第77話「何か、聞いたらマズイ系の話を聞いちまった気がする……」


「人間じゃない? なら、あいつは何だって言うんだ。魔族かよ?」


 ナナシが人間ではないと言ったダムデュラク。その言葉に、スケットンは少なからず驚いていた。

 ナナシの見た目は生前の自分と同じく人間であったので、スケットンは何も聞かずともそうだと思っていたからだ。


 見た目が人間と一緒で種族は違う、なんてものは、この世界にはたまにいる。

 混血ハーフなどもそうだ。獣人やエルフなど、身体的な特徴がはっきりとした種族ならば分かるが、人間とほぼ同じ見た目の魔族だったり、ドワーフなどは、身長が高いか低いか程度の違いしかない。なので自分から言われなければ、分からない場合もあった。

 だが、ナナシはそうではないとダムデュラクは首を振る。


「いいや、魔族でもないな。彼女の体は、魔力回路の構造が人間とも魔族とも――普通の生き物と違う」


 ダムデュラクは腕を組み、そう話す。『魔力回路』という聞き慣れない単語に、スケットンは少し首を傾げた。


「魔力回路?」

「血管のようなものだ。生き物の体に血が通っている道があるのと同じく、魔力にもそれが通う道がある。もっとも、目には見えないがな。魔法使いにもはっきりとは分からないだろうよ」


 魔法使い、と聞いてスケットンの頭にナナシとシェヘラザードの姿が浮かんだ。

 ナナシはともかくとして、シェヘラザードはナナシを見ても何も言わなかった。反応をしたのはスケットンが持つ不死者の杖イービルワンドにだけだ。

 ダムデュラクの言う通り、魔力回路というものが、魔法使いにもはっきりと分からないというのは本当の事なのだろう。


「なら何でお前にゃ分かるんだ」

「聖剣や魔剣を作る際に、必要な技能スキルだからだ。むしろ、魔力回路の判別が出来ないならば、聖剣や魔剣は作れない。見えない状態で作っても、魔力回路がぐちゃぐちゃになって、制御が出来なくなるからな。……ナナシのその魔力回路は、聖剣や魔剣の魔力回路に作ったものに酷似している。あれは、自然なものではない」


 断言するダムデュラクに、スケットンはぎょっとした。

 ナナシの『魔力回路』というものは、聖剣や魔剣に酷似ているという、その言葉が示す意味を、理解出来なかったのだ。

 否、理解は出来たかもしれない。ただ――納得が出来なかった。聖剣や魔剣と酷似していて、自然なものではない魔力回路を持つナナシ。

 それがどういう事なのか、言葉だけならスケットンのも分かる。だが納得わかる事はできなかった。

 スケットンは混乱する頭で、右手を軽く挙げて「待った」のポーズを取る。


「ちょ、ちょっと待て。話がこんがらがって来た。つまり――何か? ナナシは……魔剣や聖剣みたいに作られたって存在だって言うのかよ?」

「私にはそう見えるがな。まぁ、魔剣や聖剣と違って彼女の体は生身に見える。だから、そうだな、ホムンクルスの方が近いだろう」


 ダムデュラクははっきりとそう言った。

 ホムンクルスとは、錬金術によって生み出される、作られた生命体のことだ。

 スケットンも話には聞いたことはあるし、娯楽小説でも目にしたが、実際に目撃したことはない。その理由は、成功率が極めて低いからだ。

 フラスコの中で生み出された命は、そこからゆっくりと育って行くが、大体はその過程で死ぬ。環境の変化に合わなかったり、病であったり、その理由は多岐に渡る。

 生み出す事自体も難しいが、それ以上に、育てる事はもっと難しい。

 そして、運良く成功したとしても、寿命はそれほど長くない。ホムンクルスを作る際の素材にもよるが、よほどの物を使わない限りは人の見た目をしていても、その寿命は半分も満たないだろう。


(もし、ナナシがホムンクルスだったとしたら)


 あいつは、長く生きられないのではないか。

 そう思った時スケットンは、今まで経験した事のないほどの、ゾッとした感覚に襲われた。


「お前は一緒にいて、少しもおかしいとは思わなかったのか?」

「……じっさまには言われたよ。【レベルドレイン】なんて、広範囲の他人に影響するような体質は、誰かに施された呪いだってな。作られた、なんてのは思いもよらなかったが……ナナシもその話は聞いていた」


 正直スケットンは、おかしいとは思わなかった。そういう体質だとナナシが言って、スケットンの体にも良いように作用したから、特に何とももわなかったのだ。

 ただ、その体質のせいでナナシが孤独であった事は、気にはなっていたが。


「…………そうか。それは、気の毒にな」


 哀れむように言って、ダムデュラクは目を伏せる。

 スケットンの頭に、笑うナナシの顔が浮かぶ。

 ダムデュラクの言った「気の毒に」それは言葉以上に、スケットンの胸に重くのしかかった。


「……そうなると、あいつが記憶喪失だって言っていたのは、違うのか?」

「記憶喪失?」


 伏せていた目を上げて、ダムデュラクは「む」と片方の眉を上げた。それから不可解そうな表情を浮かべる。


「それはいつからだ?」

「王城で、王様に謁見してからだってつってた」

「ホムンクルスだと仮定して。あれだけ育っているからな、本当に記憶喪失だった可能性もあるが……もしかしたら、その時に自我が出来たのかもしれん」


 それなら、とスケットンは思った。

 ああ、それならば。


「もし」

「あん?」

「……もしもあいつが記憶喪失じゃなかったら、今のままが本当のナナシってことか」

「……まぁ、そうなるな」


 ダムデュラクは頷いた。

 記憶喪失でないのなら、今のナナシの性格や考え方が、ナナシの全てという事になる。

 お人好しで、助けを求められたら助け、自分に何の得もないのに生きている。そういうナナシが『ナナシ』なのだ、


(何だよ、あいつ――――最初から良い奴なんじゃねぇか)


 スケットンは左手を自身の骨の顔に当てた。そして少しだけ、苦笑する。

 ナナシのそういう所は、正直、スケットンは少し苦手であった。お人好しで生きるのは、他人に利用されるだけ。そういう風に思っていたからだ。


 だがその「苦手」という感情は「嫌い」というものではない。

 誰かのために生きるナナシは、スケットンの両親の姿と良く似ていた。

 誰かのために生きて、その誰かに嵌められて命を落とした、スケットンの両親。ナナシを見ていると、その事を思い出して、その姿と重なって―――ただただ辛くて、眩しかったのだ。それはきっと、羨ましかったとも言えるのだろう。

 

「何だ、ずいぶんと顔が良くなったじゃないか、骨面の癖に」

「俺様は最初から顔は良いんだよ」


 心外だ、と言わんばかりにスケットンが少し睨んでいると、


「何か、聞いたらマズイ系の話を聞いちまった気がする……」


 と、ダイクが呟いたのが聞こえた。

 スケットンがそちらを向くと、ダイクは左手で左耳を塞いでいる。

 幾ら片側の耳を塞いでいても、もう片側からには何の隔たりもないので、まったくの無駄である。

 スケットンは空洞の目を半眼にして、


「今更遅ぇわ。ついでに片方でバッチリ聞こえてんじゃねーか、諦めろ。あと、聞いた事を勝手に話したら分かってんだろうな」


 と言うと、ダイクは「最悪だ……」なんて項垂れた。


――――その時、村長宅に、勢いよく階段を駆け上がる音が響いた。


「何だ?」


 音に気が付いて、スケットンがドアの方に体を向ける。魔剣の柄に手を当てて警戒心を強めながら、ドアが開くのを待つ。

 程なくして部屋のドアは、体当たりでもするかの勢いで開かれた。


「スケットンさん、いらっしゃいますかッ!」

「フラン?」


 駆けこんで来たのはオルパス村の村長、フランだ。フランは必死の形相を浮かべ、その手に木製の槍が握っている。

 先ほどまでナナシと、騎士と一緒だったはずの村長の異様な様子に、スケットンはぎょっとする。


「おい、どうした?」

「ナナシさんが! ナナシさんが、傭兵に……!」


 村長の言葉に、スケットンはヒュッと息を呑んだ。

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