第67話「……全然、足りねぇ」
昼食の用意が出来たと呼びに来たティエリの声に、スケットンたちは作業の手を止めた。
「今日は野菜たっぷりのスープなんですの!」
ティエリの言葉に、シェヘラザードの腹の虫が鳴いた。
シェヘラザードは慌てて腹を手で押さえる。ルーベンスが顔を逸らして笑ったのを見て、シェヘラザードは口を尖らせていた。
食事というものは、生者にとってはなくてはならないものだ。
だがそれは、生者ではないスケットンには、必要のないものだった。
食べたいな、とはもちろん思う。だが体が食べ物を受け付けない。必要ないと、自分自身の体が言っているのだ。
スケットンが肩をすくめていると、ルーベンスとシェヘラザードが立ち上がるのが見えた。少し遅れてナナシも立ち上がる。
「スケットンさん、どうします?」
ナナシはスケットンにそう聞いた。彼女なりの気遣いだろう。ナナシはスケットンが食事を必要としない――食べられないという事を良く知っている。
そんな彼女にスケットンは軽く手を振ると、
「まー適当にするわ。肥えてくればいいぜ」
なんて軽口を叩いた。ナナシはその言葉に「肥えた分は動きますよ」と笑って答える。
そしてティエリの後を追って歩いて行った。
スケットンはナナシたちを見送ると、手に持っていた道具を置いて、自分も少し休むかと木陰へ移動した。
木の幹に背を預け、空を見上げる。澄んだ春の空を小鳥が、チチチ、と囀りながら羽ばたいていく。
風にさらさらと木の葉が揺れ、木漏れ日が撫でるように降りそそぐ。
三人一緒にいなくなると静かなもんだとスケットンは思った。
「スープか」
ぽつりと呟いた。
ティエリたちが用意してくれた今日の昼食はスープらしい。
スープと言えばと、スケットンは小さい頃に、自分の母が作ってくれたスープの事を思い出した。
騎士であったスケットン母は、仕事が忙しく、家にいない事の方が多かった。なので食事は自分で作るか、父が作ってくれていた。
スケットンは料理は嫌いではなかったし、仕事で帰りが遅い両親に食事を作って待っているのは良い時間潰しになった。そして帰って来た両親が、自分の作った料理を美味しいと、笑顔で食べてくれるのを見るのが好きだった。
特にスケットンの母はいつも、スケットンの料理を、残さず綺麗に平らげてくれていた。
両親が健在で何事もなければ、もしかしたらスケットンは、料理人になっていたかもしれない。
そんな母は、非番の日には必ず、料理を作ってくれていた。
その大体がスープである。スープより野菜などの具の方が多いスープだった。家族以外が見たら「煮物?」なんて言われるかもしれない。
スケットンは母の作る、その、たくさんの具が入ったスープが好きだった。味はもちろんだが、何よりも、母が自分たちのために作ってくれたというのが、何よりも嬉しかったのだ。
スケットンは今も、あのスープの味を覚えている。母と一緒に作った事もあるので、作ろうと思えば作る事も出来る。
だが――――いくら作ったところで、自分では食べる事は出来ない。味見も出来ないので、本当にそれがちゃんとその味になっているかも分からない。
食事を必要としないのはある意味便利ではあるが、やはり虚しいものであった。
「スケットンさん」
そんな事を思い出し、スケットンがぼんやりとしていると、ふと、ナナシの声がした。
顔を向ければ、そこには食事に行ったはずのナナシの姿がある。何だと思ってよく見れば、彼女は手にスープの入ったカップを持っていた。こっちで食べようと思って来たのだろうかと、スケットンは首を傾げる。
「どうした?」
「スープです」
スープを差し出してナナシは言った。
確かにそれはスープなのだが、質問に対する答えではない。
まぁそんなのは、ナナシは割と毎度の事であるが、スケットンは半眼になった。
「スープだけどよ」
「このスープ、シェヘラザードさんが三回目のおかわりをしていました」
「早ぇわ、どんなスピードで食ってんだあいつ」
スケットンの頭の中に、スープをがつがつ食べるシェヘラザードの姿が浮かぶ。よほど腹が減っていたのだろうか。それともスープがよほど美味しかったのだろうか。
だが、まぁ、スープの味に関しては、食べられないスケットンにとっては、どうでも良い話だ。
「先日の魔法で大量に消費した魔力が、まだ回復しきっていないのだと思いますよ。自然回復に任せると、お腹が空きますから」
「
「ええ、自然に任せるのが一番です」
ナナシは頷くと、スケットンの隣に座った。そして持っていたスープの入ったカップをスケットの前に置く。
スケットンにはナナシの行動の意図が良く分からなかった。
なので問うようにナナシを見ると、彼女にこりと笑って、カップの上にそのて手をかざす。
少しの間のあと、小さな魔力の波をスケットンは感じた。次の瞬間、光と共にジュッと何かが焼ける音が聞こえ、カップの中身は一気に蒸発した。
一体何だとスケットンが思っていると、その蒸気がふわり、とスケットンの骨の顔に触れた。
触れたとたん、それはスケットンの身体に吸い込まれる。
「――――!」
スケットンは空洞の目を見開いた。
味が、するのだ。
スケットンに舌はない。味を感じる場所はない。もしあったとしても、スケットンは今、スープを食べたわけではない。
なのに味がしたのだ。野菜のうまみが詰まった、あたたかいスープの味が確かにしたのだ。
「……何で、これ」
「味、しました?」
「あ、ああ」
スケットンは困惑しながらナナシを見る。
ナナシは悪戯が成功した子供のような顔をしていた。
「今のスープ、少し
「
「ほら、
ナナシが言っているのはつまり、
それでも味を感じられるかだけは分からなかったようだが、上手く言って良かったとナナシは言う。
「その、本当は食卓でやってみようと思ったのですが……料理をその場で
そりゃそうだ、とスケットンは思った。
作った料理を――そのつもりはなくとも――目の前で駄目にされれば、良い気分はしないだろう。もちろん成功すると確信していれば別だろうが。
「……何で、こんな事を考えたんだ?」
どう反応して良いか分からないままスケットンが聞くと、
「だって、スケットンさんと一緒に、ご飯が食べたかったんです」
そう言って、ナナシは花のように笑った。
その言葉には嘘も裏も何も感じられない。本当にそう思ってした事なのだろう。
そんな事のためにと、スケットンは何だか泣きたくなった。
自分のために、誰かが何かを考えてしてくれたのは、どれほど昔の事だっただろうか。
スケットンが言葉に詰まっていると、
「まだ食べられますか?」
とナナシが聞く。
「……全然、足りねぇ」
スケットンが答えられたのは、それが精一杯だった。
それを聞いて、ナナシは「よいしょ」と立ち上がり、スケットンの前に立つ。
そしてスケットンに向かって手を差し出した。
「それじゃあ、行きましょうスケットンさん。一緒にご飯、食べましょう!」
スケットンはその手を見て、しばし戸惑ったが、ナナシの手を掴んで立ち上がると、
「シェヘラザードが全部食ってねーといいけど」
などと、照れ臭さを誤魔化すように、大げさに肩をすくめて見せる。
そしてナナシと一緒にオルパス村の村長宅に向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます