
とんでもなく穏やか。
そよ風のように生暖かく優しい手に撫でられる感覚。
自我とは関係なく涙が込み上げて来るような気がする。
瞼が重過ぎる。顔を見たい。
――…だれ?
"きっとこの感覚を知ってる…はず"
――頼むよ…その手…離さないで…
___
はっ!!と目覚めた。
と、同時に足の先から頭の天辺まで細く鋭い電流が身体中を疾走した。
「いっ…てぇえええぇ〜〜〜!!!!?」
懐かしいこの痛み。この懐かしさはきっとアレだ。
「筋肉痛!?へ!?なんで!?」
「久しぶりに会いに来ちゃったっ!テヘッ」みたいな軽いノリで痛みが全身を包み込みにくる。
心では拒否ってるのに。身体は正直。ってやつ。
「痛すぎて体が動かねぇ…。…もしかしてあの夢が原因とか?苦笑」
"幻想的で妄想的な夢だった"
デケェ魚達が空を飛ぶ。
クレーターが目の前に見えるほど近い惑星。
爺さんと相席してイルカに乗り宙を舞う。
「だったらヤバいだろ。夢で筋肉痛とか…現実とリンクし過ぎてるだろ。病的な夢だなこれ。」
タバコ吸お。
今までこれほど努力した事があったかな。と思う。
全身全霊モジモジ。苦心惨憺
くしんさんたん
ウネウネしてポケットからタバコを出し、その内の一本を口で挟み、命がけで火を付けることに成功した。
ジュッ。ジュー…すぅー…。ふぅー…。
「でも、もう一回あの夢を見たい。かも。」
すぅー…。ふぅー…。…ん?なんかおかしいぞ。
「…ここどこ?」
見覚えない天井。見覚えないベット。見覚えある顔…。
ん?…顔?
「フォッフォッフォッ。お主はやはり面白い男よのぅ」
「うわぁ!?ゆ へ" の な か''の爺さん!?す、すびばべんっ!!」
驚愕した。にしても器用にタバコをくわえながら謝り、顔に火を落とす危機をうまく回避したなと自分を誇りに思った。…くだらなすぎる。
「あ、あどぉ〜…こ え"って ゆ へ" でしょうか?」
「フォ?…ハァッハァッハァッハァッ!夢か?じゃと!?ハァッーハァッハァッ…し、死んじゃう。おかしくてしんじゃいそうじゃあッ!」
……
「ンン"ッ。失礼した。嬉しいことか残念なことにこれは現実じゃ。お主が今まで見てきたもの全て。紛れもない本物じゃよ。」
「本物…」
変だ。
筋肉痛とは逆で身体は拒絶するけど心がときめいている気がする。
あっ。灰が落ちそうだ。…やべぇ!!
「…ってぇ!」
「フォ?お主体を痛めておるのかのぉ?それならそうと早く言わんかい。」
え!?さっき見てましたよねっ!?!?
「"フォス…」
爺さんから30センチ程離れた空間に、陽の光の様な色をした円が杖と並行に浮かび上がった。
「…・レパイル"」
詠唱し終えたのだろうか。
陽色をした円の中に綺麗な曲線、直線が様々な図形を成していく。
「にゃ〜にぃ?これぇ〜。汗」
動揺している間に円の中からゆったりと煙の様な、光の様なモノが出現し、彼の体を包んだ。
うっそだろ…まじか。
心臓が何かにブン殴られてるくらいドンッドンッと脈打つ。
あぁ。あったかい。
…あれ?
「体が痛くねぇ!!!」
ガバッと起きた。ポロっと落ちた。
「あっ…ちいぃぃぃぃいー!」
。。。
「何個か質問してもいいでしょうか?」
気をとりなおそうと問いかけてみる。
「その無理な敬語を辞めるというならいいのぉ」
年長者に敬語を使わないのは逆にストレスなんじゃないかな?
「さっきの…あの光の円は何なんですか?その後体の痛みが無くなったけど…。」
謎過ぎる。あの人智を超えたあの力はなに!?
「あれは"光属性の回復スキル"じゃよ。軽傷ならほんの数秒で治せる光属性の基本スキルじゃ。」
へぇ?…すげぇ…全然わかんね。
「じゃあここはどこで、俺はなんでここにいるんですか?」
最大の疑問を問いた。
「ここはルイーズという街じゃ。そして今いるこの部屋は"新人超生者指導学園"の学生寮の一室じゃよ。まぁ後々この部屋はお主の部屋になるのじゃがな。」
そしてまた一つ大きな疑問が出来た。
「へぇー。…え?てか超生者って?しかも俺が?」
前も言った気がする。
2本目に付けたタバコの重さに耐えきれないって右手が言ってるように小刻みに震えてるのが伝わる。
正直この世界の事ならもうそんなに驚かないって思ったのに。
何がどうなってんのかもうわかんねぇ。
「お主は"超生者"じゃ。"かけがえのない塔"から出てきた者達はこの世界で超生者と呼ばれとる。」
かけがえのない塔…
「そして超生者達はこの世界の誰よりも可能性に満ちており、それぞれの"ポテンシャル"を駆使し、生き抜く心の強さを持っておるのじゃよ。」
ポテンシャル??
「お主達は私達にとって希望であり、生きる道しるべなのじゃ。」
俺が…みんなの希望?
「ちょっと…重すぎません?汗」
わからないことばっかりだけど言動とは裏腹に、心が震えて。揺れて。騒いだ。
「この世界は恐らくお主の世界よりも死と隣り合わせじゃ。魔獣や悪竜、時には人として人なり得ない者達が溢れた世界。脅威に埋もれた世界じゃ。」
やっぱりどこでも良い生き物もいれば、悪い生き物もいるんだなぁ。
戦っている方達。いつも本当にお疲れ様ですっ。
まぁ俺とは程遠い世界だなぁ。
「そしてこの世界に来た超生者、つまりお主はその脅威と戦わなければならないというわけじゃ。」
うんうん。…え?
「今なんて仰いました?すみませんが脳の出来が良くない私にはその言葉の意味が1つも理解出来なかったのですが…」
「まさか俺があんな飛んでる奴らとか人を襲う魔獣なんかと戦うなんて事仰って無いですよねぇ?いやいや、ないない(笑)それはないな(笑)」
「フォフォッ。大概の新人は同じ事を言うから安心せい。みんな頭の出来などどっこいどっこいって事じゃよ。」
え!?そっちの心配ですかっ!?
「いやぁ。頭の出来が心配って言う話じゃなくてですね??俺がその"脅威"とやらと戦う。って言う話の事なんですけど!?」
「フォ?おぉ。なになに。安心せい。お主なら大丈夫じゃ。ワシのお墨付きじゃからの。」
「…」
返す言葉が見つからない…本当に何言ってんだこの爺さん…
「ひとまず顔洗ってパリッとして来なされ。そのあとこの街を案内するでのぉ。」
???
バシャッ。バシャッ。フキフキ。
ダメだ。わかんねぇ。しかもさぁ…帰りたくても、俺はどこに帰ればいいか見当もつかねぇし。
「脅威と戦う為の超生者…かぁ…」
靴を履いたまま微かに軋む床を歩き、部屋の角にある鏡の前で顔を濡らして拭いた。
部屋の出口と思われる扉と洗面台はベットの足側にあり、起きた時すぐに場所を確認する事が出来た。
寝ている時、ベットで左足を動かしたらすぐ壁があり、右側には一歩離れたところに、 机と爺さんが座っている椅子が置いてあった。
殺風景で狭い部屋だが落ち着いた雰囲気で、ベットの頭の方から差し込む朗らかで温かい日差しは、寂しさ悲しさを浄化してくれそうな気がした。
「快適そうだな。」
そう呟きかけた。
!!!
爺さんと部屋を後にした。
彼等がいたのは木造二階建てのアパートの様な建物で、一階二階と共に左右に5部屋ずつ広がっている横に長い寮だった。
「まずは街の役所にでも顔を出すかのぉ。」
「役所…ですか。」
建物を出て驚いたのは人の多さだ。
見渡す限り必ず人が視界に入り、まるで何か大きな"祭り"でも開かれているのかと感じるほどだった。
――ん?"まつり"?
「お爺さん。俺、言葉では知っているのに、その意味を考えると分からないって事があるんですけど…。」
「それはそういうモノなのじゃ。そしてお主はこれからその"記憶"を得る為に生活していくのじゃよ。」
「記憶を得る為の生活?」
「まぁ難しい話はまた後じゃ。」
「はい。」
"そういうモノ"なのかぁ。
街の大通りには商店だったり衣服店、飲食店など。多種多様な店が連ねており、店員の掛け声だったり、子供達が駆け抜けたり、音に音を重ねていた。
「賑やかだなぁ。」
なんて呑気な事を呟いていると。
ドンッ。っと自分より低い何かにぶつかった。
柔らかい。
「す、すいません!見えなくtっ!?…」
いやぁ…空が青いですなぁ〜。
いつのまにか空が目の前に移動した。
違う。
俺が移動したんだ。
ぶつかった何者かは一閃の如く素早く足払いをかけていた。
「いてぇっ!!」
「ちょっと!ちゃんと前見て歩いてよねっ!ノロマっ!」
フンッ!と何者かは踏ん反り返って人混みに消えていった。
「フォッフォッフォッ。大した歓迎じゃのぉ!」
「ってぇ〜。なんなんだよぉ〜。」
「ほれ!あの子が出てきたあの建物こそがこの街の役所じゃ。」
"ルイーズ街人生管理所"
「人生管理所…」
石…かな?何か白い何か硬い鉱物で出来た建物で、門には鬣がとっても凛々しい竜の肖像が建てられている。
俺より15センチくらい高い木の扉を爺さんが押し開けた。
「おはようございます!」
中に入ると黒いスーツ姿の女性が笑顔で挨拶してきた。
今は暖かい季節だからなのか他の従業員も肘から2センチくらい短い半袖スーツで、ネクタイは止めておらず、シャツの第1ボタンを外していた。
「新人の超生者をつれてきたでのぉ。住民の登録を頼みに来たのじゃよ。」
「まぁ!よくお越しいただきました!ジィ様もお勤めご苦労様です!」
ハキハキと元気が良くて、気さくな女性だなぁ〜。
ショートの髪が似合って可愛すぎる。
…って。えぇ!?
「ジィ様!?!?」
見た目のまんっまじゃねぇか!
「そういえば名乗って無かったのぉ。ワシの名は"ジルバ"。この街に住む者達は皆ワシの事をジィ様と呼んどるぞ。お主もそう呼ぶと良かろう。」
いやぁジィ様なんてこの世の中にいっぱいいるだろ。
呼ばれたらわかんなくない?
まぁこの世ってどの世ってかんじだけどさ。
「はじめまして超生者様っ!私ここの超生住人の管理をしております。"シェイフ"と申します。管理なんて言ってますけどお世話係みたいに思って頂いて良いですよっ!ニコッ」
ニコッって可愛すぎかよっ!!
「ここに来てよかったぁー!」なんて叫びそうになった。
「それで住民登録の件なのですが、指導学園に入って頂きますので住所登録は必要ありません。お引越しをした際にはまた来てくださいねっ。私がご案内致しますからっ!」
「ぜ、是非お願いいたちます!」
「いたちます?…クスクスッ」
はっ…恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいーー!!
いっそ地面にめり込みたい…
「あははッ。面白い方なんですねっ!クスクス。」
あぁ。女神様ぁ。
「クスッ。はっ!?すいません!お話を戻しますねっ!」
「は、はい!」
「では貴方のお名前をお聞かせくださいっ。」
「…"カナタ"…です」
カナタ…俺の名前…そんな気がした。
考えるよりも口が、体がそう呟いていた。
「カナタさん…爽やかで綺麗なお名前ですね。尊さを感じます。」
「フォッフォッフォッ。カナタかぁ。良い名じゃのぉ。」
「ありがとうございます。」
一通りの手続きが済み、それからあるものを渡された。
「学園生活中は1ヶ月に千ジェルお渡し致しますねっ!無駄遣いはダメですよっ!」
と金色の薄い宝石みたいなのが10枚入っている茶色い袋を貰った。
どうやら1ヶ月とはあの光るデカイ星が30回顔を出したことで、ジェルはこの世界の通貨みたいらしい。
通貨のランク分けもあり、
銅石1ジェル。銀石10ジェル。金石100ジェル。薄緑石1000ジェル。薄青石10000ジェルの価値が付与されているって聞いた。
「だったら金石10枚じゃなくて、薄緑石1枚済むんじゃ…」
と思っていたところ
「袋いっぱいにジェルがあった方がお金持ちそうでハナタカですよねっ!」
フンっ!と鼻息荒く提言してた。
その後俺とジィさんはとりあえずシェイフさんとお別れし、人が大勢いる石畳の大通りへと足をつけた。
「ジィさん。…俺ここで生きて行くんですね。」
「ふむ。不安じゃろうが安心せい。ワシ達が付いておる。」
「はい。確かに不安ですけど…」
心の奥にある部屋の扉を開けると不安で押し潰されそうな程パンパンだ。
だけど部屋に置いてあるベットの下を覗くと好奇心が隠れているのを見た気がした。
「…少しだけ。楽しみです。」
「フォッフォッフォッ!お主はやはり面白い男よのぉ!」
辺りはオレンジ色に輝いていた。
「美味しい飯でも探しに行くかのぉ〜。」
空を見上げると青色だった筈なのに橙色へと変わっていた。
「はいっ。」
ルイーズ街が夕日の美麗な光に照らされて、寂しさと孤独を感じた。
だけどその光に優しい暖かさも感じ、微かに安心と勇気を与えてくれもした。
昼よりも活気を増した街をそこだ!ここだ!と声をあげ、カナタとジルバはオレンジ色の群衆の波に溶け込んでいった。
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