第81話「そこはほら、マナーっつーか、形式上って奴だよ」


 あのあと、スケットンたちはバルトロメオから「休戦」を申し込まれた。

 何を今さらという話だが、その時にはバルトロメオたちに敵意はなくなっていたし、スケットンにも思う所があったので、それを受け入れる事にしたのだ。


 そんな彼らがいる場所は、先ほどと変わらない。違うのは周囲の様子だ。

 まばらに落ちたスリジエの花弁の上で、バルトロメオやアルと向かい合っているスケットンたちの周りには、彼らの荷物を積んだ馬車が移動してきていた。繋がれているのは随分と立派な馬で、どちらかと言うと軍馬のようにも見える。馬車の荷台には蔦を纏った戦斧の絵が描かれているが、彼らの紋章なのだろう。

 バルトロメオたち傭兵はすでに着ていた騎士の鎧を脱いで、その紋章のついた鎧や装いに着替えていた。


「いやーしかし、熱烈な告白だったなぁー」

「はぁ? どこがだよ、耳遠いじゃねぇの」

「照れるな照れるな」


 ニヤニヤと笑うバルトロメオは茶化すように言いながら、部下の女性に頼んでスケットンたちの前に紅茶を出させていた。

 高価そうなティーカップに入ったワイン色の紅茶からは、ほどよく甘く、品のある香りが漂ってくる。いわゆる『高貴さ』とでも言うのだろうか。傭兵という荒々しいイメージから考えると、どうにもチグハグなものである。

 まぁ、フランが言っていた有名な、、、バルトロメオ傭兵団であれば、それなりの身分の客も来るのだろうから、全くおかしい、というわけではないのだが。


 さて、そんな紅茶だが、スケットンたち三人は誰一人として手を付けようとはしなかった。


「飲まねぇの? 毒は入ってねーぞ?」


 それを見て、バルトロメオは首を傾げながら、自分の前に置かれた紅茶を飲む。

 どの口が、という奴である。さすがに今まで敵対していた相手が出したものを口にするほど、スケットンたちは楽観的ではない。


 そもそもスケットンは飲めない。ナナシが考案した方法を取れば別だが、ナナシも魔力が厳しい様子だし、彼らの前でする必要もないだろう。

 もっと言えば、毒が入っていようがいまいが、そんな気分ではないというのが正直なところであった。


「毒のあるなしじゃねぇっつの」

「食べられる時に食べとかねーと、踏ん張りがきかねーぞ」

「紅茶だけじゃねぇか。茶菓子でも出してから言えよ」

「茶菓子出せっつたって、お前、食えねーじゃん」

「うっせ。分かってんなら俺の前に出すんじゃねぇわ」

「そこはほら、マナーっつーか、形式上って奴だよ」


 悪びれなく言うバルトロメオにスケットンは呆れ顔になった。

 親しげというか、馴れ馴れしいというか、仕事の時とそうでない時の切り替えがはっきりした男である。

 仕事の事を引き摺られるよりはマシかもしれないが、被害にあったのは主にスケットンたちの側だ。いまいちやりにくい相手だと、スケットンは大きく息を吐いた。 


「それにしてもよぉ」

「ああん?」

「おたくら、よく休戦なんて受け入れたなー。自分で言っておいて何だけどよ、今代勇者サマを殺す所だったんだぜ?」


 世間話をするような流れで物騒な事を言うバルトロメオに、スケットンは「ケッ」と悪態を吐く。


「良く言うぜ。最初から殺すつもりなんかなかったクセによ」

「え?」


 スケットンの言葉に、ナナシとフランがきょとんとした顔つきになった。

 予想外だったようで、二人は目を丸くしてスケットンを見る。


「そうなんですか?」

「わざとらしく足跡が残ってたんだよ。あれだけはっきりと“追って来い”何て言ってんのに、それをムダにする事はしねーだろ」

「ハハハ、バレたか。……まー、でも、骨の勇者サンが割り込んでがこなきゃどうだったかねぇ……って、アイタァ!?」


 脅すように言うバルトロメオの頭から、景気の良い音が鳴り響く。先ほど紅茶を出してくれた女性が勢いよく叩いたのだ。

 バルトロメオは頭を抑え、呻く。


「ってぇ~~……おいコラ何すんだよ、ベルガモット」

「団長が真面目に話をしないからでしょう。あなたたち、ごめんなさいね」


 ベルガモットと呼ばれた女性は眼鏡を押し上げ、冷たい目でバルトロメオを一瞥する。それからスケットンたちに向かって謝った。

 歳は二十代後半か、三十代前半くらいだろうか。長い黒髪とすらりとした体躯の知的そうな美人だ。ほっそりとした腰には、見てくれは華奢な意匠のレイピアが下げられている。バルトロメオを団長と呼ぶ事から、彼女も傭兵の一人なのだろう。


「でも、そうね。アルから依頼があればやっていた、という所は本当よ」


 ベルガモットはそう言うと、バルトロメオの隣に座るアルを見た。

 集まった視線にアルも「うむ、そうじゃの」と頷く。

 バルトロメオの衣装が強くて忘れていたが、そう言えばいたな、とスケットンは思った。


「お前は?」

「む? ああ、そう言えば、そなたには挨拶をしておらんかったな。妾が彼らの依頼主じゃよ」

「依頼主ぃ? こんなガキがか?」


 アルの言葉に、スケットンとフランは目を丸くする。ナナシは先に話を聞いていたので、特に新しい驚きはなかった。

 二人の反応に満足したのか、アルはにこーと笑うと、 


「まぁ、物事は見たままではないからの。のう、スケットン?」


 と言った。やけに大人びた言い回しである。

 変なガキだな、と思ったスケットンは、ふと、最後の名前の呼び方に少し引っ掛かりを覚えた。

 自分の名を呼ぶアルの声色を、どこかで聞いた事があるような気がしたのだ。


 だがそれがどこだったかは思い出せない。

 この少女とスケットンは会った事はないはずなのだが、変な感じだ。

 モヤモヤした感覚にスケットンは訝しげに目を細めるが、アルは気が付かず、そのままナナシの方を向く。そして気まずそうな顔で彼女を見上げた。


「……試すような真似をして、すまんかったの。そなたがどこまで魔王と混ざっておるか、見ただけでは判別がつかなかったのだ。……妾も他人の事を言うておれるような立場ではないな」


 そう言いながら、アルはナナシに向かって躊躇いがちに、その小さな手を伸ばす。

 ナナシは少し首を傾げたが、避けたりはしなかった。

 アルは目を瞬くと、申し訳なさそうに微笑んで、その手でナナシの頬にそっと触れる。


「妾を造ったのは魔王でな。そなたと『魂』が違うておる事は分かっておったが……もしかしたら、と思ってしまっての」


 アルは申し訳なさそうにそう言った。

 魔王様、と呼んだアルの声には、大事な人を想う気持ちが籠っているようにスケットンには感じられた。

 ナナシも同じように思ったのか、少し表情を緩め、柔らかく首を振る。


「いえ。……その、分かりましたか?」

「ああ。そなたは、そなたじゃ。魔王様ではなかったよ」

「そうでしたか」


 断言するアルの言葉に、ナナシはホッとした顔で微笑み、スケットンに目を向ける。

 先ほどまでの不安そうな顔は、そこにはなかった。

 その事にスケットンも少し安堵していると、ふと、ある言葉がサラッと流れかけた事に気が付いた。


「……いや、待て。お前今、魔王が造ったって言ったか? つーことは、お前もホムンクルスなのかよ?」

「いいや? 妾はゴーレムじゃよ」


 アルは首を横に振った。

 ゴーレムと聞いて、真っ先に浮かんで来たのは「見えねぇ」という感想だった。

 スケットンの中のゴーレム像と言えば、箱のような形のものを組み合わせた巨大な人形だ。アルのように人間に近く、また人格や感情を持っているゴーレムなど見た事も、聞いた事もなかった。


「マジかよ。俺、こんなイキイキとした人間っぽいゴーレム初めて見たぞ」

「僕もです。何でしょう、こう……ピチピチなゴーレムという感じでしょうか!」


 今まで黙って話を聞いていたフランが急に食いついた。

 ホムンクルスもそうだが、錬金術をかじっていただけに、フランには気になる話題なのだろう。

 もっとも、フランの勢いにぎょっとするスケットンは、彼が錬金術を使うという事は知らないが。


「ピチピチなゴーレムって何」

「鮮度的な意味でしょうか」

「ベルンシュタインのババアじゃねぇんだぞ」


 ナナシから返って来た答えに、ベルンシュタインのカトラの事を思い出して、スケットンは半眼になる。

 ピチピチな鮮度のゴーレムなんて言葉にすると、まるで魚のようだなとスケットンは思った。

 まぁ造りたて、という意味ならば、間違いではないだろうが。


「ほう、ピチピチか、良い表現じゃのう! 若く見られるのならば、まだまだ妾も捨てた物ではないな!」


 スケットンたちのやり取りを聞いていたアルは、キラキラと目を輝かせ、声を弾ませた。


「まだまだって、お前、魔王に造られて何年なんだよ」

「んー? 五十年ちょっとかのー?」

「俺より年上じゃねーか!」


 予想以上に年上であった。むしろこの場で一番の年長者である。

 衝撃の事実にスケットンたちはおろか、バルトロメオたちまでぎょっと驚いていた。年齢までは知らなかったようである。

 年上、などと言われたアルだったが、特に気を害した風でもなく、


「うむうむ、年上じゃ。敬うが良いぞ!」

「誰が敬うか、このババァ」 

「いきなり酷いな!?」


 だがババァ呼びだけは不満だったようで、わざとらしく口を尖らせた。

 あざとい動作に、スケットンが嫌そうな顔になる。


「……魔王の造ったゴーレムが、一体何の用なんだよ。ナナシにあんな話をするためだけに呼び出したんじゃねーんだろ」

「ああ、そなたの言う通りじゃ。だがその前に、改めて自己紹介をしておこうか」


 アルはそう言うと、ひょいと立ち上がって、ワンピースの裾を手でつまみ、軽く持ち上げた。

 淑女がするような挨拶カーテシーだ。


「妾の名はアルフライラ。魔王様の四天王の一人じゃよ」


 そして彼女は、年相応とはとても思えないほど妖艶にスケットンたちに微笑んだ。

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