第78話「僕も昔、妻に言って酷い目に合いました」


 オルパス村をぐるりと囲む木製の門は、先日の魔剣の炎で幾分焦げている。

 スケットンはその門をくぐって外へ出ると、フランの案内でナナシと別れた場所へと向かった。

 村長宅を出る際に、ダイクの事はフランの妻であるリアムに頼んで来たし、ルーベンスたちにも声を掛けて来た。ダムデュラクは魔剣【魂食い】を見に行くとじっさまの所へ向かっている。

 ひとまず要所に信用出来るであろう人物がぽつぽつと滞在しているので、ひとまず村の方は大丈夫だろう。


「こっちです」


 走るフランを追いかけて、スケットンは森を進む。昼も大分過ぎた森の木々には春らしく薄桃色の花が咲いていた。

 あの花はスリジエだ。スケットンがナナシと出会って直ぐの、洞窟の外に咲き誇っていた小さな花。

 その花が風に吹かれ、はらり、と一枚落ちてきた。それだけでスケットンの心が何故かざわついた。焦燥感のように、もやもやとした何か。

 何だこれはとスケットンは思った。

 その「何か」のもどかしさに背中を押されながら、スケットンは走る。そうして数分してフランが足を止めた。


「ナナシさんと別れたのはこの辺りでした」


 そう言われスケットンは周囲を見回す。

 遠くの方にバリケードのように組まれた木の根が見えた。あきらかに人為的に出来たバリケードに、スケットンはナナシの魔法を思い出した。

 世界樹の所でも使っていた“樹木の踊り手ドライアード”という、木の根を操る魔法だろう。

 器用な使い方をするもんだと思って見ていると、それが一か所、力づくで切り開いたように折れている事に気が付いた。

 ナナシではまずないだろうし、フランも所持していた木製の槍では無理だろう。ならば誰かと考えて、スケットンは村長宅を訪れた騎士の姿を思い出す。


(ずいぶんと馬鹿力な奴がいたもんだ。遠回しな事しやがって)


 スケットンは心の中で悪態を吐く。

 窓からちらりと見た騎士は手練れだろうとは思ったが、まさか騎士のフリをした傭兵だとは。それだけ準備しての行動だ、行き当たりばったりのそれではない。

 いつから計画が練られていたのか分からないが厄介な話であった。


「フラン。念のため確認しておくが、そいつらに見覚えは? 以前村に来ていた――なんて事はないか?」

「いえ、それはないと思います。村長の僕が言うのも何ですが、オルパス村は彼らにとってうま味、、、の少ない村ですから」


 オルパス村は王都から離れている上に、向かうためにはオルビド平原を通らなくてはならない。

 昔のオルビド平原ならば大した魔物は出なかったので通過する事に問題はなかった。だがその頃のオルパス村は平穏で、ドラゴンゾンビと化す前のじっさまが守っていたので傭兵を必要とする事はなかったし、何より傭兵もやっては来なかった。食料諸々を使いながら行ったところで仕事がないのだ、行く理由が無い。


 ならば今はどうかと言うと、オルビド平原はアンデッドだらけで、その中には過酷な生存競争を勝ち残った危険な魔物も潜んでいる。そんな中を通れば命の危険に晒されるし、かと言って遠回りすれば時間もかかる。仕事がないかと探しに行きたい、と言うのならば別だが、そうでなければ呼ばれてもいないのに行く意味が無いのだ。

 つまり、うま味がない。フランの言っているのはそういう事である。


「傭兵はバルトロメオと名乗っていました。……あれ、でも、ちょっと待ってください。傭兵でバルトロメオなら、どこかで聞き覚えが……」


 フランはこめかみに中指をあて、トントンと軽く叩く。記憶の引き出しを探っているようだ。

 それから少しして、フランはハッと顔を上げた。


「……そうだ傭兵なら……」

「思い当たる節が?」

「ええ。本人かは分かりませんが、オルビド平原の戦いで名を上げた傭兵団の団長が、そんな名前だった気がします」


 オルビド平原の戦いは、最も大きく長く続いた消耗戦であったと、スケットンはナナシから聞いている。

 この国ラヴァロンソ史上最大で最長の消耗戦。最後には敵味方の区別すらつかなくなっていたというほどに酷い戦いであったそうだ。

 そこで名を上げると言うのならば、実力面はもちろんだが精神面も相当の強靭さも伺える。並みの神経ではない。


「オルビド平原の、か……。だがそいつらがナナシを狙う理由が分からねぇな」

「依頼主の意向でと言っていたと思います。先にナナシさんと誰かを接触させたくないみたいでした」

「先に? ……あいつ、誰かと会う予定でもあったのか? そんな様子はなかったが」


 ナナシが連絡を取って待っていたのは騎士団だ。

 それ以外で誰かと会う約束をしているのをスケットンは見たことがない。スケットンが知らないだけかもしれないが、ナナシは何も言わなかった。

 スケットンが考えていると、フランが軽く頷く。


「ナナシさんも思い当たる節はなさそうでしたよ」

「そうか。……何か目に見えねぇ所で色々ごちゃごちゃにされていて気分悪ぃなぁ」


 利用されるのが大嫌いなスケットンである。だからそれに近い事をされるのは、面白くないし腹が立つ。

 口も態度も素行も悪いが、何だかんだでスケットンは向かって来る相手は真正面から迎え撃つタイプで、裏でこそこそ何かをするという事は――不意打ち程度はするが――無い。

 正々堂々であるとは言わないし、本人もそんな事はこれっぽっちも思っていないが、結果的にはそうなっている。

 だから――と言う訳ではないが。手のひらの上で踊らされているような不快感にスケットンは空洞の目を細めた。


「…………ん?」


 そうして何気なく見ろした地面に、スケットンは首を傾げる。

 ごく一部の土が重い物でも乗っていたかのように少し凹んでいるのだ。その周りには複数人の靴跡が残っている。

 少し凹んだ土の周りには、複数人の足跡が残っている。微妙に違う大きさから判断するに、ナナシ以外で三、四人。恐らくはもっと多いだろうとスケットンは考える。


「フラン。ここの地面は何で凹んでいるんだ?」

「あ。ナナシさんがいたのは、確かその辺りだったような……」

「ナナシの体重どうなってんだ」

「スケットンさん、それ本人に言ったらダメですよ。女の子なんですから」


 フランの声に若干呆れの色が混じった。

 体重や体格の話題はデリケートな問題であるため、女性に対してするのは禁忌タブー

 そんな事を含ませたフランの言葉に、スケットンは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。


「僕も昔、妻に言って酷い目に合いました」


 言ったのかよ。

 遠い目をするフランに、スケットンは心の中でツッコミを入れた。


「まぁそれはそれとして。僕たちが逃げている最中に、目の前に子供が飛び出して来たんです。六、七歳だったかな、まるで助けを求めるような様子で。それでナナシさんが助けたのですが、どうたらその子は傭兵の仲間だったみたいで」

「あー。やるだろうなぁ……」


 助けを求められたら助けるのが勇者だと断言するナナシだ。例えフリでも助けを求められればナナシは助けるだろう。

 相手はナナシの性格を良く知っているようだ。


「で? そのガキを助けて、何で地面が凹むんだよ?」

「いえ、その……小さくて細い子供だったんですが、見た目と違ってかなり重かったみたいで。抱き上げようとしたナナシさんが動けなくなっていたんです」

「はあ?」


 何だそりゃ、とスケットンは空洞の目を瞬く。

 体重というものは例外はあるが、基本的には見た目とそれなりに比例している。魔法使いのナナシに腕力がそれほどなかったとしても、彼女はひ弱ではない。幼い子供の一人くらいは持ち上げる事は可能だろう。

 だがそれが出来ず、かつ地面が凹むほどに子供が重いとなると、話しは変わって来る。


「……そいつ本当に子供だったのか? もしくは服の中に重石をつけてたってわけじゃねぇよな?」

「それはないと思います。普通に動いていましたし……もし重石をつけた状態であんなに軽々動いていたら、それはそれで怖ですね」

「ああ……」


 それは何となく分かるな、とスケットンは思った。


「でも本当に見た目は普通の子供だったんです」

「見た目なぁ……」


 ガシガシとスケットンは骨の頭をかいた。

 見た目は子供だった、と言うと、本当に容姿は幼い子供のそれだったのだろう。

 だが重量を考えると本当に子供であるのか、また人間であるのか疑問が残る。

 重さを変えられる、もしくは見た目以上に重いとなると、何かが詰まっているか、魔法でどうこうしたかくらいしかスケットンには思い当たらない。

 ブチスラのようにスライム種ならば、中に取り込んだものが消化されるまではその分重さは増すだろうし、魔法であればオルパス村の双子の魔法使いがしたように、上から圧をかけるタイプの結界魔法を応用すれば出来なくもないだろう。


「まぁ、ガキの事は後だ。それよりもまずナナシの方だな」


 考えても分からない事はいったん棚上げして、スケットンは足下に残る靴跡を見下ろした。

 靴の先が進む方向を目で追っていくと、どうやらバリケードが出来ではない別方向へ向かったようである。

 妙にはっきりと残された靴跡だ。スケットンにはそれが敢えて、、、残されているように見えた。

 誘われているのだ。それはフランにも分かったようで、


「スケットンさん。これ、どう見ても罠ですよね?」

「罠だろうな。追跡されたくねぇなら隠すだろうしよ。……まぁ、ご丁寧に居場所を教えてくれるってんだ。それなら、乗らせて貰おうじゃねぇの」

「罠だと分かっていて行くんですか?」

「他に手がかりねーしよ」


 そう言うと、スケットンは靴跡を追って歩き出す。手は魔剣の柄に伸びていて、いつでも抜けるようになっている。

 スケットンが歩き出すと、その後ろにフランも着いて来た。スケットンは顔だけ向け、フランに言う。


「案内はここまでで十分だ。村に戻っても良いんだぜ」

「いえ」


 けれどフランは首を振る。


「先ほどは油断していましたが、今度はそうはなりません。準備して来ました」


 そう言って、フランは村長宅で羽織ったらしきコートの内側を見せた。

 そこには色とりどりの液体が入った試験管がずらりと装備されている。色からは判別がつかないが、やばい奴だ、とはスケットンにも分かった。


「助けて貰ったままでは僕の気が済みません。妻にも叱られます。足手まといにはなりませんので」

「分かった」


 力強く言うフランに頷くと、スケットンは歩みを早める。




 それからスケットンがナナシたちを見つけたのは、間もなくの事であった。

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