第92話「ごめんなさいね。この人、若い人をからかうのが好きなのよ」
魔法の上書きというものは、難解なパズルのようなものだ。
ナナシのほっそりとした白い手がガロの鎧に触れると、そこからぶわりと大きな魔法陣のようなものがが空中に浮かび上がる。紡がれた詠唱を文字として視覚化し、
詠唱を文字として――なんて、言葉で言えば簡単だがその中身は膨大だ。上級魔法だの何だので長さは変わるだろうが、それでも頭が痛くなりそうなくらい細かい。これならば例え威力は落ちても簡略化したくなる気持ちも分かる。よくもぁこれだけのものを詠唱してナナシたち魔法使いは魔法を使っているものだとスケットンは感心していた。
そうしていると指示をし終えたらしいバルトロメオが、彼の部下であるベルガモットと共にやって来た。
「よう、暇そうだな」
「暇じゃねぇよ。やる事ねぇけどよ」
「それを暇って言うんだよ。それにしてもお前さん焦ってねぇんだな」
「まぁ、俺様一人で行ったってどうにもならねぇからな」
バルトロメオの言葉に、スケットンは肩をすくめてそう返す。
もちろんスケットンとてオルパス村にいるルーベンスたちの事が気にならないわけではない。どうでも良いなんて言葉で片付けられるほど軽い感情であった頃なら良かったが――不本意ではあるが――今はそうでもない。
今のスケットンはナナシがいなければまともに戦う事すら出来ない最弱のスケルトンである。弱っちい自分が行ったところで足手まといである事は自覚している。よしんば何かの策でも講じれば別だろうが、これと言って良い手は浮かばなかった。
そもそもトビアスがどの程度乗っ取られているか分からないし、何よりも助ける方法が不明だ。そしてそれを知っているのがガロである。スケットンはガロの事は信用していないが、彼が口にした『報酬』とやらだけは信用出来るだろうと思っていた。
基本的に傭兵は金で動く。仕事の内容にもよるだろうが、依頼を受ければ今まで敵だった相手だろうが味方だった相手だろうが、雇われた側に付くのだ。その傭兵が報酬を口にした。ならば仮にガロの行動理由が全て嘘だったとしても、仕事を依頼した以上『報酬』はまともに支払う事だろう。まぁ、そうでなければ困るのだが。
それにオルパス村にはバルトロメオが部下を向かわせてくれているならば、多少時間は掛かったとしても魔法の上書きを終えたナナシと一緒にガロを連れて行くべきだろう。成功するかどうかは別として。
そういった理由でスケットンは今は『待つ』事を選択した。トビアスを助けられる可能性があるのならば、諸々の準備を整えてから向かう方が無策よりマシである。
そんな事をスケットンが言うと、バルトロメオが面白そうに腕を組んだ。
「ほうほう、なるほど。でもよ、それでも行くのが勇者様って奴じゃねぇのかい? 村には仲間もいるんだろ?」
「いるからここで待ってんだよ。つーか、分かってて聞いてるだろ、お前」
「ハハハ。悪ぃ悪ぃ」
全く悪びれた風でもなく笑うバルトロメオを、スケットンは「コノヤロウ」と半眼になって睨んだ。
バルトロメオは相変わらず笑ったまま「しかし」と続ける。
「お仲間の事を大分信用してんだな。噂とは大違いだ」
「べっつにぃ? あいつらが早々簡単にくたばるような奴らじゃねぇって知ってるだけさ」
「それを信用してるって言うんだよ」
そう言って楽しそうに笑うバルトロメオに、ベルガモットが「やめなさい」と呆れたように言って、彼の脇腹に手刀を食らわせる。そこそこの勢いでめり込んだせいか、バルトロメオは両手でそこを押さえて呻いた。あれは痛ぇなとスケットンが見ていると、
「ごめんなさいね。この人、若い人をからかうのが好きなのよ」
とベルガモットに謝られた。
若い人、と言われてスケットンは何とも微妙な気持ちになる。確かに死んだのは二十そこそこだが、死後の時間をプラスすれば五十は超えている。なので若い人扱いをされて喜ぶべきなのか、それとも否定すべきなのか悩ましいところである。
なのでスケットンは、
「いや、まぁ、別に。あんたも大変だな」
と曖昧に返しておいた。考え事をしていたために無意識に口からは労わりの言葉が出て来たが、スケットンは気づかない。言われたベルガモットの方は少し驚いた顔をしてから「ありがとう」と微笑んだ。
さて、そんなバルトロメオたちを見たスケットンは、彼らに聞きたい事があったのだと思い出す。ちらりとナナシを見れば魔法の上書きが完了するにはまだ時間が掛かりそうなので、先に彼らと話をする事にした。
「なぁ傭兵さんよ。話は変わるが、あの大量のアンデッドは、お前らを狙ったものじゃねぇのかい?」
スケットンの問いにバルトロメオは驚いたように目を瞬く。それから少し間を空けたあと「鋭いねぇ」とニヤリと笑った。
ああやはりか、とスケットンは思った。
ナナシと騎士団を接触させるのが
だからこそ大量のアンデッドを使って狙われたのはバルトロメオたちで、自分たちはその
「お前さんの言うとおり、あれの狙いはアルと俺たちさ」
「やっぱりか。ナナシからちらっと聞いたがよ、狙いのひとつはアルフライラの核とやらか?」
「ああ、そうだろうな。現状、魔王を再現するにはアルの核が最も適しているらしいぜ」
ちらりとアルフライラの方を見てバルトロメオは言う。
スケットンは「なるほどな」と納得して呟く。だが、それだけでもないだろう、とも思った。単純にアルフライラが邪魔だからというのもあるだろう。
もっともアルフライラからはシャフリヤールに対してそれなりに情があるようだが。
「それじゃあよ、お前らを狙う理由ってのは何だ? アルフライラの協力者――――ってだけじゃねぇんだろう?」
いっそそれだけならシンプルで良いなだけどな、とスケットンは呟く。
バルトロメオはアルフライラを依頼者だと言った。ならばそれだけでも筋は通る。
だが彼らが相手にしているのが現国王であれば、さすがに規模が大きすぎるのだ。下手をすればリターンはマイナスでリスクだけが残る仕事である。いかにオルビドの戦いで名を上げた傭兵団だとしても依頼を受ける必要性が見当たらない。この国のためなんて言えば聞こえは良いが、一傭兵団がそこまでする理由にはならない。
にも関わらずバルトロメオはアルフライラの依頼を受けた。つまり受けざるを得ない理由があって、それがシャフリヤールに狙われる原因ではないのかとスケットンは考えたのだ。推測ではあるが、バルトロメオの反応からして全くの見当違いという事はなさそうだ。
バルトロメオは唸ったあと、少し思案した様子で顎に手をあてる。
「聞くと色々と面倒くせぇぞ?」
「今の段階ですでにかなり面倒くせぇ状況になってんだ。それが今さら一つや二つ増えたって変わんねーよ」
「そうか? それなら……」
バルトロメオはベルガモットの方を見た。ベルガモットは「ええ」と短く答え、頷く。それに対してバルトロメオも数回頷くと、スケットンの方へ顔を戻した。それから「笑うなよ」と前置きしたあと、少し背筋を伸ばし、拳で胸を叩いて言った。
「俺が王族だからだ」
「は?」
バルトロメオが放った言葉の意味を理解するのにスケットンは数秒を有した。だがそれでも今一つ良く分からなかったので、やや困惑しながら「王族?」と聞き返す。
そんなスケットンの反応をバルトロメオは想定していたようで「見えねぇよなぁ」と苦笑した。
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