第101話「主様、裏切り者の言い訳など聞く必要ありませんわ」
屋敷の奥へ奥へと進んでいくと、廊下の突き当たりに扉が一つ見えてきた。
両開きの扉だ。ゾンビケルベロスがいた場所の扉と良く似ているが、あちらとは違い鍵は掛かっていないようだ。
罠でもあるのか――などとスケットンは警戒したが、それもない。恐らく誘われているのだろう。
スケットン達は慎重に扉を開けて、中に足を踏み入れた。
そこは研究施設のような部屋だった。細長い長方形の部屋の両側に、大きな水晶がずらりと並んでいる。
大人一人が入れそうなくらいの大きさのその中には全て、ナナシと同じ顔をした少女達が目を閉じて入っている。
趣味が悪いとスケットンは心底思った。
「……私には姉妹がたくさんいたのですね」
「笑えねぇっての」
スケットンはぽつりと呟いたナナシの頭の上で、手を軽く弾ませる。
ナナシはへらりと笑って「割と平気ですよ」と言った。
「主が研究しとった、魔王のホムンクルスのし――――まぁ、残りやな」
ガロがそう話す。一瞬言い淀んだ様子だったのは、言うべきではない言葉を飲み込んだからだろうか。
何を言おうとしていたのかは、スケットンにも何となく分かった。
そんなガロの言葉を聞いてたシェヘラザードは目を細める。
「……似ていないわ。どちらにもね」
苦い声で断言するシェヘラザードにスケットンはアルフライラの言葉を思い出す。
魔法使いには
だからだろう、スケットン達が感じているものとは、また違う感情がシェヘラザードには浮かんでいるようだった。
「……ホント、馬鹿なんだから」
「馬鹿とは人聞きの悪い」
「!」
部屋の奥から、そんな声が聞こえた。
顔を向ければ、水晶の影から歪な笑顔を浮かべた『トビアス』と、見知らぬ男が姿を現した。
長い白髪と月の色の目をした穏やかなそうな顔の男だ。
年齢は三十代後半だろうか、身に着けたモノクルや服装などから、研究者か学者のような雰囲気が感じられる。
肌の色だけは血が通っていないかのように異様に白い事が、スケットンには妙に気になった。
「トビアス!」
ティエリが呼びかけるが『トビアス』は反応を見せず、表情も変わらない。
飛び出しそうな勢いのティエリの肩を、ナナシが落ち着かせるように軽く掴んだ。
「ナナシさん……」
青い顔のティエリにナナシは大丈夫だと言うように頷くと、彼女を庇うように前に出た。
「こちらにいらっしゃるとは意外でした、ハールーン陛下。――いえ、シャフリヤール、とお呼びした方が?」
「ハハハ。どちらでも構いませんよ。お元気そうで何よりです、勇者様」
ナナシが名を呼ぶとその男――シャフリヤールはにこりと笑って会釈する。
ああ、やっぱりこいつか、とスケットンは空洞の目を細めた。
(……まぁ、似せて――――るのか)
スケットンが覚えているのは、おぼろげな姿絵のハールーン王子だが、確かに幾つかの特徴は
「シャフリヤール、あんた、相変わらず馬鹿な事しているのね」
「馬鹿とは心外ですね。あなたこそ相変わらず頭が固いままではありませんか、シェヘラザード」
それと、とシャフリヤールはスケットンを見る。
スケットンの姿を映す月のような目は淀んでおり、本心で笑ってはいないのがはっきりと伝わって来た。
「初めまして、歴代最強なんて恥ずかしい名乗りの勇者、スケットン様」
かと思ったら、何とも酷い挨拶の言葉が飛んできた。
あまりにあまりだったのでスケットンは思わず咽る。
「出会い頭に暴言吐かれたぞ、オイ」
「ぶははははははは」
それを聞いてガロが堪えきれなかったように噴き出す。
腹を抱えて笑うガロをスケットンはジロリと睨む。シャフリヤールはそんなガロに、
「ああ、ガロ。君もそちらでしたね。しかも
「ええ。すんまへん、主。やー、どうしても納得いかへん事があったんですよ」
明るく軽い調子でガロが謝罪を口にする。
だがこちらも本心から悪いなどと思っていないのは、態度から丸分かりだった。
そんなガロの言葉にシャフリヤールより早く反応したのは、不愉快そうに顔を歪めた『トビアス』だ。
「主様、裏切り者の言い訳など聞く必要ありませんわ」
そして『トビアス』はギロリとガロを見上げる。
その射殺しそうな鋭い眼差しを受けてもガロは飄々とした様子を崩さず、カラカラ笑って、
「ハハ。それは俺の台詞やな――――フランデレン」
と『トビアス』に向かって言った。
その名前にはスケットンやナナシ、ルーベンスの三人は目を目を剥く。
「フランデレン!? 屋敷のスケルトンか!?」
――――そう、この屋敷で戦ったスケルトンメイドの名前だ。
この屋敷で争った彼女は、最後は結界の媒介ごと魔剣【竜殺し】でスケットンが叩き斬った。
「もしかしてガロさんが仰っていた団長とは……」
「ああ。フランデレンは俺達、灰狼の団長やった」
「あら。私達を裏切ったくせに、
ガロの言葉に『トビアス』――否、フランデレンは口を挟む。
忌々しい、と言わんばかりのフランデレンに、ガロは「嫌われたなぁ」と苦笑する。
まぁ信頼していた分の反動なのだろう、とスケットンは思った。
スケットンは傭兵団『灰狼』との直接の接点はない。だが戦場で見た姿や聞こえてきた噂では、その団結は血の繋がり以上に強いと感じていた。
繋がりが強いからこそ――一度でも壊せば元に戻らないくらい拗れるのは必然なのかもしれない。
そう思いながらスケットンはチラリと目だけでガロを見る。視線の先で飄々としているガロの様子や声色からは、悔やむ感情は見えなかった。たぶん、見せないようにしているのだろう。
だが本人がそうすると決めたならば、敢えて声を掛ける必要も、気遣う必要もないだろう。
スケットンはそう考えて、シャフリヤールとフランデレンへ視線を戻す。
「しかし予想外だったわ。まさかあのメイドが団長だったとはねぇ」
スケットンがそう言うと、フランデレンは浮かべていた歪んだ顔を笑顔へと切り替える。
その顔を見て確かにあのスケルトンメイドだな、とスケットンは確信する。
顔自体はトビアスのものではあるが、中に入っている魂の違いが表情にとても良く出ていた。
「うふふ。主様に三度目の生を与えて頂きましたの。素敵でしょう?」
「素敵ねぇ。執念深いの間違いだろ」
「あら、女とはそういうものですわ」
フランデレンはくすくす笑う。
スケットンは帰って来た言葉をそのままナナシへ流して質問に代える。
「そうなの?」
「はて。しかしそうならば、私は果して女であるのか、それとも違うものなのか……」
「悩むところか!?」
ふうむ、と悩み始めたナナシに、ルーベンスは思わずと言った様子でツッコミを入れた。
そんなやり取りをしていれば、シェヘラザードが呆れてため息を吐く。
「あんた達、本当にマイペースよね……」
「まぁ真剣になりすぎてもあれやけどなー。でもなー……空気読もうや」
「「ごめんなさい」」
そして続けて、割と本気の声色でガロに怒られ、二人は揃って謝罪を口にした。
「あらあら。ガロはスケットン様達とずいぶん仲良くなりましたのね」
見ていたフランデレンが、丁寧だが険のある言葉をガロに向ける。
ガロは「冗談やろ」と肩をすくめてみせた。
「仲良くなんてあらへんよ。俺は単に利用しとるだけや」
「利用ねぇ……主様のから頂いた大切な魔法を捨てたくせに」
「…………」
「まぁ、良いですわ。主様の素晴らしいお力を理解する頭がなかった、という事だけですもの」
「きっついなぁ。でもなぁ、俺にもさっぱり分からんわ。何が素晴らしいんや。何も関係の無い他人の人生奪おうとして笑うなや、フラン」
「あら、関係はありますわよ? だって、この子……主様のご同僚が蘇らせたアンデッドですもの。ねぇ、シェヘラザード様?」
胸に手を当て、フランデレンはにこりと笑う。
その言葉がシェヘラザードの顔に朱を注いだ。
「冗談じゃないわ! あたしは、あんた達に利用させるために、トビアスを生かしたわけじゃない!」
「シェヘラザード……」
激昂するシェヘラザードに、ルーベンスは気遣いの眼差しを向ける。
怒気に満ちた言葉を向けられたフランデレンだったが、さして動揺した様子もなく「まぁ、怖い」とおどけたように笑った。
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