第86話「――――騎士団が来るから?」


 スリジエの花の花弁が、司祭であったものの上にはらりと落ちる。

 それをスケットンが見下ろしていると、ナナシが隣にやって来た。そして砂となった亡骸に手を合わせる。

 この世界での祈りの一つだ。手を合わせ、円を作ることで輪廻転生を表現しているのだと、知り合いが話していたのをスケットンは思い出す。

 ナナシをちらりと見たスケットンは、司祭の亡骸に目を戻した。


「アンデッドは頭部を破壊されなければ死なないんだったな」


 司祭であったものを見ながらスケットンは言う。

 思い出せば、司祭の頭部は修道帽こそ被っていたので見えなかったが、滅ぶほどのダメージを受けているようには思えなかった。

 もしも頭部を損傷していたとしても、以前に戦ったデュラハン程度だろう。

 で、あれば、ああも直ぐに身体が崩れるのはどうにも不可解であった。


「そうですね……これは推測ですが、身体ではなく魂へのダメージが大きかったのだと思います」


 ナナシは手を下ろすとそう話した。

 アンデッドは頭部に魂が引っ掛かった存在だ。一度繋がりが断たれた肉体に、元のように魂が戻ることはない。

 魂が頭部に引っ掛かる事で、そこから血液のように身体に魂が循環しているのだ。

 その魂と肉体を繋げているのが、魂を構成する一部である『魔力』になる。

 魔力とは魂に作用するもので、だからこそアンデッドは『魔力回復薬マジックポーション』で癒す事が出来る。


「魔力は魂が持っているものですから、体の崩壊を見る限りでは、それが枯渇したのではないでしょうか」

「魂の魔力ってもんは、そんなに簡単になくなるモンなのか?」


 スケットンの問いにナナシは首を横に振る。


「いえ。アンデッドの場合、魂が剥き出しの状態なので、周囲から魔力を少しずつ吸収しているんです。なので基本的に枯渇するなんて事はないんですよ」


 ナナシは地面の土や木々を指差しながら話す。

 植物や土、水など、自然界のものにはどれも微弱ではあるが魔力を持っている。

 それらから呼吸をするように放たれる魔力で、この世界は潤され、成り立っているのだ。

 その魔力が枯渇すれば、植物でも土でも司祭のように崩れて砂となる。この国から大分離れた土地では、魔力が枯渇した結果、一面が砂になった砂漠というものも出来ているそうだ。


「ですが、例えば魔法を使うとか、何らかの要因で魔力が大量に減った場合には、外部からその分を摂取する必要はあります。私は死霊魔法ネクロマンシーには詳しくないので、はっきりとは言えませんが――――術者の命令に逆らう事で受ける苦痛は、そこが絡んでいるのではないでしょうか」


 ナナシの言葉に「なるほどな」とスケットンは肋骨に手を当てた。

 アンデッドとなったスケットンは、痛みというものはあまり感じない。

 だが聖水などに触れた時には焼けるような痛みが身体に走った。あれが魂にダメージを受ける、という事なのだろう。

 もしもあれと同等か、それ以上の苦痛が常時与えられていたのなら――――普通の者ならば狂うだろう。

 だが司祭は笑っていた。いくらナナシの『レベルドレイン体質』で底上げされたとしても、苦痛自体は消え去るようなものではないだろうが、司祭は「それがどうした」と言うように笑っていたのだ。

 並みの精神力ではない。


 だからこそ、そこにスケットンは違和感を感じた。

 このタイミングで司祭が何故この行動をとったのか疑問なのだ。

 もちろん司祭の身体が持たなかったから、というのはあるだろう。

 だが司祭はただ愚かなだけではない。時間が無いから焦って――という態度ではなかった所からも何か意図があったのではないかとスケットンは思った。


「……そう言えばシャフリヤールについての情報はほとんどなかったな」


 腕を組んでスケットンは呟く。

 そう、司祭はシャフリヤールについての情報は、ほとんど言葉にしなかった。

 彼が言ったのは魔移りスペラードに絡んだスケットンとの取引と、サウザンドスター教会を守って欲しいという事だけだ。

 サウザンドスター教会を守って欲しいと言うのならば、元凶であるシャフリヤールについて情報を提供する事が必須ではないだろうか。

 少なくとも、同じ状況であればスケットンならばそうする。

 けれど司祭はそうはしなかった。


――――否、


「……出来なかった?」


 不意に浮かんできたものを言葉にして、スケットンの胸中に嫌な予感が広がる。

 言葉で縛られている、監視されている――その辺りは色々あるだろう。だが、もし『しない』のではなく『できなかった』のならばあの行動も頷ける。

 そして司祭が『何故』ではなく『だからこそ』あのタイミングで仕掛けたのだとしたら、そこに理由があるはずだ。


 アンデッドの大群が来るから――――違う。アンデッドの大群が来て殺される前に、という事であるならば、そもそも戦力を割かせるような真似はしないだろう。

 ではバルトロメオたちと接触したから――――も違うだろう。バルトロメオたちはシャフリヤールとは敵対する行動をとっているのだ、それを知ってか知らずかは不明だが、彼らを前にしても司祭はお構いなしであった。

 アンデッドでも、傭兵たちの事でもなく、今でなければ駄目な理由。

 それが何かと考えて、スケットンはハッとした。


「――――騎士団が来るから?」


 言葉にしてみると、思った以上にそれはしっくりと来た。

 するとナナシが顎に手を当てて、


「そう言えばバルトロメオさんたちも『先に奴らに接触させるわけにはいかない』と仰っていましたね。もし奴らが騎士団だと仮定するなら、辻褄が合います」


 と言った。

 だんだんとはっきりしてきた状況に、スケットンは内心『おいおい』と思った。

 ここで騎士団が浮かんで来るとなると、最悪な状況しか浮かばないからだ。

 ひしひしと歩み寄って来る悪い予想を何とか押しとどめ、スケットンは思考を続ける。


 何故、騎士団が来る前に行動を起こす必要があったのか。

 これが司祭だけであるならば、サウザンドスター教会の罪を軽減するためだろう。

 あのまま引き渡せばサウザンドスター教会全体に罪は及ぶ。解体――とまではいかないだろうが、弱体化は必至である。

 司祭が万が一を考えて、自らの行動の意図を伝えていなかったとしたら協会側は司祭の独断行動であるが故に「知らなかった」と言い訳は出来る。

 考慮されるとは断言できないが可能性はあるだろう。そこへ勇者の証言も加われば、多少なりとも前向きに事は運ぶ。


 だが、そこにバルトロメオたちの意図が加われば、話は変わって来る。

 バルトロメオたちは司祭とは違って騎士団と絡む理由がない。

 あるとすれば彼らの依頼主であるアルフライラの意向だろう。

 そしてアルフライラは、シャフリヤールの行動を止めようとしている。

 つまり彼らが騎士団との接触を阻みたい理由はシャフリヤールに関係しているという事になる。

 それならばもしや――全部逆なのではないかと、スケットンは思い至った。


「……ハハ」


 想定外に最悪の結論に、思わず乾いた笑いが浮かぶ。

 そう、つまり、全部が逆なのだ。司祭がこのタイミングで仕掛けてきた理由がバルトロメオたちと同じなら、話は全部逆になる。

 シャフリヤールがどこにいるのか。そして何故魔王の器として大事なナナシを一人で旅立たせたか。

 理由自体は不明だが、旅立たせたあともシャフリヤールは、いつもナナシの行動が分かる位置にいた。

 そして騎士団は勝手に動かせるものではない。自由に動かそうと命じられるのは上の立場の人間だ。

 行動を疑われず、狙われた世界樹を外して騎士団を配置出来て、そして全てを滞りなく把握できる人物。

 それは。


「国王か……!」


 おかしいと思うことはあった。

 そもそも勇者の装備の回収を――魔剣の在り処の書かれたリストをナナシに渡したのは国だ。

 世界樹に手が回らないと言っても、冒険者や傭兵と連携するように頼めば、ここまで酷くはならない。

 だが疑わなかった。国王であるからと、無条件で敵ではないと信じていた。


 だが、違う。

 そもそもナナシの始まりは王城であった。

 ならば――シャフリヤールである可能性が高いのはこの国ラバロンソの王だ。

 何よりも王であるならば、魔王を倒した勇者アーティが治める隣国へ、戦争を嗾ける事も可能である。

 現状と周囲の行動が、パズルのピースのようにカチリとはまる。


「バルトロメオたちと話をする必要があるな」

「ええ。……とにかくアンデッドを何とかしましょう」


 ナナシは頷いてオルビド平原の方向を向く。

 彼女の表情は多少青いが、それでも動揺は少なく、落ち着いているようにスケットンには見えた。


「へばるなよ?」

「今なら“炎帝の矢イグニス”二回分はいけますよ」

「へぇ、随分な進歩じゃねぇか。そいつはありがてぇ話だな」


 そうして短く軽口を叩くと、二人はバルトロメオたちの加勢に向かった。 

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