第87話「おーおー、盛況だねぇ」

 木々の合間から木漏れ日が差し込む森の中を、スケットンとナナシは走っている。

 一見すると長閑な光景とも錯覚するが、枝葉を踏んで走る音の中に、遠くに響く戦いの音も混ざってくる。 

 バルトロメオたちはすでにアンデッドと戦っているようだ。

 音、声、振動――そこから届く情報に、スケットンは今の戦場の様子を予測する。

 傭兵の話ではアンデッドの大群が近づいているという話だが、なるほど確かに、その通りのようだ。


「あ」


 そんな事を考えていると、隣を走るナナシが思い出したかのように声を漏らした。

 足を止める彼女につられスケットンも立ち止まり、ナナシの方を見る。


「どうした?」

「いえ、その……自分の体質の事を思い出しまして」

「体質って……ああ、レベルドレインのあれか」

「ええ。このまま向かえば、その場にいるアンデッドを強化してしまうなと」

「ああ……ナルホド」


 言われてみれば、確かにそうだとスケットンは思った。

 スケットンはアンデッドなので、ナナシの【レベルドレイン体質】の恩恵を受けている。だがそれは別に、スケットンだけに与えられているものではない。

 周囲の人間に無差別に効果を発揮するタイプのものなのだ。

 スケットンにはプラスの意味合いが強いので、あまり気にしていなかったが、ナナシの体質は基本的には悪い方向へ働く事が多い。

 特にアンデッドと戦うような場合、敵の強化と味方の弱体化が同時に来るわけである。

 勇者二人だけが戦っているならいざ知らず、バルトロメオたち傭兵が多数参戦している現状では不安要素の方が多い。


「まぁバルトロメオさんには、それほど影響がなさそうでしたが」

「あーもしかして、木のバリケードぶっ壊したの、あいつか?」

「ええ。結構頑張って組んだんですけどね、ああも見事にぶった斬られると、影響がない事に喜んで良いのかどうなのか悩ましいです」


 ナナシが微妙な笑顔を浮かべた。彼女にとっては【レベルドレイン体質】自体は、あまり良い思い出がないからだろう。

 忌避されてきたのに、あまり効果がないとくれば、何とも言えない気持ちにはなるだろうなとスケットンは思った。


「ちなみに、ちゃんと聞いた事がなかったんだがよ。お前のその体質って、そもそもどのくらいの効果があるんだ?」

「え? ああ、そうですね……」


 スケットンが聞くと、ナナシは「ふむ」と顎に手を当てた。

 そうして少し考えると、


「……一番近くにいる時で、アンデッドなら生前の強さに、死後に鍛えた強さが加算される感じでしょうか。生者であればおおよそ、一割から二割くらい減ではないかと。まぁ調べた事はないので、はっきりとは言えないんですけどね」


 と答えた。

 アンデッドと生者の有利、不利のバランスの差が著しい。


「ずいぶんとアンデッドに有利な体質だな」

「まぁ、狙って作ったものなら、そうなんでしょうねぇ」


 ナナシが肩をすくめて見せると、スケットンは「なるほどな」と頷いた。

 もともとナナシはシャフリヤールが魔王を模して作ったホムンクルスだ。

 魔王の死を認められなかったシャフリヤールが、魔王を取り戻そうと作った存在である。

 二度と魔王を倒させないために考えた結果が【レベルドレイン体質】であれば、その部分を重要視していてもおかしくはない。

 

「しかし、一割から二割か。その割にはシェヘラザードに比べて、ルーベンスには、それほど影響があるように見えなかったな」

「こういうマイナス系の効果は、強ければ強いほど大きい効果を発揮しますから」

「あー……」


 スケットンは乾いた笑いを浮かべた。

 はっきりと言葉にすれば、ルーベンスとシェヘラザードの能力に差が大きい、という事なのだが。

 別にルーベンスが弱いとはスケットンも思わないが、結果的に差が出てしまうのだからシビアな話である。

 まぁ、低い影響で済むのならば喜ばしいのかもしれないが。


「傭兵がどのレベルかは知らねぇが、バルトロメオが率いてんなら、弱くはねぇだろうな。そうなると真っ直ぐ向かうのは考え直した方が良いか」

「そうですね。多少なりとも離れていれば、影響が少なくなりますので……反対側は厳しいでしょうけれど、横から行きますか」

「そうだな」


 ナナシの提案を受け入れて、スケットンはやや方向を修正する事にした。

 そして目を閉じて、響いてくる音と振動に集中する。

 スケルトンの体は便利なもので、人間であった頃よりもよほど、そういった事を敏感に受け取る事が出来た。


「――――よし、こっちだな」


 スケットンは目を開けると、再び走り出す。ナナシもそれに続いた。

 そうして走って行くと、やがて森の出口が見えてくる。

 その先が戦場になっているようだ。

 森から飛び出すと、辺りが一気に明るくなる。受ける日差しに、ナナシが僅かに目を細めた。


「おーおー、盛況だねぇ」


 スケットンは額に手を翳し戦場を見回しながら、茶化すように言う。

 オルビド平原の時もそうであったが、まさにうようよ、、、、という言葉に相応しい数のアンデッドが、そこに蔓延っていた。

 種類も多種多様で、ゾンビやゴースト、スケルトンはもちろんだが、中にはデュラハンなどと高レベルのアンデッドの姿もある。

 その中に、バルトロメオら傭兵や、アルフライラの姿も見えた。


「統率のとれた動きをしていますね」

「ああ」


 ナナシの言葉に短くスケットンは頷いた。

 オルビド平原のアンデッドと違って、今、目の前の戦場で動いているアンデッドたちには、はっきりとした纏まりがあるように見えた。

 全部ではないものの、数体で班を組む、明らかに動きが違うアンデッドたちがいた。

 その様に、スケットンは屋敷のアンデッドたちの事を思い出す。


(まさかな――いや、まさか、でもないか)


 スケットンは心の中で独り言つと、魔剣【竜殺し】を抜いた。

 そんなスケットンにナナシは声を掛ける。


「スケットンさんはパワーとスピード、どちらがお得意ですか?」

「速い方だな」

「承知しました」


 ナナシは短くそう言うと、魔法の詠唱を始める。

 何をするのかとスケットンが思っていると、


「“疾風の靴オキュペテー”」


 と、ナナシの呪文スペルと共に、体にふわりとした風が巻きつく感覚を覚えた。

 速度強化の中級魔法である。


「時は金なり、ですよね」

「使い方違ぇっての」


 スケットンは呆れたように言ったあと、ニヤッと口元を上げた。

 体が軽い――悪くない。

 スケットンはそのまま体を低くすると、


「じゃあ、先に、、いってるぜ」


 と、地面を蹴って駆け出した。ナナシの魔法の後押しを受けて、先ほど以上の速さで、スケットンは戦場に飛び込み、魔剣を振るう。

 すれ違いざまにゾンビの足を切り飛ばし、スケルトンの頭を粉砕し、蹴散らしていく。

 アンデッドたちは突然現れたスケットンに、一瞬、何が起きたのか理解が遅れたようだ。

 その隙を逃さず、スケットンは一体、また一体と、矢のような速さでアンデッドたちを屠って行った。

 それから僅かに遅れて、後方からナナシの“炎帝の矢イグニス”が飛んできて、ゴーストたちの頭を貫き、霧散させていく。 

 騒ぎに、バルトロメオたちもスケットンとナナシに気が付いた。遠目に、バルトロメオが笑ったのがスケットンには見えた。


(思ったより早く済みそうだ)


 そう思いながら次の標的に向かうスケットン。

 そんな時スケットンの目の前に炎を纏った狼の紋章、、、、、、、、、の鎧を身に着けたデュラハンが立ちふさがった。

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