第75話「はぁ、それはご期待に添えず、すみません」
村長宅を訪ねて来た騎士は、バルトロメオと名乗った。
高そうな――もとい、立派な鎧に身を包んだ、がっしりとした体格の男である。背中には、その体格に見合った大きい戦斧を背負っている。年季が感じられるその武器は、彼の得物なのだろう。
外見年齢は四十代前半くらいだろうか、オールバックにした黒色の短髪に三白眼をしている。日に焼けた腕や顔に、幾つもの傷跡があるのが特徴的だった。
歴戦の、という言葉が相応しいのだろうか。だが、そんなバルトロメオの姿に、ナナシは気になるところがあった。
身に着けている鎧に傷がほとんどついていない点である。
もちろん変えたばかり、という事もあるだろう。もしくは鎧に傷をつけさせないほどに強い、という可能性もある。
あとは単純に指示をする立場だから、というのもあるだろうが、そうなると体の傷跡や日焼け具合の説明がつかないので、これは無いだろう、とナナシは思った。
そんなバルトロメオだが、彼はナナシの連絡を受けた国からの指示で、ここへやって来たのだと言う。
目的はサウザンドスター教会の教会騎士と傭兵たちの移送だ。
何故こんな早く到着したのかと言うと、バルトロメオの話では、たまたま任務で錬金の町カッツェンアウゲにいたからだそうだ。
確かにカッツェンアウゲは、
錬金の町カッツェンアウゲの周辺は、サウザンドスター教会によって世界樹が引っこ抜かれ、アンデッドが大量発生しているので、ちょうどその対処をしていたのだそうだ。
それならば辻褄は合うな、とナナシは思った。
――――正確には思っていた。
さて、何故過去形なのかと言うと。
ナナシと村長のフランは、現在進行形でバルトロメオと、彼の仲間たちに囲まれて、武器を突きつけれているからである。
オルパス村から、少し離れた森の中。
仲間たちは外で待機しているんです、というバルトロメオの言葉に、そちらへ向かったナナシとフランだったが、その結果はこれである。
ものの見事に罠であった。
ナナシとフランは両手を挙げ、深くため息を吐く。
「ええ……連日これですか……ちょっと手加減してくれませんかね本当……」
「心中お察しします。まぁ、フランさんは何も悪くないと思いますので、そうお気を落とさず」
がくりと項垂れるフランを、ナナシはそう励ます。
バルトロメオは戦斧を突きつけながら、怖がっていない様子の二人が面白かったのか、豪快に笑う。
「ハハハ。元気なお二人さんだ。ちったぁ怖がってくれねぇと、こっちが道化染みちまうんだが」
「はぁ、それはご期待に添えず、すみません」
悪びれた様子もないナナシに、バルトロメオや、周囲の彼の仲間たちは苦笑する。
答えながらナナシはちらり、と周囲に視線を巡らせた。
バルトロメオの仲間たちは、彼と同じく一応は騎士の鎧を着ている。
だが、やり方的にも、騎士というにはどうにも違和感が拭えない。
(まぁ、何事も例外といものはありますよね)
そんな事を心の中で独り言ちながら、ナナシはバルトロメオに視線を戻す。
「それで、何の御用ですか? 騎士の鎧を用意した上での襲撃とは、また随分手の込んだ事をされているようですが」
「ん? おう、鎧の方は借りもんだ。訂正しとくが、盗んだわけじゃねぇぞ」
「おや、
「ハハハ、良く分かったな」
「ずいぶんと腕の良い職人さんがいらっしゃるようで」
バルトロメオは「だろ?」と笑って鎧を叩く。
「ただの偽物と違って、ちゃんと強度もあるんだ、コレが」
「それを作っても捕まりませんか?」
「捕まるようなヘマはしねぇから平気さ」
それは平気と言うのだろうか、とフランは思った。
「そうなると、あなた方は騎士ではないのですね」
「おう、そうだ。俺らは騎士じゃなくて傭兵」
頷くバルトロメオに、フランが目を瞬く。
「え、まさかあいつらの仲間……」
「それも違うな、あんなせこい事はしねぇよ」
言いかけたフランに「一緒にするな」とバルトロメオは眉をひそめる。
どうやらそう言われるのは不快だったようで、目つきも鋭い。強面の男がそういう表情をすると威圧感を与えるものだな、とナナシは呑気に思った。
「さて」
話題を変えるように、バルトロメオはそう区切った。
それから浮かべていた表情を真面目なそれに戻す。柔和な、とは言い難いが、比較的明るかった表情が、一転して少し怖いものに変わる。
それだけでピリッとした緊張感が周囲に走った。
「それじゃあ、ちょっくら話そうか?」
「話しというには、乱暴すぎやしませんかね」
「悪いね、俺の依頼主の意向でよ。先におたくらと奴らを接触させるわけにゃいかねぇんだ」
「依頼主?」
幾つかの言葉に引っ掛かりを感じて、ナナシは少し目を細める。
バルトロメオの依頼主と、ナナシたちに接触しては困る
どちらもナナシに心当りはないのだが、もしかしたらダムデュラクの言う『魔法使い』に関係があるかもしれない。
ならば、話はするべきだ。
そう判断したが、今の状態だと主導権はバルトロメオたちにある。
それでは聞きたい話が聞けるかどうか、とナナシが思案していると、
「おっと、動くなよ? 魔法の詠唱なんてし出したら、隣の村長さんが痛い目に合うぜ」
「あっやっぱり僕なんですね……」
「おう、あんただ。そっちの嬢ちゃんに話があるんで、悪いな」
虚ろな目をするフランに、バルトロメオはニカッと笑いかけた。
その言葉でナナシの中で結論が出た。
「バルトロメオさんは話をしたいと仰いましたが」
「ああ」
「論外です」
そう言って、ナナシはにこりと笑った。
(こういう感情って、何て言うんでしたっけ)
笑顔を浮かべながら、ナナシはふっとそんな事を考えた。
と、いうよりも、ナナシは今まで感情というもの自体が薄かった。
もちろんナナシだって喜怒哀楽は持っている。記憶がなかったせいでもあるが、いくら持っていても、いつもどこか他人事で、それらはナナシの心をスッと通り抜けていた。
だがスケットンと出会って、感情がちゃんと心に留まるようになった。
自分の心に正直に生きているスケットンを見ていたら、気が付いたらナナシはそうなっていた。
その中で、とりわけスケットンから強く感じるのは『怒り』のそれだ。
スケットンは自分のためにはそれほど怒らない。スケットンが怒っているのは、大体いつも他人のことだ。
ナナシはその事に、出会って少しして気が付いた。
それをスケットンに言えば「違う」と否定されるので黙っているが、ナナシが見て来たスケットンという勇者はそういう人物だった。
ナナシにはそれが眩しくて、羨ましかった。
(ああ、そうか。怒っているのか、私は)
そう思ったら、ストンと腑に落ちた。
自分にもスケットンのような感情があるのだと、場違いながら感動していた。
「話し合う気はない、と」
「そもそもの前提が違うと思いますが」
言いながら、ナナシは小さく息を吸う。
その動作にバルトロメオがぴくりと反応する。
「詠唱の暇を与えると思っているのかい。あんたは詠唱破棄は使えない、調べはついてる」
「おや、それはそれは」
バルトロメオの脅しに対し、ナナシは小さく首を傾げる。
そして。
「――――情報の精度が甘いですね」
そう言い放ったと同時に金属音が響き、バルトロメオたちの武器が勢いよく宙に舞った。
「!?」
突然武器が手から弾かれ、バルトロメオたちがぎょっとした顔になる。
それを涼しい顔で眺めるナナシの周囲には、轟々と燃える炎の矢が動いていた。
ナナシが最も得意とする魔法、”
「馬鹿な、いつ……!?」
驚くバルトロメオたちを尻目に、ナナシは腰から装飾が施されたナイフを抜いた。
それをくるくる手で遊ばせ、その切っ先をバルトロメオに突きつける。
綺麗なだけで何の変哲もないナイフ――に見えたそれに太陽の光があたった時、傷のようなものを浮かび上がらせた。
「詠唱、破棄」
ナイフの刃に薄く刻まれたそれが見えて、バルトロメオは引き攣った笑顔を浮かべる。
「は、ハハ……こいつは驚いた。詠唱破棄は出来ないんじゃなかったのかい、今代勇者様は。しかも
「出来ないのではなくて、しないのですよ」
勇者と呼ばれる以前にナナシは魔法使いだ。だからもちろん詠唱破棄という
なのに何故、今まで使わなかったのか。
それは単純にナナシが、詠唱や
威力が落ちるとか、そんな理由じゃない。ただ単に、詠唱と言う在るべきものをすっ飛ばして魔法を放つという行為が、好きではないのだ。
記憶喪失であるゆえに、在るべきものを無くすというような事柄に、ナナシは人一倍敏感だ。
他人がそれをするのは気にならないけれど、自分でするのは嫌だ。
そういう理由で、ナナシは今まで詠唱破棄なんて使ってこなかった。
だから。
「高くつきますよ?」
切っ先を向けたまま、ナナシは薄く笑って、バルトロメオにそう言った。
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