第94話「ほぼスッカラカンです!」
それから間もなくして、魔法の上書きを終えてナナシたちが戻って来た。
ナナシとアルフライラの後ろを縄を解かれたガロがついてくる。
それぞれに疲れた顔を――もっともガロの顔は兜で隠れて見えないが――している。だがそこに暗い色がないところを見る限り、上書き自体は成功したようだ。
「終わりました。何とか成功です」
「うむうむ、なかなかの大仕事じゃったぞ! もっと褒めるが良い!」
「おう、お疲れー」
スケットンが珍しくそう労うと、アルフライラが大げさにのけぞる。
「軽いな!? 疲れたのじゃぞ! もっと労わって! 敬って!」
「元気そうじゃねーか。疲労の欠片も見えんわ」
半眼になって言うと、アルフライラはわざとらしくガッカリと肩を落とす。
二人のやり取りを見てナナシはくすくすと笑った。
「まぁ書き換えで大量に魔力消費したのは私ですからねぇ」
「へぇ大量に消費ねぇ……って、待て。おい待て。お前まさかまたスッカラカンだって言うんじゃねぇだろうな」
「ほぼスッカラカンです!」
堂々と答えるナナシにスケットンは頭を抱えた。
シェヘラザードとの戦いから何度目のスッカラカンだろうか。本当によく魔力が無くなる魔法使いである
本来であれば魔力切れは魔法使いにとっては死活問題だ。それを避けるために
そもそも、ここ最近は
今は魔力切れを起こしてもスケットンがいるから良いとして、さすがにこうも毎度だとスケットンも心配になる。
目を離すと別の意味で死にそうだ。
とりあえず、自分が一緒にいる間は目を光らせておかないとヤバイとスケットンは思った。
「お前はもうちょっと魔力調節を学んだ方が良いと思う。毎回上級魔法ぶっ放さなくてもいいんじゃね」
「ですが十で十を倒すより、一で十を倒した方が効率的ですし。とりあえず私としましては魔力の回復速度云々についての研究をしたいところです」
真顔で頷くナナシだったが、そう言う意味ではない。
言っている事自体は間違ってはいないのだが、やはりどこかズレている。
スケットンは「こいつ、調節する気がねぇ……!」と慄いた。
「……まぁそれはいいとして。魔法の上書きってのは見た目には特に変化がないんだな」
本当は良くはないのだが、平行線になりそうなのでとりあえず話を切って、スケットンはガロを見た。
見た目としては出会った時のままである。
ガロは相変わらず飄々とした様子でサムズアップした。
「変化あるで。格好良さが増したやろ」
「変わんねーよ」
「まぁ中身を弄っただけですので……ご希望なら何か考えますが」
ふむ、とナナシがそう提案するとスケットンが空洞の目を瞬く。
逆にガロが「え?」と一転して不安そうな様子になった。
「マジか。ならこう、派手に頼むわ」
「はい」
「はい、やのうて! やめて何する気!?」
頷いたナナシにガロが思わず制止をかけた。
二人の言葉から何とも言い難い恐怖を感じたのだろう、ガロは必死である。
そんなガロにスケットンとナナシは残念そうな様子で「冗談だ(です)」と答えた。
「まぁそれは置いといて。終わったんならオルパス村に戻るか。何かここ最近、行ったり来たりだけどよ」
「そう言えばそうですね……いっそオルパス村に“
言いながらナナシはコートのポケットから、シェヘラザードの護符を大事そうに取り出した。
持ったとたんに顔がにやけるあたり、宝物の類にランクアップしているのだろう。
「あー、それ便利そうでいいな。だけどお前、確か使えねぇって……って、おい、何かピカピカしてんぞ」
「あれ?」
ピカピカと光り出した護符をスケットンが指差すと、ナナシがそちらを見る。
自然とその場にいた一同の視線も集まった。
この光り方はシェヘラザードが“
「何だそりゃ」
「いえ、”
バルトロメオにそこまで答えかけて、ナナシは不可解そうに目を細める。
何だろうかとスケットンは考えて、その時の光り方と今の護符の光り方が違っている事に気がついた。
一定間隔であったあの時と違い、今回は不規則で、不安定だ。
「何か前に見た時より光り方が変じゃねぇか?」
「ええ。これは――――」
おかしい、とナナシが言いかけた瞬間、護符が強い光を放つ。
眩い光が周囲を照らし、そして収まった次の瞬間、
「ぎゃっ!」
「いたぁ!」
と男女の声と共に、何かが地面に落下する音が聞こえた。
何だなんだと覗き込むと、キラキラとした魔力の残照の中にオルパス村のティエリと教会騎士のダイクが腰や頭をさすっていた。
どうやら落ちた際にしこたまぶつけたようだ。
ダイクにいたっては元の怪我に響いたらしく、地面に突っ伏して呻いている。
しかし何故、この二人が。
予想外の人物が出てきた事にスケットンが空洞の目を丸くしていると、
「わっ!」
と、今度はナナシの驚く声がした。
反射的にそちらへ顔を向けると、彼女が持っていた護符が燃えて消えたところであった。
「おい、大丈夫か?」
スケットンが声を掛けると、ナナシは少し動揺した様子で「ええ」と答えた。
ナナシはしきりに指をこすりあわせ首を傾げている。燃えた護符を持っていた割には、その白い指先は変わらずで、とくに怪我をした様子はなかった。
護符が燃えた理由は分からないが怪我がないのは良かったと思いながら、スケットンはティエリたちに顔を向ける。
ティエリは辺りを見回しながら、スケットンたちに気が付いて大きく目を見開いた。
「あれ、ここどこ!? ……って、スケットンさんにナナシさん!?」
「お前ら何してんだ? てっきりシェヘラザードが来ると思ったんだが」
「あ、ああ……一緒だったはず……なんスけど」
ダイクも困惑した様子でそう答える。
ティエリもダイクも事態がよく理解出来ていないようで、顔一面に疑問符を浮かべていた。
スケットンは腕を組んで「要領を得ねぇな」と呟いた。
「恐らく“
「失敗って、消えるって奴か? おいおい、そいつは……」
「ええ。ですがオルパス村からここなら、失敗するような距離ではないはずです。魔法を使う段階で何か起きたのかもしれません」
ナナシが顎に手をあてながら、先ほどまで護符を持っていた手を見つめる。
スケットンは「ふむ」と頷くとバルトロメオに、
「傭兵さんよ、村を見に行った奴から連絡は?」
と聞いた。するとバルトロメオはベルガモットを見る。そしてベルガモットが首を横に振ると「今のところはまだねぇな」と答えた。
何か起きたのは確かだろうが、直ぐに連絡が来ないところを見ると、村自体には被害があったというわけではなさそうだ。
それだけは良かった、とスケットンが思っていると、ふとガロがティエリの前に膝を突いた。
「まぁとりあえず、座っとったら服が汚れるやろ。お手をどうぞ、ティエリお嬢さん」
「え? え? ありがとう? だれ?」
恐らく笑顔を浮かべているであろうガロは、見てくれだけならば騎士だ。
知り合いではないがスケットンたちと一緒にいた事も含めて警戒心が薄れたのか、ティエリは差し出されたガロの手を取って立ち上がる。
それを見てアルフライラがからかうように口元を上げた。
「何じゃおぬし、その娘に妙に優しいのう」
「俺は女の子には優しいんやで」
「妾は!」
「オバハンは別や」
「ぐぬう!」
そして綺麗にやり返されて、アルフライラは悔しそうに唸った。
相変わらずの二人である。
ガロはアルフライラをスルーしてティエリに、
「ガロや、はじめまして。野郎は自分で立て」
「誰が好きこのんで野郎の手なんか借りるかよ」
ダイクが嫌そうな顔でふらふらと立ち上がる。
口では強がっているが、体の方はあまり良くないのだろう。
「お前は座ってた方が良いんじゃねぇか?」
「出来れば横になりたいけどよ」
言いながらダイクはガロを見る。あそこまで言われては座っているのもシャクなのだろう。
それならば早く話を終わらせて、休ませてやった方が良いだろう。
「じゃあよ、何があったのか聞いて良いか?」
スケットンが聞くと、ティエリとダイクは頷いた。
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