第76話「まぁって……緊張感ねぇなぁ……」


(とは言ったもの、さてどうしましょうかね)


 周囲を囲む騎士――もとい、傭兵たちを視線で確認しながら、ナナシは考える。

 ナイフに刻んであるのは“炎帝の矢イグニス”の詠唱がひとつ。つまり詠唱破棄が使える魔法はひとつだけである。

 相手が油断をしていたので、一気に武装を解除する事は出来たが、態勢を立て直されれば同じようにはいかないだろう。

 バルトロメオたちの顔が、先ほどまでと違って仕事中の傭兵の顔になっている。


「ナナシさん」

「はいはい」

「これ、まずい奴かと思うんですが」

「そうですねぇ」


 話かけてくるフランに、“炎帝の矢イグニス”で、宙に飛んだ武器たちをジャグリングよろしく回しつつ、呑気にそう返す。

 殺されることはないだろうが、話が出来る程度にボコボコにされる可能性は高いだろう。

 とすると一番手っ取り早いのは、村へのルートを確保しての逃走だ。村に入ればスケットンたちが気付くだろう。

 それに何より、バルトロメオたちは、全員で村を襲撃したりしなかった。彼らの口ぶりからしても、しそうにないというのがナナシの見解だ。

 そうしない理由か、そう出来ない理由のどちらかがあるのだろう。もしかしたら彼らの矜持によるものかもしれない。


 だが、まあ、それはともかくとして。問題はどうやって村まで逃げるかである。

 ナナシとフランは四方八方を傭兵たちに囲まれている。そして村の方向に陣取っているのはバルトロメオだ。

 彼を伸して進むのが一番の近道だが、そう簡単には行かせてもらえないだろう。


「勇者サマよ、威勢が良いのは結構だが、この数相手にどうにか出来ると思ってんのか?」

「はぁ、まぁ、何とかします」

「まぁって……緊張感ねぇなぁ……」


 バルトロメオの挑発を、のらりくらりとナナシはかわす。

 話していればいるほど毒気を抜かれるようで、バルトロメオはガシガシと頭をかいた。

 そして空中で金属音を立てつづける自分の戦斧を指差し、


「つーか、あれ返してくれね?」


 と言った。ナナシはバルトロメオから視線を逸らさずに、


「それはちょっと」


 と首を横に振って断った。対峙する相手の武器をあっさり返すほど、ナナシはお人好しでも楽観的でもない。

 バルトロメオは残念そうにため息を吐くと、


「じゃあ、しょうがねぇ……わな!」


 と、地を蹴ってナナシたちに向かって突進した。

 武器がなくても拳はある。そう言わんばかりに、勢いよく拳で殴りつけた。


「おっと」

「わあ」


 ナナシとフランは左右に分かれてそれを躱す。

 チリ、と拳が風を切った感覚を頬に感じ、ナナシは少し目を細める。


(これは一発でも食らったらアウト)


 もともと肉弾戦はナナシが得意とするところではない。

 数発殴られたところで意識を保てる自信はあるが、バルトロメオの一撃はまずい。

 そう判断して、ナナシはバルトロメオの顔を目がけ足で土を蹴りあげる。バルトロメオは顔に飛んでくる土を振り払おうと少し仰け反った。

 その一瞬を見逃さず、ナナシはフランに、


「前へ!」


 と短く指示を飛ばす。

 フランも咄嗟ではあったが、その声に従って前へ飛び出た。

 それを皮切りに周囲の傭兵たちもナナシたち目がけて雪崩れ込む。

 ナナシたちがその波の合間から飛び出せたのは、僅かな差であった。


「うわ、間一髪……ッ!」


 ちらりと振り返ったフランは思わず呟いた。

 目がけていた目標が消え、傭兵たちが前のめりになる。

 それを目がけて、ナナシは“炎帝の矢イグニス”を解除した。

 すると空中で踊っていた武器たちは、彼らの頭上目がけて落下する。


「いてぇ!」


 幾つもの悲鳴と、鈍い音が響く。

 走りながらナナシも、バルトロメオたちの方をちらりと確認する。

 ナナシの希望としては、少し時間が稼げる方が嬉しかったのだが、さすが傭兵と言ったところだ。

 彼等は直ぐに態勢を立て直していた。


「ハハ、避ける避ける」


 ナナシの視線の先で、バルトロメオは頭をさすりながら立ち上がる。そして自分の得物である戦斧を手に取り、ナナシたちの方を向く。

 目が合った。バルトロメオの顔はどこか楽しげだ。


「二人ついてこい! 他は左右で回り込め!」

「応!」


 バルトロメオはそう指示を飛ばすと、ナナシたちを目がけて走り出した。

 体格の差に加えて、脚力勝負となれば、そう簡単には逃がして貰えない。左右の斜め後ろの方からは、矢まで飛んでくる。矢はナナシたちの下半身、主に足を目がけて射られているようだ。

 機動力を削がれるのは面倒だな、とナナシは思った。


 まぁ何にせよ。厄介な相手である。

 走りながらナナシは直ぐに次の魔法の準備を始めた。詠唱を紡ぐナナシの隣では、フランも走りながら何やら口を動かしている。

 魔力の流れだ。そうナナシが察知した次の瞬間に、フランは近くの木の幹に手で触れた。


「“造形槍グレイブ”!」


 その言葉と同時に、木の幹から槍が一本、生えるように出現する。

 造形魔法――錬金術に分類される類の魔法だ。素材を元に、指定した内容の道具を作り出す魔法である。

 フランは作り出した木の槍を手に取ると、大きく凪いで矢を振り落す。


「錬金術ですか」

「いやあ、才能がなくてこれしか出来ないんですけどね」


 たらりと冷や汗を流しながらフランは答える。これしか、とフランは言うが十分だとナナシは思った。

 それに続いてナナシの魔法も完成する。


「“樹木の踊り手ドライアード”!」


 言葉とともに、ナナシの前方の地中から、太い木の根が何本も飛び出した。

 それらを木と木の間に張り巡らせ、バリケードを形成する。横幅と高さは十分、少しは時間が稼げるだろう。

 

 ―――と思ったのも束の間。


「オラァ!」


 バリケードの向こうから、ボルトロメオの威勢の良い声が聞こえてきたかと思うと、木の根は縦に一気にへし折られた。バルトロメオがその戦斧で力づくで道を開いたのである。

 バリケードに使われた木の根は、それなりの太さを有していた。それをたった一度の斬撃で切り払うなど、相当の馬鹿力である。

 ナナシは「わぁ」と感嘆の呟きを漏らす。バルトロメオはどんなもんだと笑って見せた。

 しかしナナシもその程度では思考を止めたりはしなかった。


「“炎帝の矢イグニス”」


 ナナシはバルトロメオの顔面目がけて、容赦なく炎の矢を放つ。

 詠唱は破棄したものの、呪文スペルは健在。先ほどバルトロメオたちの武器を奪った時以上の威力で、炎の矢は彼に向かっていく。


「うお!?」


 バルトロメオは後ろに仰け反ってそれを躱した。その隙に、ナナシとフランは彼らから距離を稼ぐ。

 走る間も、ナナシは炎の矢を、バルトロメオや傭兵たちの顔や足を目がけて操っていた。


「ナナシさんって、思ったより容赦ないんですね」

「まぁ、勇者ですので」


 フランの言葉に、ナナシはそう返す。

 勇者だから容赦がない、というわけではないが、危険性の高い相手に手加減するようなヘマはナナシにはしないだけである。

 そうして二人はバルトロメオたちに追われながらも走って、走って、やがて村が見えてきた頃。

 二人の顔に喜色が浮かんだその時、彼らの前に何かが飛び出してきた。


「――――!」


 それは一人の幼い少女だった。ふわり、とした淡いベージュ色の髪が特徴の子供である。

 少女はふらふらとナナシたちの前に現れると、ぼんやりと彼女たちに顔を向ける。

 そして何だか泣きそうな顔で、ナナシたちに手を伸ばした。

 助けてと、言っているようなその眼差し。ナナシは自然と体が動いた。


「よいしょ!」


 とりあえず、この場所は危ない。そう思ったナナシは歩みを抑え、少女を抱き抱えた。


――――のだが。


「うわ!?」


 その体が、予想以上に重くて、ナナシは体制を崩す。前のめりになったナナシは、思わず膝を突いた。

 そんな彼女を、少女が両手でがっしりと抱きしめる。


「つーかまーえた! ……なんちゃっての?」


 少女は楽しげにそう言うと、ニヤリ、と口の端を上げた。


(しまった、罠か!)


 ナナシはそう思って少女を引き離そうとしたが、少女の力は強く、びくともしない。

 その上、内の魔力がぐんぐんと、吸い出される感覚を感じた。

 それを見て、フランが駆け寄ろうとした。


「ナナシさん!?」

「先に村へ!」


 だがナナシはそれを制し、フランに村へ行くように促す。

 フランは唇を噛んで思案したが、


「スケットンさん達を呼んできます!」

「はい、よろしくお願いします」


 と言って走って行った。ナナシの意図は伝わったようだ。

 走るフランの背中を見送って、ナナシはふう、と息を吐く。それからちらりと少女を見た。

 少女はにこにこ笑ったまま、


「いやぁ、すまんのー、お嬢ちゃん」


 なんて事をナナシに言った。ナナシからすれば、少女の方が『お嬢ちゃん』なのだが。


「そう思っているなら、放してもらえるとありがたいですね。魔力が減ると、気持ちが悪くなりますので」

「いやぁ、それはできんので、すまんのー。それにしても、ピッチピッチの若い子の魔力はやっぱりええのう」


 まるで酔っぱらいのような事を言いながら、少女は首を横に振った。

 何となくその表現が嫌だな、とナナシが思っていると、そこへバルトロメオら傭兵たちが到着する。

 あちこち焼け焦げたようにボロボロなのは、ナナシの“炎帝の矢イグニス”によるものだろう。


「よう、勇者サマ。ようやく会えたな」

「そうですね、あまりお会いしたくなかったんですけれど。というか、コレ、、は予想外でした」

「ハハハ、そいつは悪かった。それじゃあ、まぁ、あれだ。――――話をしようか?」


 バルトロメオはそう言うと、戦斧を肩に担いで、ニッと笑う。

 ナナシはそれを見上げて、もう一発その顔面に炎の矢をぶっ放してやろうかと思ったが、魔力切れを考慮して止めておいた。

 少女に魔力を吸われてはいる状態だ、せめて一度分くらいの魔力は温存しておきたい。

 そんな事を考えながら、ナナシは小さく息を吐いた。

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