第83話「最低っつーか、やり方が姑息で陰険で合理的って話なんだけどよ」


「最低っつーか、やり方が姑息で陰険で合理的って話なんだけどよ」


 アルフライラの言葉を補足してバルトロメオが言う。

 褒め言葉ではない事は確かだが、砕けた口振りのせいか、重い空気が少し和らいだ。


「合理的?」

「ああ、そうだ」


 スケットンが聞き返すと、バルトロメオは頷いた。そして人差し指でナナシを指差す。

 指されたナナシは少し首を傾げる。


「嬢ちゃんは【レベルドレイン体質】なんだろう?」

「はあ、ええ。そうです」

「奴さんが何でそんなもんを嬢ちゃんに付与したのか分かるか?」


 バルトロメオの問い掛けにスケットンは「ふむ」と考える。

 言われてみれば確かに、魔王を取り戻したいだけならば【レベルドレイン体質】なんて奇妙なものを付与する必要などない。


 【レベルドレイン体質】の影響を受ける生者にとっては、弱体化するという事は死の危険も増すと同意語だ。

 ゆえにナナシに対する周囲の反応も悪くなる。ナナシの体質は忌避されることはあっても歓迎されるものではない。

 その結果、彼女の仲間になりたがる者は誰もおらず、一人で旅を続けている。

 幾らナナシが魔法の使い手であったとしても、何らかの事態で命を落とすことだってあるのだ。


 それなのに何故、シャフリヤールはナナシにそんな体質を付与したのか。


「近づく奴らを弱らせて、こいつが死なないようにする――だけじゃねぇんだな」

「ああ。もちろんそれもあるだろうが、一番の理由は違う。嬢ちゃんの体質でアンデッドを強くするためさ」


 ナナシとスケットン、そしてフランは目を瞬いた。

 そんな事をして何になるのか。

 そうスケットンは思ったが、少し考えて、その理由を思いついた。


「ああ、だから死霊魔法ネクロマンシーか!」


 スケットンの言葉に、バルトロメオは正解だと言わんばかりにニッと笑って頷いた。


「そうだ。死霊術師ネクロマンサーによって作られたアンデッドは、基本的には術者に逆らえねぇ。で、あれば、そいつが作ったアンデッドは、魔王にとって安全で、かつ、裏切らねぇ駒になる。それをさらに強化出来れば、頭を潰されない以上は、倒れても倒れても蘇る不死の戦士のご誕生ってわけさ」


 芝居染みた調子で手を広げバルトロメオは言っているが、内容は軽く聞き流せるものではない。

 アンデッドを強化する、ただそれだけで済む話ではなくなってきているのである。


 今、この国ラバロンソでは、各地の世界樹が失われたことでアンデッドが大量に発生している。

 それ、、自体は死霊術師ネクロマンサーによって作られたものではなないため、従える事は出来ない。


 だが、そのアンデッドによって、各地で様々な被害が発生している。命を落とした者も少なくはないだろう。

 多数の死者――それらを死霊魔法ネクロマンシーでアンデッドにしたら、どうなるか。 


(今、この国に、どれだけシャフリヤールに作られたアンデッドがいるんだ?)


 アンデッドはアンデッドだ、理性を保っている事を隠し、それらの中に混ざってしまえば分からない。

 中には吸血鬼トビアスのように人間と寸分変わらぬ見た目をしているアンデッドもいる。

 もしシャフリヤールが命令で『やれ』と言えば、潜んでいるアンデッドたちは一斉に動き出し、人々に襲い掛かるだろう。

 そしてまた大勢が命を落とし――それらをアンデッドにする事で、シャフリヤールの手駒は芋づる式に増えて行く。


 もっともシャフリヤールが一人で行動しているのであれば、その全部をアンデッドにする事は無理だろうが、そうならばただ厳選、、すれば良いだけの話だ。

 デュラハンや、ゴーストの上位種であるレイスなど、高レベル帯のアンデッドとして作ることが出来るものだけを確保すれば良い。

 人だけではなく魔物でもそれは変わらない。生前の強者をアンデッドにすれば【レベルドレイン体質】でさらに強化でき――手が付けられなくなる。


 そうなれば誰にも手出しが出来ない不死の軍団の誕生だ。

 そしてこの国ラバロンソを滅ぼし、魔王の命を奪った人間に復讐する事も出来るのである。

 なるほど、確かに最低で、姑息で陰険で合理的だとスケットンは思った。


「世界樹を引っこ抜かせた本当の理由がコレか」

「……それならばサウザンドスター教会の司祭は……騙された、という事になるのですか?」

「そうじゃな。まぁ、本人は騙されたなんて思ってはおらんだろうが……哀れなものじゃ」


 アルフライラの言葉に、ナナシは目を伏せる。


「……この場に、ルーベンスさんがいなくて良かった」

「ああ」


 ナナシの言葉にスケットンは頷いた。

 もしもルーベンスがこの話を聞いていたら、掛ける言葉すら見つからないだろう。 


「しかし、それが本当なら――この国ラバロンソは何をやっていたんだ? 世界樹が引っこ抜かれ始めたのだって、昨日今日の話じゃねぇだろう」

「それは――――」


 アルフライラが答えようとした時、不意にバルトロメオの視線が鋭くなる。

 そうして険しい顔で周囲を見回し始めた。


「この臭いは……」


 そして小さく呟く。

 何かあったのだろうか、そうスケットンがそう思った時、見回りに出ていた傭兵の一人が走って戻って来た。


「団長、オルビド平原の方向から、大量のアンデッドがこちらへ向かって来ています」

「!」


 大量の、との言葉に、スケットンとナナシ、フランがぎょっとする。

 バルトロメオはその大きな手でがしがしと頭を掻いて立ち上がった。


「これまた随分と良いタイミング、、、、、、、で仕掛けてきたもんだ。――ベル、全員に戦闘になると伝えてくれ」

「ええ、了解」


 バルトロメオの指示にベルガモットは頷き、胸元のペンダントに手を当てた。

 するとふわり、と魔法の反応が起こる。

 “伝令ヘルメス”の魔法だ。一定範囲のマーキングした対象に、言葉を伝える魔法である。

 効果範囲は広くはないが、戦場などで指示を飛ばす時には便利な魔法である。


「オルビド平原のアンデッドは大半を倒したはずですが……」

「ああ、オルビド平原のアンデッドだったら、、、、な」

「その言い方だと、そいつらはシャフリヤールの差し金ってことか?」

「うむ、正解じゃ。良く出来たの!」


 アルフライラはまるで小さい子にでも接するようにスケットンを褒めて、ゆっくりと立ち上がる。

 それから軽く首を鳴らすと、


「……ふむ、さきほどナナシから貰った魔力で、多少調子が戻って来た」


 などと言いながら不敵に笑った。


「貰ったというより、吸われたのですが」

「んー? そうだったかのー? まぁ似たようなものじゃしー」


 全然違うのだが、アルフライラは悪びれた風でもなくそう言うので、ナナシは苦笑する。


「吸われたって、お前、魔力は今どんなもんよ」

「バルトロメオさんの顔面に炎帝の矢イグニスを一発ぶつけられるくらいしか残っていません」

「ほぼゼロじゃねーか」

「っていうか、嬢ちゃんまたぶつける気だったのか……」


 あっけらかんと言うナナシにバルトロメオは顔を引き攣らせる。

 平常運転だな、とスケットンは思った。どうやら先ほどまでの動揺は落ち着いたらしい。魔力が少ない事を除けば良い事である。


「というわけでほぼスッカラカンです」

「お前何だかんだで魔力スッカラカンになる事多いよな。まぁ俺様一人いれば問題ねぇからいいけどよ」


 そんな軽口を叩きながらスケットンは立ち上がる。ナナシとフランもそれに続いた。

 スケットンとナナシは警戒はしているものの平静としている。だがフランは強張った顔をしていた。

 アンデッドたちの進行方向にあるのはオルパス村なのだ、その反応は当然のものである。

 

「すみません、僕は村の結界の強化と、住人達に避難指示を出してきます」

「ああ」


 スケットンが頷くと同時にフランは駆け出す。その後ろ姿を横目で見送り、スケットンは魔剣【竜殺し】を抜く。

 それを見てバルトロメオがニヤッと笑う。


「噂の歴代最強勇者サマの戦いっぷりをナマで見られるとは感激だ」

「小指の皮ほども思ってねーだろ」

「いやいや思ってるぜ? 何なら手合せして貰いてぇくらいだ」


 そう言いながらバルトロメオは背負った戦斧を、軽々と片手で持ち上げる。

 スケットンもそれなりだが、バルトロメオはそれ以上の馬鹿力だ。

 すう、とスケットンはナナシの方に視線を向けると、


「お前、良く生きてたな」

「逃げている間は生きた心地はしませんでしたけれど……――――ッ左から魔力反応!」


 ナナシが答えかけた時、何かを察知したのだろう。 

 バッと左の方を向き短くそう叫ぶ。

 彼女の声にスケットンやバルトロメオたちは即座に反応した。


 その直後、奥の方から青く輝く無数の水の刃、、、、、、、、、、チャクラムのように弧を描いて飛び、スケットン達に襲い掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る