第88話「あんたとは死合う方が――段違いで楽しそうや」


 デュラハンはスケットンに向かってその手に持った大鎌を振り下ろす。

 大柄な体に不釣り合いなほどに俊敏な動きのデュラハンの攻撃を、スケットンが後ろに飛びのいて躱すと、鈍く光る切っ先が音を立てて大地を抉る。

 抉られた土は跳ね上がり、パラパラと宙を舞った。

 デュラハンの攻撃を避けたスケットンは、そのまま少し距離を取る。


(――――強ぇな)


 スケットンはそう思った。

 もともとデュラハンといううものは高レベルのアンデッドだ。

 デュラハンは自然に成るものではなく死霊術師ネクロマンサーに作られて存在するアンデッドである。

 故に、一般的なアンデッドと比べると、強さの桁が違う。例えばスケットンがスケルトンとして蘇って直ぐが最弱状態だったのに大して、デュラハンはその何十倍も上の状態からのスタートなのだ。

 だが目の前の個体は、デュラハンという部分を省いたとしても、純粋に強い、、とスケットンは思った。

 相手を観察すれば、着ている鎧には炎を纏った狼の紋章が刻まれているのが見えた。

 オルビド平原を抜けた先の森にあった屋敷で、スケットンたちを襲ってきたアンデッドたちが武器に刻んでいた紋章と同一のもの――傭兵団『灰狼』の紋章である。


「あんたが勇者スケットンやな」


 デュラハンは大鎌を肩に担ぐと、そう話し掛けてきた。

 逆の手で抱えた兜から聞こえてきたものだ。兜の隙間からは人ならざる者の証とも言うべきか、赤い目が光っていた。 


「へぇ? アンデッドにまで名前が知られてんなんて、俺様も有名になったもんだ」

「あんたの事は死ぬ前から教訓代わりに聞いとったからなぁ。ああ、俺は傭兵団『灰狼』のガロや。いや~お目にかかれて光栄ですわ~」


 ガロと名乗ったデュラハンは、この戦場には相応しくないくらい明るく話す。

 言葉だけ聞けば友好的とも取れるが、向けられた視線が好意的なものではない事を如実に語っている。

 スケットンは鼻で笑って言い返す。

 

「そんじゃ、その脇に抱えた兜にでもササッとサインしてやろうか?」

「ハハハ、それもええなぁ。せやけど、それより……」


 ガロはいったん言葉を切って、大鎌を持った手の指をスケットンに向ける。


「あんたとは死合う方が――段違いで楽しそうや」


 低く笑うガロからは明確な殺気が飛んでくる。

 ダイクのものとも、司祭のものとも違う、相手を殺す事に慣れた者の静かな殺気だ。

 スケットンは空洞の目を細め「へぇ」と呟く。

 お互いが相手から視線を外さず、睨み合っていると、そこへナナシが追いついた。

 ちらりと目を向ければ、アンデッドは炎帝の矢イグニスで片を付けたようで、スケットンたちの周りだけぽっかりと空間が出来ていた。

 ナナシはスケットンの近くまで来ると、対峙しているデュラハンを見て小首を傾げる。


「スケットンさん、お知り合いですか?」

「デュラハンに知り合いなんていねーよ。俺様のファンだ、ファン」

「ファンですか、サインでもプレゼントされていたので?」

「いやファンやないし、サインはいらんで」


 ナナシの言葉に思わずと言った調子でガロが苦笑しながらツッコミを入れた。

 飄々とした様子であったが、お調子者というわけではなさそうだ。

 スケットンがそう評価していると、ガロはナナシに向かって大鎌を持った手を軽く振った。


「まぁそれはそれとして、久しぶりやなぁ嬢ちゃん。ちゅうても、あんたは覚えてへんやろうけど」

「私ですか?」


 ナナシは自分を指差して目を丸くした。知り合いらしき事を言われたので驚いたのだろう。

 真面目な顔でナナシは相手が誰なのか思い出そうとしていたが、ガロの言った通り覚えていなかったようで、目だけスケットンに向けて尋ねる。


「どちらさまで?」

「灰狼の残りだとよ」


 スケットンは顎でガロの鎧の紋章を指す。

 ナナシはそれを見て「ああ」と数回頷いた。


「つまり、主様、、のお知り合いの方と」

「ガロや。これでも嬢ちゃんがガラスの中におった時から知っとるんやで?」


 再び名乗りながら、ガロは親指と人差し指で大きさを示して見せた。

 まるで豆粒のようなサイズにスケットンは思わず「どんなサイズだよ」とツッコミを入れたが、まぁ人間だってそうなのだ、有り得なくはない。

 ましてホムンクルスなのだ、人と生まれ方が違ってもおかしくはないだろうし、成長過程が外から見えてもおかしくはない。

 だがさすがにそんな小さい頃に他人に会わせる、などという事はしないだろうとスケットンは思った。

 ナナシも同じ事を思ったのか、微妙な表情を浮かべている。


「はぁ、そうでしたか。それは覚えておらず、申し訳ありません」

「謝るところでもねぇだろうが」

「まぁ形式的に?」


 何が形式だというのか、とスケットンは呆れ顔になる。

 するとガロが笑い出した。


「ハハハ。緊張感のないお人らや。嫌いやないで、あんたらみたいなの。……せやけど、形も残らんくらいにぶっ潰したいくらいには、好きやないわぁ」


 ガロは相変わらずの口調だが、先ほどよりもストレートに言葉が物騒になっている。

 スケットンは小さく息を吐いた。


「敵討ちってか。一応言っとくが、先に手ぇ出したのはてめぇらの方だぜ」

「ああ、分かっとる。仕掛けたんは俺らや、恨むんも筋違いなのは重々承知しとる。せやからこれは、俺のための復讐や、、、、、、、、


 ガロの言葉にスケットンは空洞の目を瞬いたあと、不敵に笑う。


「分かってんじゃねぇか。それなら――」

「――――って、思うとったんやけどなぁ」


 スケットンの言葉を遮るように、今度はガロがため息を吐いた。

 先ほどまでガロが孕んでいた殺気が薄れ、和らいだ雰囲気へと変わる。

 ガロの急な変化に、スケットンとナナシはきょとんとした顔になる。


「は?」

「ええと?」


 二人が聞き返すようにそう言うと、ガロは謝るように手を立て、


「ちょいと話がな。せやけど命令に違反するとメンドイもんで、適当に、、、戦って貰ってええか?」


 などと、申し訳なさそうに言ってから、担いだ大鎌を構え直し、スケットンに突進した。

 適当に、、、なんて前置きする割りには、スピードは本気のそれである。

 ガロは右足を軸に回るように、スケットンに向かって大鎌を薙いだ。

 その一撃を、スケットンはぎょっとしながらも魔剣【竜殺し】で受け止める。

 だがガロの攻撃には先ほど地面を抉った時のような殺意はなく、どうにもやる気が欠けているように思えた。


「中途半端過ぎて、すげぇ対応に困るんだけどよ」

「ハハハ、悪ぃ悪ぃ。せやけど、こうせんと頭ねじ切られるみたいな激痛が飛んでくるんでなぁ」

フリ、、でオーケーだってんなら、ザルすぎんだろ」

「まぁ数が多いとそうなるんやない? それにあんたらを殺したいとか、復讐したいってのは本音やし」


 ガロはへらへら笑いながら大鎌を振り回す。

 冷たく光る刃は音を立てて空を切る。やる気こそ欠けてはいるものの、当れば擦り傷などでは済まないそれを、スケットンはいささかやり辛そうに魔剣で受けていく。

 一定のリズムで打ち合うそれは、戦っていると言うよりは作業に近い。

 特に意味のない繰り返しがあまり好きではないスケットンは、面倒そうに骨の顔を顰めた。

 ナナシも本気でやり合う気配のない両者を見て、先に他のアンデッドを何とかしようと思ったようで、その場に立ったまま“炎帝の矢イグニス”を飛ばしてバルトロメオたちの加勢を始めた。

 横目でそれを見たスケットンは「結構遠くまで飛ばせるんだな」などと感心していた。


「で、話ってのは何だよ。くだらねぇ用件だったらぶった斬るぞ」

「それ平常運転やん。もうちょっと語彙を増やした方がええで。言葉も骨だけのスッカスカになったら目も当てられんで」

「何で初対面の首なし野郎に駄目出しされなきゃならねぇんだよ。あとその取ってつけたようなカーネリア弁をヤメロ」

「えぇ~傷つくなぁ、これ結構頑張って覚えたんやで?」


 スケットンの言葉にガロが大げさに肩をすくめてみせた。

 カーネリア弁とは隣国ヴェルソーにあるカーネリア地方の方言の事である。独特の響きが良いとカーネリア弁を真似して話す者もそこそこの数いたりする。いわゆる似非、、カーネリア弁という奴だ。

 ガロの口調もそれである。

 スケットンはフン、と鼻を鳴らして、


「研鑽が足りねぇ」


 などと偉そうに言ってみせた。

 ガロは「うぐっ」と言葉を詰まらせて、大きく息を吐いた。


「……ま、まぁええわ。そんなことより話の方が重要やし……」


 どうにも微妙に傷ついたらしい。

 兜に隠れていて表情は見えないが、口でも尖らせているような拗ねた調子でそう言うと、ガロはコホンと咳払いをし『』とやらを切りだした。


「用事っちゅうか、頼みごとなんやけどな。――――俺の仲間を助けて欲しいんや」

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