第69話「もしかしたら人間ではなかったとか」


「言われてみれば……気配の一つも感じなかったな」


 当時の事を思い出し、スケットンは腕を組む。

 刺された事や、それが原因で死んだ事に意識が向いていて言われるまで気付かなかったが、妙な話である。

 スケットンは刺された瞬間まで、その女性の気配を感じなかった。呼吸も、殺気の欠片も、足音も、何一つだ。


「私はてっきり、一緒に行動していたと思っていたのだが……」


 ルーベンスは少し驚いた様子でそう言った。

 勇者博物館に書かれているように、ダンジョンを冒険中に痴情のもつれで刺されたとあれば、一緒に行動をしていたと考える者の方が多いだろう。

 だが実際は違う。スケットンは誰かと行動を共にする事など、ほぼ無かった。

 スケルトンとして蘇ってからは、止むを得ない状況だったためにナナシと行動を共にし始めたが、何の問題もなければきっと一人で行動していただろう。

 それくらい、スケットンは他人を信用していなかった。


 だからこそ、妙なのだ。

 そのダンジョンは、出没する魔物もさほど強くはない、スケットンにとっては手頃な場所だった。内部もさほど入り組んではおらず、凶悪なトラップなどもないごくごく普通のダンジョンだったのだ。

 けれど、いかに手頃なダンジョンであっても一人で中に入る以上、スケットンが周囲への警戒を怠る事はない。ずっと一人で行動してきたからこそ、それを疎かにすれば死が待っているという事を、スケットンも重々承知していたのだ。


 にも関わらず、スケットンは刺された。殺気のこもった怒声と一緒に、その心臓をナイフでひと突きである。

 ただの人間が、勇者に気配を察知させずに刺殺するなど、果たして出来るのだろうか。

 よしんば運良くナイフで心臓を刺す事が出来たとしても、気配を察知させずにというのは難しいだろう。


 ならば何故、スケットンは気配を察知する事が出来なかったのか。

 例えば、その美女が暗殺のプロだったとか。

 例えば、スケットンの行動を調べ上げ、ダンジョンの中で結界を張ってずっと待っていたとか。

 思いつく理由はいくつが浮かんだが、そのどれもが今一つ現実味に欠けていた。


「もしかしたら人間ではなかったとか」

「人間ではないとしたら、一体何の種族なんだよ」

「スライムなど」


 ナナシが自分の足を指差した。

 スケットンが覗き込むと、ナナシの膝の上にはブチスラがいた。

 作業中は姿が見当たらないなと思ったら、食事の時間になるとちゃっかりやって来ている。この野郎、とスケットンは思った。

 そんなブチスラの気配の無さ――というか、存在感的なものは、今までの話の流れとしては当てはまるが、さすがに見た目に無理がある。


「せめて人の姿になれる奴にして欲しい」

「ならばゴースト的な」


 スライム説をばっさり切ったら、今度はゴースト説が飛び出した。実に幅広い事である。

 だがしかし、ゴーストに限っては人の姿のものもいる。ありえないと言い切れなかったスケットンは、自分は誰に刺されたのだと頭を抱えた。


「まぁ、物理的な手段でしたから、ゴーストではないでしょうけれど」

「言っておいてそれか」

「ははは」


 ナナシは笑って誤魔化しながら、話を続ける。


「スケットンさんは刺される前に、何かこう、変わった事はなかったのですか?」

「変わった事ねぇ……あ、そう言えば、あれだ。いつか刺されるぞって忠告はされたな」

「見事に現実になったわねぇ。……で、それと事件との関係性は? その人の名前まで憶えていないって事はないわよね」


 気分がノってきたのか、シェヘラザードが探偵っぽさを醸し出すような言葉を引っ張り出した。

 見れば紙とインク、羽ペンまで準備している。抜かりがない。


「顔を合わせる度に、鬱陶しく説教されたからな。嫌でも覚えたわ。ルーベンスとそっくりだ。ついでに眼鏡まで一緒だったぞ、説教くさい奴は似るもんだな」

「鬱陶しいとは何だ、鬱陶しいとは! あと眼鏡を掛けていようがいまいが、説教は出来るぞ!」

「あー、スマンスマン、鬱陶しいじゃなくて、騒々しいの方だったな!」

「大差ないわ!」


 ルーベンスがツッコミを入れる。確かに騒々しいでも、あながち間違いではないかもしれないとナナシは思った。火に油を注ぐだけなので言葉にはしなかったが。

 ナナシは苦笑しながら、右手を軽く挙げて発言する。


「まぁまぁ。……それで、その方のお名前は?」

「ルカだ、ルカ。ファミリーネームは知らん」

「住所は?」

「知らん。そもそも三十年経ってんだぞ、生きているかどうかも怪しいわ」

「それじゃ調べようがないじゃない」


 シェヘラザードが「むう」と口を尖らせた。そして「お手上げね」と残念そうに呟くと、羽ペンをテーブルの上に置く。

 関係はあるかもしれないが、名前だけでは調べようがない。ナナシも勇者博物館絡みの知識には、その辺りは入っていないようで「うーん」と唸っていた。

 だが。


「……ルカ? 今、ルカと言ったか?」


 だた一人、ルーベンスだけが、その名前を聞いて顔色を変えた。


「言ったけど」

「……当時、そのルカという人物の年齢はどのくらいだったか分かるか?」

「詳しくは知らねーが、歳なら俺様と同じ、二十二前後だったと思うぜ」


 二十二前後、と聞いて、ルーベンスが目を見開いた。どうやら何か思い当たる節があったようだ。

 ルーベンスは顔色が悪いまま、神妙な顔でスケットンに向き直る。


「私は君に、謝らねばならない事がある」


 スケットンは首を傾げた。ルーベンスから謝罪されるような事をされた覚えがないからだ。 

 あるとすれば口喧嘩の類だが。


「俺様に対する暴言か?」

「暴言でしたら、スケットンさんの方が多い気がしますが」

「てめぇ」


 スケットンはナナシを睨んだ。だがしかし、ナナシはいつも通り、どこ吹く風である。

 相変わらずのやり取りをする二人に、ルーベンスはこめかみを押さえた。だがルーベンスはいつもと違って「話を聞きたまえ!」などと怒る事はなかった。

 スケットンとナナシは「おや」という顔になる。物足りない、とも思った。

 そして、それだけでルーベンスの様子がおかしいという事を理解した。


「そうではなく。……君が死ぬ事になった一件だ」

「……お前まさか、自分があの時の美女だって言うんじゃねぇだろうな」

「えっ、今何歳なんですかルーベンスさん」

「気になるのはそこか」

「はい」


 ナナシはしかと頷いた。そんな二人に、さすがに黙っていられなくなったのか、


「あのでも、そこでも、どちらでもないわ!」


 とルーベンスが怒鳴った。

 これこれ、これだよ。スケットンとナナシはそんな事を思いながら大きく頷いた。


――――その時だ。


 突然、何かが爆発するような、大きな音と振動が辺りに響き渡った。


「何だ!?」


 ぎょっとしてスケットン達は立ち上がる。

 そして直ぐに村長宅を飛び出すと、音がした方へと駆ける。

 辿り着いたのは、先ほどまでスケットン達が作業をしていた場所だ。修理していた牢屋は跡形もなく破壊され、そこからもくもくと土埃が立ち上っている。

 その土埃の中に、人の姿をした、長身痩躯のシルエットが一つ。特徴的なのは、その耳だ。ピンと細長く尖っている。


「――――ようやく尻尾を出したな。ここにアラート・ジェムを設置しておけば、必ず引っかかる、、、、、と思っていたが……長かったぞ」


 聞こえてきた声は女性のものだ。

 敵か、否か。村のど真ん中で爆発騒ぎを起こすくらいだ、スケットン達は各々、武器に手を伸ばす。

 だんだんと土埃が晴れて行く。

 そこに現れたのは、褐色肌の――――エルフだった。美人だが目力が強く、迫力がある。


「性根の腐り切ったクソ魔法使いがッ!」


 エルフはびしり、とスケットンに指を突きつけた。

 性根が腐った、という辺りは否定は出来ないが、魔法使いではないスケットンは頭に疑問符を浮かべた。ナナシも、ルーベンスも、シェヘラザードも、同様に疑問符を浮かべている。

 そんな四人からやや遅れて。

 土煙が晴れた中、褐色肌のエルフは自分が指差した相手スケットンを見て、


「……って、誰だ?」


 などと言って、首を傾げた。

 それはこっちが聞きてぇよとスケットンは思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る