第68話「勇者博物館とやらの、その部分諸々引っぺがしてやる……」
「そう言えば」
食後の休憩で、気持ちもだらっとしていた頃。
そんな調子でシェヘラザードが話を切りだした。
集まる視線を受けながら、シェヘラザードはスケットンに顔を向ける。
「前にも言ったけど、あんたまだあの変なもの捨てていないでしょう」
「変なもの?」
「ほら、胸の中にあるそれよ、それ」
シェヘラザードはスケットンの胸のあたりを指さす。
スケットンは指の先を、手のひらで一度、軽く叩くと「ああ、これか」と、服の中に手を突っ込む。
少しごそごそとしたあと、スケットンは黒水晶のドクロの飾りのついた、ワンドサイズの杖を取り出した。
「あれ、それ
ナナシが目を瞬く。屋敷で見た本に載っていて「似ているな」とスケットンが思ったのは、どうやら正解のようだ。
そしてシェヘラザードの言っていた「変なもの」も、それを指していたようで、
「あっそうそう、それよそれ」
と頷いた。
「ずいぶんと不吉な見た目の杖だな」
「
スケットンの話に、ルーベンスは「なるほど」と頷いた。
確かに偏見も入っているだろうが、生死やアンデッド関係なのだから、あながち間違ってはいない。見た目というものはそれなりに大事なのだ。
もしもこれが、不気味さの欠片もないキラキラフリフリのファンシーな見た目の杖で、さらにそこから
「媒介に使うから、それを持っていると良くないのよ」
「どう良くないんだ?」
「
シェヘラザードの説明に、スケットンは「はて」と腕を組む。
「別に命令も何も受けてはいないんだが」
「分からないわよ? そう言う命令かもしれないもの。まぁ、こればっかりは、あんたをアンデッドにした術者にしか、分からないんだけどね」
そう言って、シェヘラザードは食後のお茶を一口飲んだ。
命令か、とスケットンは考える。あの洞窟で目が覚めて以来、命令と名がつくような、何かしらの強制を受けた覚えはなかった。
だがしかし、確かにシェヘラザードの言うように、スケットンが知らない所で何らかの命令を受けているという可能性は、全く無いとは言い切れなかった。
何と言ってもスケットンは
思えば、この
そう言えば何でだろうな、とスケットンは思った。もしこれが命令によるものだとしたら、
「そう言えば、あんた何で死んだんだっけ?」
話の流れで、シェヘラザードが尋ねた。
「痴情のもつれで刺されたと、勇者博物館に書いてありました」
「勇者博物館とやらの、その部分諸々引っぺがしてやる……」
毎度おなじみ、勇者博物館の知識を披露するナナシに、スケットンは骨の顔を顰めた。思い出したくない話題だからだ。
理由を聞いたシェヘラザードは呆れ顔になる。
「何度も思うけど、びっくりするくらい俗物なのね」
「うるせー、人間らしさの塊だろーが」
「それはまぁそうだが……」
眼鏡を押し上げ、ルーベンスはため息を吐く。言わんとしている事は分かるが、胸を張る事でもない気がしたからだ。
「それにしても勇者博物館だっけ? それこそ、変なものを作るのね、人間って」
「シェヘラザードさんの肖像画もありましたよ」
「えっホント!? どんなのどんなの!?」
「神秘的というか、ミステリアスというか」
「やーだー! うーれーしーいー!」
シェヘラザードは頬に両手を当てると、体をくねらせる。褒め言葉として受け取ったようだ。
実際に、勇者博物館に飾られているシェヘラザードの肖像画は、ミステリアスで神秘的な美女が描かれている。
絵自体はシェヘラザードの特徴を掴んでいるが、本人に似ているかどうかというのは微妙なようで。
その証拠に、
「神秘的……?」
「ミステリアス……?」
などと、スケットンとルーベンスが訝しんだ視線を向けていた。
当然それに気づいたシェヘラザードは、
「どう見ても神秘的でミステリアスでしょ!?」
なんて憤慨した。魔法を使っている時は、まぁ、何て思ったが、スケットンもルーベンスも言葉にしなかった。
「ところで勇者博物館っていつ出来たんだ? 俺の時代にゃなかったぞ」
「ああ、勇者博物館が出来たのは、十年くらい前だったな」
「何だよ結構新しいんだな」
十年前、と言えば、魔王が勇者に倒された頃だろう。
その記念か何かで建てられたものなのだろうな、という事は何となくスケットンにも分かった。
歴史を忘れないためか、それとも単に資金稼ぎか、その意図は不明だが、そんな感じなのだろう。
「観光施設としては結構人気でしたよ。たまに併設されたホールで、歴代勇者をモチーフにした
「おい待て、そこは初耳だ」
「初めて言いましたし。あ、スケットンさんを題材にしたものもありましたよ」
「マジで」
スケットンは空洞の目を丸くした。自分を題材にと聞いて、少しだけ期待したのだ。
だが、そんなスケットンの淡い期待は、あっさりと打ち砕かれる。
「確か、好き放題に生きた勇者が、最後は美女に刺されて倒れ、事切れる寸前に改心する……という内容だったと思うぞ」
内容を思い出すように、ルーベンスは顎に手を当てながら話す。
そう、そう言う内容だったのだ。ナナシも見た事があるのか、大きく頷いている。
「あら、事実に忠実」
「最後が気に入らねぇ、リテイクだリテイク!」
「ここで言われましても……」
スケットンが不服そうに言うと、ナナシは肩をすくめた。
まぁ事実であったとしても、『刺されて倒れた』というだけで終わらせてしまうと後味が悪いので、そういう風にしたのだろう。
だがそれで納得しないのがスケットンである。勇者博物館の諸々を引っぺがしたついでに、文句を言ってやろうとスケットンは心に決めた。
「まぁそれはともかくとして……刺されるなんて、よっぽど恨まれてたのね。何したの?」
「あん? いや……顔は好みだったから、口説いたとは思うんだが……」
「おや、曖昧ですね?」
断言しないスケットンにナナシが目を瞬いた。
スケットンは言い辛そうに目を逸らす。
「いや、何つーか、その辺りの記憶がねぇんだよ。名前も思い出せねぇし」
「最低だな!?」
ぎょっとしてルーベンスが言う。同様の感想をシェヘラザードも抱いたらしく、半眼になっていた。
スケットンも名前すら覚えていない事には、流石に罪悪感はあるので、言い返せずにいる。
確かにあの頃は、他人に対して興味はなかった。興味はなかったので名前を覚えていない相手も大勢いる。だがさすがに、口説いて靡いてくれた相手の名前くらいは、頭の片隅にでも残っているはずなのだが、断言できるほどの自信はスケットンには無かった。
スケットンが唸っていると、何か考えている様子のナナシが顎に指を当てて「ふむ」と呟いた。
「ちなみにスケットンさんは、その方と一緒にダンジョンに入ったのですか?」
「ダンジョンに? あー……いや、一人だな。他人とつるんでダンジョンに入る事はねぇわ」
基本的に、他人を信用していなかったスケットンである。いくら好みの女性であったとしても、ダンジョンにまで連れて行く事はない。
それを聞いてナナシが「ですよねぇ」と頷く。
「何だよ?」
「いえ、ダンジョンで刺されたという事は、スケットンさんの後をつけたという事ですよね。勇者に気配を察知させなかったのなら、その方、なかなかのものだなと」
「――――」
ナナシの言葉に、スケットンは初めて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます