第102話「あの息をするのが死にそうなくらいしんどい頃に」
「なら、どんな目的で、アンデッドにしたと言うのですか?」
シャフリヤールは目を吊り上げて睨むシェヘラザードに向かってそう問いかける。
酷薄な笑みを浮かべるその顔が、スケットンには蛇のように見えた。獲物を狙い、チロチロと舌を揺らすように、シャフリヤールは笑う。
「――――死にたくないと望んでくれたのよ」
「死にたくないも何も、すでに死んでいるではありませんか」
「魔族が優しかったって忘れたくないから、死にたくないって言ってくれたのよ」
ひと言ひと言を噛みしめるように、シェヘラザードは言う。
ふと、彼女の言葉にガロの背筋が伸びたようにスケットンには感じられた。
「魔族と人間の争いが一番激しかった頃に。あの息をするのが死にそうなくらいしんどい頃に、そんな事を言ってくれる人間がいたのよ。分かる、シャフリヤール?」
シェヘラザードは手で勢いよく自分の胸を叩く。
「あたしは嬉しかったわ! だって、魔王様がずっと望んでいた言葉が、そこにあったんだもの!」
そして誇らしげにそう言った。
ティエリが驚いたように目を瞬き、小さく「トビアスが……」と呟く。
シェヘラザードの言葉を聞いて、スケットンの脳裏にふと、オルパス村での事が浮かんだ。
ドラゴンゾンビのじっさまのところで見た
ナナシが聖剣【
もしかしたら魔王は、ただ争いを終われば良いと思っていたのではなく、もっと――皆が隣人として共に生きる世界を夢見ていたのかもしれない。
お互いが仲良くなれば、それはそれで良いだろう。
だが別にそうでなくても、ただ普通に、隣に存在する事が当たり前のようになれば良い、そう思っていたのかもしれないとスケットンは思った。
スケットンは実際に魔王を見た事も話した事もないが、シェヘラザードが「誰よりも優しかった」と自慢げに話す存在だ。きっと的外れではないだろう。
しかし、彼女の言葉を聞いたシャフリヤールは「だから何だと言うのです」と淡々と反論する。
平静を装った声色ではあったが、その表情からはごっそりと笑顔が抜け落ちていた。
「その魔王様を殺したのが人間ですよ。どんなにお綺麗な言葉で飾り立てたって、魔王様を殺した人間の仲間です」
「……ええ、知っているわ。でも、魔王様の望みだって知っている。封印石から目覚めた時はびっくりしたけど、ちょっとはマシな世の中になっているわ」
「だから魔王様が死んでも良かったのだと、あなたは言うのですか」
会話の途中から声の平静さも消えて行き、最後の方には苛立たしげにシャフリヤールは言う。
しかし、とスケットンは思った。
聞いていて確信したがこの二人、会話が平行線なのだ。
片方は魔王に固執するあまり、視野が固定され、他を受け入れないシャフリヤール。
もう片方は魔王の望みを知るゆえに、もたらされた変化を受け入れようとするシェヘラザード。
この二人はお互いに、見えているものが違うのだ。
どちらかが妥協でもしない限りは、着地点を見いだせる事はないだろう。
そしてきっと、どちらも妥協はしない。
無駄ではない、だが、成立するのが無理な会話だった。
トビアスの事もあるし、すれ違い続ける会話は今は無益だ。
そう判断してスケットンはその会話に割って入る事を決めた。
「シェヘラザードに目的がどうのって言っていたけどよ、ならてめぇはどうなんだい」
「どうとは?」
「俺達をここへ誘い込んだ理由だよ」
スケットンがそう聞くと、シャフリヤールは再び顔に笑顔を張りつける。
本心から笑っていないそれが、実に薄気味悪いとスケットンは思った。
そんなスケットンの心情など伝わる事などなく、シャフリヤールはにこりと笑ってナナシを見る。
「いえ、ね? 私のものを
視線を向けられたナナシは軽く目を細めると「私は私のものですけれど」と肩をすくめてみせた。
若干、眉を顰めているあたり、その表現は嫌なのだろう。
ガロの話からも、この研究室らしき部屋の様子から考えても、ナナシを造ったのはシャフリヤールで間違いがないからだ。
つまりナナシにとってはシャフリヤールは創造主、もしくは親のような存在になる。
だが、だとしても『私のもの』と評されると、スケットンは何とも言えない不快感に苛まれた。
上手く言葉にはできないが、ムカムカする。
なのでスケットンはシャフリヤールの発言を無視して睨みつけ、そのままの状態でガロに呼びかけた。
「……おいガロよ、それで乗っ取りをぶっ飛ばす方法ってのは?」
「ぶっ飛ばすって表現おかしない?」
「似たようなもんだろ。いいからさっさと話せ」
「はいはい、こらえ性の無いお人やなぁ」
人の事言えないだろうが、とスケットンは思った。
「まずはトビアスの坊主から触媒を引き離す。そうすると、魂の残量が多い方へ混ざりに行った奴の魂は引き戻される」
天秤のようなものらしい。
なるほど、それは想像がしやすいな、とスケットンは頷く。
ガロは説明しながら、今度はスケットンの魔剣【竜殺し】を指した。
「魂が完全に引き離されたら、そこを見極めて繋がりを断つんや。聖水って手もあるが、負担を減らすなら【竜殺し】の方がええ」
「見極めっつっても、俺にゃ魂なんてもんは見えねーぞ」
「魔法使いがおるやろ。魂は魔力とよう似とるからな」
話を振られた魔法使い――ナナシ、シェヘラザード、ティエリの三人は「任せて」と頷く。
誰か一人で良いんやけどな、なんてガロは小さく笑った。
「うふふ。多勢に無勢とは、相変わらず勇者様は卑怯ですわねぇ」
「ケッ。屋敷の時のてめぇらに、そっくりそのままお返しするぜ。だが無勢ってのは分かってんじゃねーか」
「うふふ、そうですわね。でも――――別に、方法が無いわけじゃないですわよ? ……主様、よろしいですか?」
「ええ、構いませんよ。どうせ失敗作だ、好きになさい」
「はい!」
シャフリヤールの許可を受け、フランデレンはパッと輝くような笑顔を浮かべた。
人数的にも戦力的にも不利な状況であるはずだが、フランデレンもシャフリヤールも余裕がある態度だ。
どんな手があるのかとスケットン達が警戒していると、
「目覚めなさい!」
そんな言葉と共にフランデレンは指を鳴らす。
すると、部屋に並んでいたホムンクルスの水晶が音を立てて砕け散った。
「な……!」
割れた水晶の中からは、ひたり、ひたり、とホムンクルス達が一人、また一人と現れる。
いずれも目を閉じたままだ。前が見えていないはずなのに、それらはスケットン達に向かって真っ直ぐ歩いてくる。
そしてさらに奇妙な事に、ホムンクルス達からは感情も、殺気も、何一つ感じられない。
「何だ、まるで魂がないような……」
ルーベンスが困惑した様子で呟く。それを聞いてシャフリヤールは「ご明察!」などと笑って言った。
「ええ、その通りです。これらには魂が宿りませんでしたので、ただの抜け殻ですが――――果たしてあなた方に斬れますかね?」
ナナシと同じ顔をしたホムンクルスを、とシャフリヤールは暗に言う。
そしてその言葉を皮切りに、それらは一斉に、スケットン達に向かって襲い掛かってきた。
「ひ!?」
ティエリが短く悲鳴を上げる。
スケットンはティエリを庇うように前に出て、
「……最低も最低だな、てめぇら!」
と吐き捨て、魔剣を構えた。
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