第100話「いやなー、アレには裏ワザがあるんよ」


「あれはゾンビケルベロスですね」

「げぇ、何ちゅーもん飼ってやがる」


 強引に開けた扉付近で、腐敗した身体のケルベロスを見上げて言うナナシに、スケットンは嫌そうに骨の顔を顰めた。

 ゾンビケルベロスとは、その名前の通りケルベロスと呼ばれる犬のような狼のような姿をした双頭の魔物が死した後、ゾンビと化した存在である。

 簡単に言えばドラゴンゾンビのケルベロス版だ。


「しかし、ゾンビケルベロスって初めて見ました。なるほど、なるほど。こういう感じなんですね」

「他のゾンビと大差ないだろ。お前は何もないと本当にマイペースだな」

「いやぁ平常心って大事ですねぇ」


 照れたように笑うナナシにスケットン呆れたように言うと、話を聞いていたティエリが不思議そうに目を瞬いた。 


「でもゾンビにしては骨の部分が多いんじゃありませんこと? 半分はスケルトンっぽいですの」


 ティエリの疑問にナナシが「ああ」と頷いて、


「自分の吐く炎の息吹ブレスで身体が燃えるんですよ」


 と説明した。


「どうして自ら死に急いでいるのかしら……」


 ティエリは顎に手をあてて、真剣な面持ちで呟く。

 言われてみると確かになとスケットンは思った。

 ケルベロスの主な攻撃手段は、鋭い牙や爪による噛みつきや引っかきだが、もう一つ特徴的なのが双頭から放たれる炎の息吹ブレスだ。

 ドラゴンと違ってケルベロスはゾンビ化しても、息吹ブレスは変わらず炎のもの。

 生きている時ならばケルベロスの体はその炎に耐えられるが、ああしてゾンビとなってしまったら話は別である。

 腐敗した体は炎に弱くなり、炎の息吹ブレスを吹けば吹いた分だけ、体は焼けて骨になっていく。

 ゾンビ化したケルベロスが炎の息吹ブレスを捨てない理由は解明されてはいないが、その身が朽ちようとも使い続けるその姿勢からは、彼らの生き様のようなものが感じられた。

 恐らくそういう事なのだろうとスケットンは思っている。


「さて、どうします? そっと後ろに下がって扉を閉めますか?」

「そうだなぁ……」


 ナナシの言葉にスケットンはゾンビケルベロスを見る。

 ゾンビケルベロスには首輪らしきものはつけられておらず、部屋の床や天井にも動きを制御するために魔法陣のようなものは設置されていない。

 これならば部屋の外に出て扉を閉めても、こいつは出てきてしまうだろう。


「倒しちまった方が早ぇな」

「あー、待って待って」


 スケットンが魔剣の切っ先をゾンビケルベロスに向けると、ガロが待ったをかけた。


「何だよ」

「いやなー、アレには裏ワザがあるんよ」

「裏ワザ?」


 スケットンが軽く首を傾げる。

 裏も何も、一体どんなワザがあるのだと言うのだろうか。

 スケットンは訝しんだ視線をガロに向けるが、彼は気にした様子もなく、

 

「ああ。なー誰か、甘いモン持っとらん?」


 などと周りに聞き始めた。

 一同は「甘い物?」と揃って目を瞬き、それぞれの服のポケットや鞄の中を覗き込む。

 少ししてナナシが鞄の中から何かを見つけて取り出す。


「ああ、ありました。干しブドウで良いですか?」

「ええよ」

「はい、どうぞ。これをどうするんですか?」

「まぁ見とって」


 ガロは受け取った干しブドウを幾粒か、ひょいと軽くゾンビケルベロスの前へ投げる。

 ゾンビケルベロスは一瞬警戒した様子だったが、直ぐに干しブドウの匂いを嗅いで――――ぱくりと食べた。

 それから一粒、また一粒と干しブドウを食べていくと、先ほどまで牙を剥いて唸っていたゾンビケルベロスの様子に変化が見られた。

 

「おや」

「大人しくなった?」


 驚くスケットン達の前で、ゾンビケルベロスは伏せをするように床に寝そべり、尻尾――なのか何なのか分からないが、そんなようなものを振り出した。

 何となくだが、干しブドウをもっと欲しい、と言っているように感じられる。

 スケットンがナナシを見ると、彼女は小さく頷いて、鞄の中から追加の干しブドウを取り出し投げた。

 ゾンビケルベロスは目の前に落ちた干しブドウを見て、嬉しそうな様子で食べる。


「…………何コレ」

「いや~こいつら甘いモンが好きでなぁ。それくれる奴には懐くんよ」


 ガロが笑ってそう言うと、ルーベンスとシェヘラザードがげっそりした顔になる。


「私達の苦労は一体……」

「災難だったな」

「本当よ! 移動魔法テレポートで飛んだと思ったら、更に移動魔法テレポートトラップで、あっという間に目の前にコレじゃない!? 災難も災難よ、もうもう!」


 落ち込んだり、怒ったり。

 そんな様子の二人を見てナナシは小さく笑う。


「それなら私達引っ掛かった方が良かったですね」

「だな」


 その方が合流は早かっただろうな、とスケットンは思った。

 まぁ、この部屋から出るのは一苦労だったかもしれないが。

 そんな話をしていると、少し怒りが落ち着いたのかシェヘラザードが腕を組み「でも」と呟く。 


「……でも、あの子、最初は寝ていたのよね、ルーベンス」

「ああ。それが突然、大きな音が鳴って目が覚めたんだ」

「何かがぶつかるような音だったけど、何だったのかしら……」


 不可解そうに話す二人に、スケットンとナナシの表情が固まる。

 身に覚えがあった。

 ナナシはやや硬い表情でスケットンを見つめる。


「スケットンさん」

「黙っていようぜ」


 ナナシを見つめ返し、スケットンはそう答える。

 まぁとにかくガロのおかげで、とりあえず危機は去ったようだ。

 スケットン達が干しブドウを食べているゾンビケルベロスを、何とも言えない気持ちで眺めていると、そわそわした様子のティエリが口を開いた。


「あのっトビアスは?」


 ティエリの言葉にスケットンは、そう言えばトビアスの姿が見えない事を思い出した。

 確かトビアスはルーベンスやシェヘラザードと一緒にいたはずだ。

 ティエリの問い掛けにシェヘラザードは申し訳なさそうな様子で首を振る。


「ごめんなさい、分からないわ。ここへは一緒に移動したんだけど、トラップには引っ掛からなかったの」

「……さすが、よう知っとるわ」


 ガロが小さく呟いた。

 トビアスは今、ガロが所属していた傭兵団『灰狼』の団長に乗っ取られかけている。

 ガロの言葉やシェヘラザードの話から察するに、トビアスの中に入り込んでいる『団長』とやらが、今は表に出ているのだろう。

 ティエリが不安そうに目を伏せた。


「それなら、どこへ行ったのかしら……」

「まぁ十中八九『奥』だろうさ。ここまで来たルートにゃいなかったから、そこしかねぇだろ」


 スケットンがそう言って、やって来た方向とは逆へ続く廊下に顔を向ける。

 廊下を照らし続ける燭台の火が、風もないのにゆらりと揺れた。

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