第74話「そこまで知っていたのに、後生大事に持っていたのか?」
馬の蹄の音自体は、大して珍しくはない。
この国においては馬での移動はポピュラーなものだ。もっとも馬に乗るか、乗合馬車を利用するか、それとも荷馬車かは違うのだが。
だが、村長宅の目の前まで、蹄の音を響かせて馬がやってくるのは、少し気になる。そう思って、スケットンは窓に近づき、外の様子を伺った。
なるべく外から姿が見えないように、カーテンと壁に姿を隠し、スケットンは下を見る。
すると村長宅の外には、鞍に
歳は四十くらいだろうか。位置的に顔がよく見えないが、身に着けている装いからしても、そこそこの階級ではないかとスケットンは予想する。
何故騎士がとは思ったが、恐らくナナシが連絡をしたからだろうと、直ぐに合点は行った。
「騎士だな」
呟いて、スケットンは窓から離れる。あまり見ていると視線で気付かれる恐れがあるからだ。
まぁ、気付かれたところで、どうという事はないとはスケットンも思ったが、生前の癖である。勇者であると同時に素行が大変宜しくないスケットンは、暗殺されかけた事も何度かあるからだ。しみついた癖というものは、一度死んだくらいでどうにかなるものではない。
(――いや、二度目はねーけど)
自分で自分にツッコミを入れながら、ナナシたちの方へ向き直る。
ナナシは顎に手を当てて「ふむ」と呟いていた。
「騎士ですか、思ったよりも到着が早いですね。一週間以上はかかると思っていました」
意外そうに言うナナシに、スケットンは騎士団があちこちの世界樹の騒動で手いっぱいだ、という話を思い出す。
確かに王都に連絡をしてから二日で到着は早過ぎる。早馬でも三日か、四日くらいはかかるはずだ。
たまたま近くに動かせる騎士隊がいた、と言うなら話は別なのだが。
(――狙われるのを予想して張っていた……は、ねぇか)
もし近くにいたのなら、オルパス村や世界樹から火の手があがったり、ナナシたちの魔法を見れば、異変を知って直ぐに駆けつけるだろう。騎士団がそれを敢えて見過ごすとはスケットンには思えなかった。
可能性としたら、二日で到着できる距離にいた、という方がまだ有力だろう。
「ひとまず行ってみます。スケットンさんはどうします?」
ナナシに言われて、スケットンは少し考える。
スケットンがアンデッドである事はオルパス村の住人たちは周知の事実だが、騎士団の方にはまだバラしてはいない。
仮面をつけて降りていけば良いだろうが、下手に怪しまれても面倒だ。ここで少し様子見をしていた方が良いだろうとスケットンは結論付けた。
「いや、俺様は今のところはいい。ダイクの事もあるしよ」
「俺?」
突然話を振られたダイクが目を丸くする。
ダイクからすれば、騎士団が到着したらば連行される側なので、そう言われる事が意外だったようだ。
「【魂食い】だよ【魂食い】。あれを調べてねーだろ」
「それと俺がどういう……いや、関係はあるけどよ」
「ダムデュラクが魔力を調べるつってただろ。もし魔剣を持っていた奴と魔力が同じだったら、そいつの声を聞いた事があるのは
そうスケットンが言うと、ダイクは「ああ」と納得した顔になった。
顔も名前も分からない上に、誰も見たことが無い。唯一の手かがりはダムデュラクの魔力感知だけ――とはなかなか詰んだ状態である。
それが四天王のアルフライラかシャフリヤールだろう、とは予想したが、確定ではないし証拠もない。だがもし同じ人間であったのならば、色々と判って来る事がある、という事だ。
もちろん別人であっても、スケットンたちにとっては世界樹引っこ抜き事件の関係者だ。しかも魔剣まで絡んでいるとなると、放っておく事は出来ない。
声しか分からないのなら、その手かがりであるダイクについて直ぐに処分を下さないように説明するか――最悪、捕まえるまでは隠す必要がある。
(――あと、長時間の移動に耐えられる怪我じゃねぇしなぁ)
ベッドから体を起こすだけでもやっとだ。騎士団が移送するとしても、扱い方によっては途中で死ぬだろう。せめてある程度は体力が戻らないと、まず動かせないだろう。
それを無視して移送する……事はないと思うが、まぁ、保険である。
ナナシもその意図が伝わったようで、ダイクを一度見たあと頷いた。
「では、それとなくぼかしておきますね。すでにバレていたらご勘弁を」
「そこはお前、勇者パワーとかで何とかしろよ」
「勇者パワーとは。……とりあえず、上手く言っておきますね」
「おう、頼む」
「はい。では、少し失礼します」
そう言うと、ナナシはドアを開けて出て行った。
スケットンはそれを見送ると、ドアに近づき、もたれかかる。誰も入って来ないようにと、誰かが来た時の音を察知するためである。
骨の体になってから、今まで以上に音――というか、振動に敏感になった。アンデッドになって良かった――とはスケットンも思わないが、そこだけは便利だった。
そうしていると、少ししてナナシたちが外に出て行く音が聞こえた。
捕まえている教会騎士や傭兵たちの所へ案内するためだろう。
うまくやったなとスケットンが思っていると、ふとダムデュラクが自分を見て首を傾げている事に気が付いた。
「何だよ?」
「いや、お前……何か変なものを持っていないか?」
「は?」
訝しむダムデュラクに、今度はスケットンが首を傾げた。最近、同じ台詞をシェヘラザードに言われたばかりである。
まさかな、と思いながらスケットンは懐から
「これの事か?」
「これは……
「気が付いたら、腹の中に入ってたんだよ」
だんだんとダムデュラクの声に、顔に、険が混ざり始める。
(――何なんだ?)
スケットンがそう思っていると、ダムデュラクは苦い顔のまま、
「これに、奴の魔力がしみついている」
と言った。ダムデュラクが言う
少なからずスケットンは衝撃を受けた。
「……となると、俺様をアンデッドにしたのは、お前の探している奴ってことか」
「お前をアンデッドに? ああ、なるほど、そういう……。そうだな、そうなるだろう」
あの屋敷の
(――まとまってる分、片付けるのは楽だけどよ)
全部がバラバラでは、一つ一つ処理していくのはそれはそれで面倒だ。だから繋がった分、あちこちを考えなくて済むのは良いが。
それでも、厄介事が膨れ上がった気がする、というのがスケットンの正直な感想だった。
しかし。
「つーかよ、これずっと持ってたんだぜ。何で今の今まで気付かなかったんだよ」
そこが疑問であった。魔力なら分かるから、と言っていたにしては、反応が遅すぎる。
本当に大丈夫なのかと言う意味を込めてスケットンが問うと。ダムデュラクは嫌そうに顔を顰めた。
「それはこちらが聞きたい。今まではお前自身の魔力……というか、アンデッドなら魂だな。それが強かったが、今になって急に杖の魔力の気配が強くなったんだ。何なんだお前は、面倒くさい」
「どんな言い草だふさけんな。それに急にって、さっきと今で何が……」
言いかけて、スケットンは気が付いた。
そして窓の方に目を向ける。先ほどと今で違う事、それは。
「――――もしかして、ナナシか?」
「何か思い当たる事でも?」
「……いや、あいつ【レベルドレイン体質】なんだよ。近くにいると、アンデッドみたいなマイナスの連中が強化されるらしい」
「何だ、そのけったいな体質は。まるで呪いじゃないか」
ダムデュラクは腕を組み、不審そうに言う。
ドラゴンゾンビのじっさまも、同じ事を言っていたな、とスケットンは思い出した。
(――もしかして、
スケットンが考えていると、ダムデュラクはぶっきらぼうに手を差し出した。
「それを貸せ」
「ああ、はいよ」
調べるのだろう、と思って、スケットンは何の疑いもなく
すると。
「フン!」
絶妙に漢らしい掛け声で、ダムデュラクは杖をへし折った。
流れるような動作であった。スケットンは思わず反応が遅れたが、気を取り直して、
「オイこらてめぇ、人のモンに何してくれてんの!?」
とツッコミを入れた。
自分のもの――と言うにはいささか疑問は残るが、とりあえず持っていたのでスケットンはそう言った。
別に惜しい、という事はなかったのだが。
捨てろ捨てろと言われて、スケットン自身もそのつもり――だったはずなのだが、相変わらず持っていたので、ある意味手放せて良かったのかもしれない。
「放っておくと厄介な事になるからだ」
「操られるとか、命令の強制力が強くなるって奴だろ」
「そこまで知っていたのに、後生大事に持っていたのか?」
「うるせぇ」
呆れ顔のダムデュラクに向かって、ケッとスケットンは吐き捨てる。
ダムデュラクの言っている事は分かるし、スケットン自身もまずいな、とは思っていたが、やはり何故か捨てられなかった。
というより、杖から意識を逸らすと、その存在を忘れるようになっていた気もした。
知らず知らずの所で、誰かに利用される。そんなうすら寒い感覚に、スケットンは嫌悪感を覚えた。
「……まぁ、杖の事は良い。それで、お前はあと魔剣を確認するんだったな」
「ああ。直ぐに見たい……と言いたいところだが、騎士団がうろついているなら、落ち着くまで様子を見た方が良いか」
「その方が賢明だろうよ」
フン、とスケットンは鼻息を吐く。
魔剣を調べる事自体はどこでも出来るが、騎士団が村に滞在している内は何があるか分からない。
というか、今のように
とにかく本人が納得した上で大人しくしてくれているなら、それに越した事はないだろう。
「ちなみに魔剣はどこにあるんだ?」
「ドラゴンゾンビのじっさまのところだ。魔剣自体は
「なるほど、妥当な場所だ」
ダムデュラクはそう言って頷く。
騒動のあと、魔剣の処分に悩んでいたスケットンたちはドラゴンゾンビのじっさまに相談したのだ。そうした結果、しばらくの間じっさまが保管してくれる事になったのである。
「……それにしても」
「あん?」
「ナナシと言ったか、彼女はそんな体質で大丈夫なのか?」
話をしていると、ふとダムデュラクは窓の外に目を向けてそう聞いた。
まるでナナシを心配しているという様子である。
大丈夫か、大丈夫じゃないかで聞いたら――心情的には、恐らく大丈夫ではないのだろう。
ナナシはその体質のせいで、ずっと独りだった。記憶喪失になる前は知らないが、少なくとも記憶喪失後ならスケットンに合うまでは、ずっと独りで旅をしてたはずだ。
諦めもあったし、そういった言葉を口にする事もなかったが、寂しいと思っていただろう、とスケットンは思う。
(――だって、嬉しそうだったしな)
最初は成り行きで、不本意ながら始まった二人の旅だったが、ナナシは嬉しそうに見えた。自惚れかもしれないが、本当にそう見えたのだ。
だから体質で大丈夫かと言うのなら、きっと大丈夫ではないのだろう、とスケットンは思う。
「……まぁ、平気っつーわけじゃねぇだろうよ」
なのでそう答えると、ダムデュラクは「そうか」と小さく呟いた。
やはり、どこか気遣うような同情するような、そんな感情が言葉に込められている。
(――人間は嫌いじゃないのか?)
どうにも妙だとスケットンは思った。人間嫌いのダムデュラクにしては、人間であるナナシに対して抱く感情にしてはおかしいのだ。
その疑問をスケットンはそのまま口にする。
「人間嫌いのエルフサマが人間の心配するなんて、一体どういう風の吹き回しだ?」
するとダムデュラクは目を丸くして、
「何を言っている? 彼女は人間ではないだろう」
と、不思議そうにそう答えたのだった。
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