第93話「あかん、チェンジしとうなってきた……」
バルトロメオの王族発言に驚いていたちょうどその時、ナナシの方で小さな破裂音が聞こえた。
ぎょっとしてそちらを向くと、魔法陣のように漂っている詠唱の一部に青白い光が迸っている。
ナナシとアルフライラは「おやまぁ」という表情を浮かべており、ガロからは「勘弁してくれ」と言う雰囲気が感じられる。
何が起きたんだと思いながらスケットンは声を掛けた。
「大丈夫かオイ、何か今すげぇ音したぞ」
「はい、大丈夫です。ちょっと危なかったですが」
ナナシはにこりと笑って返す。
それは大丈夫と言えるのだろうかとスケットンは思ったが、失敗したとは言っていないのでまだ大丈夫なのだろう。
「あかん、チェンジしとうなってきた……」
「今チェンジすると完全に失敗になるぞ」
「言うてみただけやもん……」
もんって言いやがったぞ、とスケットンはツッコミかけたが、そこは空気を読んで止めておいた。
あちらもあちらで大変そうだが、スケットンの方も新しい情報の整理で忙しい。なので問題ないようならばと、意識をバルトロメオたちに戻した。
気を取り直して、スケットンは王族と言ったバルトロメオを見る。
王族というのは簡単に言うと王と親族関係にある者たちのことだ。そして
そういう意味で王族とは特別な立場ではあるのだが――親族関係であったとしても存在が認められていなければ、その限りではない。いわゆる『自称』という奴だ。
もっとも『王族』だと自称するような者は滅多にはいないのだが。
さて、そんな『王族』と名乗ったバルトロメオだが、スケットンにはそれを判断する材料は少ない。何と言っても記憶に三十年ほどの空白があるので今の社会情勢には疎い。
参考に出来そうなのは周りの人間の反応だが、記憶のないナナシは別として、オルパス村の村長であるフランもバルトロメオを見て気付かなかった。
そうなると、バルトロメオが本当に王族だったとしても、その辺りの話は公にはされていないのだろう。まぁ、そうでなければ傭兵稼業なんて続けてはいられないだろうが。
そこまで考えて「とりあえず
「そりゃすげぇな。で、それが狙われる理由ってのは?」
「アッサリしてんなぁ。アルじゃねぇけど、もうちょっと驚いて欲しいもんだぜ」
「死んで起きたらスケルトンになってて、四天王が続けざまに出てきて、その上魔王がどうのこうのって話にまでなってんたぞ。これ以上何に驚けと?」
「何かすまん」
半眼になったスケットンにバルトロメオは普通に謝った。
もちろんスケットンも、一瞬思考が止まるくらいには驚いたのだ。本物かどうかは別としても『王族』という予想外の言葉が出て来てたものだから。
けれどアルフライラにも言った通り、驚きが連続すると感覚とは麻痺するもので、期待された驚きっぷりが出てこなかったのは仕方のない事である。
今の状況ではせめて死んで目が覚めたらスケルトンになっていた――くらいの驚くがないと大げさなリアクションは取れないだろう。
「それで?」
「ああ。……ま、王族つっても、好いた女と駆け落ちした奴が親ってだけなんだけどよ」
「へぇ、そいつはまた情熱的だな」
「ハハハ、だろ? 俺から見ても万年新婚夫婦でよ」
バルトロメオは自慢げに笑う。からかうような言葉ではあるが、その端々からは両親に対する愛情が感じられる。そんなバルトロメオを見て、隣に立つベルガモットも慈しむような目でくすりと微笑んだ。
二重の意味で仲が良さそうで結構な事だなんて思っているスケットンに、バルトロメオは話を続ける。
「ガキの頃から『実は父さん王族なんだぜ』なんて言ってたもんで、冗談の類かと思っていたんだが、傭兵やってる時に本当に国のお偉いさんが来てよ。親父に確認に行ったら『マジで。父さんまだ王族って事になってんの』って言ってよ。正直、何言ってんだと思ったよ」
バルトロメオが両手を広げて苦笑する。
なるほど、確かにそりゃそうだ、とスケットンも頷いた。もしもスケットンが同じ立場であっても同様の感想を抱くだろう。
「で、いつ分かったんだ?」
「ちょうどオルビドの戦いの後くらいだったかしら?」
「おう。あの戦いの関係で調べられたんだろうなぁ」
ベルガモットの言葉にバルトロメオは同意する。
フランの話では、確かバルトロメオ傭兵団はオルビドの戦いで名を上げたとのことだ。つまりは強い、味方にすれば有力だという事だ。それならば何かあった時の事を考えて、繋がりを作っておきたいと思うのは自然だろう。
この国の騎士団は弱体化している――というナナシの話が、今はどこまで信憑性があるかは分からないが、戦力が増えるに越した事はない。そしてバルトロメオが王族であると分かったならば、それを理由に雇用時の金銭的負担を減らそうなんて悪知恵も働くかもしれない……と考えたが。まぁそれはさすがに邪推過ぎるか、とスケットンは思い直した。
「つまり奴さんが今の王様で、好き勝手したい時に王族を名乗る奴がひょいと出てきたら邪魔ってことか」
「そういうことだ。まぁよ、俺もアルから話を聞かなかったら、邪魔も何もなかったんだけどよ」
「そこはウソだな」
「ハハハ」
スケットンのツッコミにバルトロメオは笑って誤魔化す。
実際にアルフライラから話を聞いて行動に出たというのは事実だろう。だがスケットンと違って、バルトロメオたちは今の
「つーか、ラバロンソは世襲制だろ。よくシャフリヤールが王として認められたな」
「あまり顔が知られていない王族と、上手いこと入れ替わったって話だぜ」
「ええ。ハールーン王子ね」
「ハールーン? あー……確か、病弱だからって療養に行ってるんじゃなかったか?」
聞き覚えのある名前にスケットンは反応した。
ハールーンとはスケットンが生きていた時代に国を治めていた王の子で、末の王子だ。当時五歳くらいだったハールーンは、生まれた時から体が弱く寝たきりの生活で、少しでも体に良い環境をと王都離れて療養していたはずだ。
三十年も前のことだが、されど三十年ほどのことでもある。スケットンはあまり考えた事がなかったが、時間の経過と共に残っているものがあるというのが不思議な感覚だった。バルトロメオも「三十年前の話題なら繋がるのか」などと感心している。
しかし。
(その王子と入れ替わったとなると――まぁ、考えたくはねぇが……)
スケットンは骨の顔を僅かに歪める。
ハールーン王子とシャフリヤールが入れ替わったのであれば、本物をそのままにしておくかどうか、という話である。
病気か故意かは別として、生きている可能性はゼロではないが低いだろう。そうは思ったがスケットンは言葉にしなかったし、バルトロメオたちもそれ以上は何も言わない。敢えて避けたようにも感じられた。
ひとまずこの話題は触れなくても問題がないなと判断して、スケットンは次へと移る。
「それでハールーン王子と入れ替わったとして。幾ら王子の顔が知られてないと言ったって、親や他の王族からはバレるだろ。そもそもシャフリヤールは四天王だぜ?」
「バレてねぇんだよなぁコレが。……まぁ、顔を知っている奴をそのままにしておく奴じゃねぇさ」
「えげつねぇなぁ……」
スケットンはこめかみを押さえた。ある意味で正論だが、事態としては最悪だ。
ただ王族全員がバタバタ倒れたとなると、さすがに国民から不信感は募るだろうから、まだ全員をどうにかしているとは考えにくいのだけが救いである。
「国民の方は、シャフリヤールの顔を直に知ってる奴なんて限られてるし、髪の色や目の色を合わせるだけで大分変わるからな。あとはそれっぽい要素加えりゃ十分さ」
「……ウワサの勇者博物館とやらの肖像画は」
「又聞きに想像が加味されている」
「正確さが欠片もねぇ!」
それでは肖像画ではなく想像画だとスケットンは頭を抱えた。ある種、全くの別人として描かれていたとしてもおかしくはない。
だが、とりあえずシェヘラザードの肖像画がもっと神秘的だったというナナシの言葉は納得ではある。
ちらりとナナシの方を見れば、相変わらず魔法の上書きの最中だ。先ほど見た時よりも書き換えている詠唱の位置が大分進んでいる。時間が掛かると言っていたが、アルフライラの協力もあってかなかなかのスピードである。
もう少しだな、と思いながらスケットンは話に意識を戻す。
「しかし、ほんと大丈夫か、この国。さすがの俺様も心配になってきたわ……」
「まぁ城の方でも怪しんでいる奴はいるんだが……な」
「執務に対しては真面目だし、国民たちからも人気があるから、簡単に手が出せないのよ」
バルトロメオの言葉を引き継いだベルガモットが肩をすくめた。
そう言えば出会った頃にナナシも似たような事を言っていたな、とスケットンは思い出す。
執務に真面目で、人気があって、ついでにイケメンらしい。最後は別としても、色々と頭が痛い話である。
――しかし、そう考えると不思議な話だ。
「シャフリヤールはこの国も人間も憎んでいるのに、仕事は真面目にするんだな」
「人間と魔族との争いが終わった今、魔族もこの国に住んでいるからなぁ。数は少ねぇが」
スケットンの疑問に、バルトロメオは空を見上げてそう答えた。
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