第82話「そなたら、もうちょっと驚いてくれんかの」
魔王の四天王の一人、アルフライラ。
幻惑の貴婦人という二つ名を持つ彼女はその名の通り、相手を惑わす事に長けた魔法使いだ。
スケットンは彼女を直接見た事はないが、妖艶な美女である、という噂は聞いていた。
なのだが、目の前の少女はちっともそう見えなかった。
(妖艶っていうか、幼女だよなぁ)
将来的には有望そうだが、今の所、彼女に妖艶さは欠片もない。
などとスケットンは失礼な感想を抱いていた。
「四天王……」
「どうじゃ、驚いたか!」
ふふん、と胸を張るアルフライラにスケットンは半眼になる。
驚いた――というよりも噂と違う部分が気になったくらいだ。
スケットンは呆れ顔でアルフライラを指差して、隣のナナシに話しかける。
「オイ、四人の内、もう二人目だぞ。遭遇確率高ぇなぁ」
「それはほら、類は友を呼ぶ的なアレではないでしょうか」
ナナシの言葉に「誰の友だよ」とスケットンはツッコミを入れる。
するとナナシやフランが目でスケットンを示してくる。スケットンは不本意そうに「ケッ」と吐き捨てた。
「…………。そなたら、もうちょっと驚いてくれんかの。気合を入れて挨拶をした妾が浮いてしまうではないか」
全く驚く素振りのないスケットンたちに、アルフライラはつまらなそうに口を尖らせた。肩すかしも良い所だったのだろう。
スケットンは「フン」と鼻で笑った。
「驚きが連続すると感覚が麻痺するんだよ。配分を考えろ、配分を」
「しかも駄目出し!?」
スケットンが駄目出しすると、アルフライラは芝居がかった仕草でその場に倒れ込む。
そうしてそのまま、地面に指で文字を描きはじめた。
円に似た「の」という文字だ。伝説によれば闇の神ヴェリタスが落ち込んだ時に、精神を落ち着かせるためによくそうしていたらしい。
実際にそれで精神が落ち着くかは定かではないが、気を紛らわすには良いので人々は真似をして「の」の字を描いていた。
「うう……若人が冷たい……」
アルフライラはチラチラとスケットンの方を見ながらそんな事を呟いている。
わざとらし過ぎて、スケットンは額を押さえた。
そうして面倒くさくなったので、
「まぁそれはそれとして」
と、バッサリ切り捨てた。
アルフライラはショックを受けた顔をしたが、バルトロメオたちもフォローしてくれないので、諦めてしぶしぶ座り直す。
「何じゃ、もう、揃いも揃って。ちっとも年寄りを大事にしてくれん……」
「あー、いやアルって年寄って見た目じゃねぇからなぁ」
「そうか! 妾がピッチピチという事じゃの!」
バルトロメオの言葉にアルフライラは機嫌を良くしたのか、パッと表情が明るくなる。
切り替えが早ぇとスケットンは思った。
「つーか、お前がアルフライラってんなら、何でそんなちまい姿になってんだよ」
「む? それはのう、妾は核を半分近く奪われておっての、体を保つための魔力が足りなくなってしまったのじゃ。今は残った魔力に見合うように器を縮めておる」
「ゴーレムってそんな事が出来るんですか?」
「ふっふーん、妾は魔王様の特別製じゃからの!」
そう言ったアルフライラの表情は、自慢したい気持ちが溢れていた。
魔王の特別製という事は、彼女は魔王によって作られたゴーレムなのだろう。
魔王って奴は何でも出来るんだな、とスケットンが思っていると、
「是非お会いしてみたかった……」
などと、フランが呟く声が聞こえた。フランは興味津々という眼差しでアルフライラを見つめている。
錬金術をかじっているから――という部分を知らなければ、明らかに危ない人である。
スケットンはスッと視線を元に戻した。
「その核がナナシの中にあるんだっけか」
「らしいですね。今一つ実感はありませんが」
スケットンの言葉に、ナナシは自分の胸に手を当てた。
若干複雑そうな表情をしている所から見ると、やはりまだ、知った事実に対して感情が追いついていないのだろう。
「そうなると、ナナシを作ったのも、俺をアンデッドにしたのも、アルフライラの核を奪ったのも同一人物って事になるか」
スケットンは腕を組む。
三人に共通する人物、そしてそれに付随する諸々を合わせて考えると、一連の事件の重要人物として浮かんで来るのは一人だ。
「つまり――――黒幕はシャフリヤールってことか」
「ほう、勘付いておったか」
スケットンの言葉にアルフライラは感心したように目を瞬く。スケットンは腕を組んだまま肩をすくめてみせた。
「可能性の消去法さ。シェヘラザードを除外して残った魔法使いで、片方がわざわざ出向いてネタバラシしてくれたんなら、残りは一人だ」
シェヘラザードが敵である――という可能性はもちろん考えられるだろう。トビアスをアンデッドにしたのもシェヘラザードなのだ。
だがそうであっても、スケットンは「ないだろうな」と思っている。
理由としては、彼女の性格から考えて違うだろうというのと、そもそも十年近く封印石に封じられていたので、その間に暗躍が出来る要素がないのだ。
ゆえに、シェヘラザードはシロである、とスケットンは判断した。
「シェヘラザードの事をずいぶんと信用しておるのだな」
「友達ですからね!」
スケットンが何か言うよりも早く、ナナシがそう答えた。
やはり、よほど友達認定が嬉しかったのだろう。にこにこ笑うナナシにスケットンは苦笑した。
「……友達か」
アルフライラはぽつりと呟き、どこか懐かしそうなに目を細めた。
「魔王によう似せて作られておるのに、シェヘラザードは気づかなんだのだな。……やはりあやつは、魔王様の一番の友じゃ」
アルフライラの言葉にスケットンは少し首を傾げた。
そう言えば、ナナシは魔王を模して造ってあると言っていた。そうであるならば、容姿が魔王そっくりなのも頷ける。
しかしシェヘラザードはナナシが魔王と似ている、とは気付かなかった。
どこかで会った事があるか、とは聞いていたが、それだけだ。
「どういう事だ?」
「……死者はな、本来は蘇るのではなく、輪廻の輪に戻るものだ。アンデッドとして蘇る事はあっても、そうでなければ留まる事はない。どれどほ見た目が同じでも魂も中身も違う。シェヘラザードは生まれながらの魔法使いじゃ、それが良く分かっておったのじゃろう」
魔法使いは魔力に敏感だ。そして魔力は魂に影響を与えるものである。
魔力をずっと身近に感じていたシェヘラザードだからこそ、ナナシと魔王が別人である、という事が目ではなく心で分かっていたのだろう。
(意外とすげぇんだな、あいつ。そうは見えねぇけどよ)
スケットンがシェヘラザードへの評価を上昇させていると、同時に疑問も感じた。
それならば魔法使いでもあり、
「ならよ、シャフリヤールは何故、
「……どうしようもないくらい、馬鹿だからじゃ」
アルフライラは目を伏せて言う。
罵倒するような声色ではない。その表情には、ただただ憐みの色が浮かんでいた。
「あやつはずっと、魔王様を想うておった。親愛、恋愛、友愛、その種類は妾には分からぬ。じゃが、あやつにとって魔王様は何よりも大事な存在であったのだ」
アルフライラは胸の辺り――服越しに彼女自身の核を掴む。
「恋しい、愛しい、苦しい、悲しい、憎い――――負の感情ほど、それは深く、忘れられぬほどに楔を打つ。せめて他への愛がひとつもあれば良かっただろう、だが、あやつにはそれはない。愚直なまでに魔王様ただ一人を慕っておった」
アルフライラは顔を上げ、ナナシを見る。その目はナナシ越しに、別の誰かを見つめていた。
「魔王様が死んで、あやつに残ったのは勇者への憎しみと、魔王様への執着じゃ。死を認めたくない、死を認められない。魔王様の命を奪った勇者が――人間が許せない。だからあやつは魔王様を蘇らせようとしている。最低の方法で、魔王様を取り戻そうとしているのだ」
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