第3章 魔王の器と傭兵の矜持

第66話「でも牢屋が立派なのって良いわよね。捕まった時とか」


 世界樹での騒動から二日後。

 春らしい澄んだ空の下で、スケットンはトンカチやノコギリを手に、牢屋を修理していた。シェヘラザードの魔法で豪快に吹っ飛んだ、あの牢屋である。

 瓦礫しか残っていないので、修理というよりは新しく作り直すと言った方が正しいかもしれない。

 修理している理由は、自分たちが壊したからである。


 世界樹での騒動のあと、教会騎士達の身柄をこの国の騎士団に引き渡すため、ナナシが王城に連絡をしたところ、数日掛かるとの返事が来た。

 その間は見張りも兼ねて村に滞在する事になったので、少し暇な時間が出来たのだ。

 それで、一息ついたところで、ふと牢屋の事を思い出した。

 オルパス村の村長フランに話をしたところ、


「形あるものはいつか壊れます。ですから、どうかお気になさらず」


 と言っていた。だがナナシが、


「いえ、ですがそういうわけには……」


 と言ったところ、フランはパッと顔を輝かせ、


「いやあ! そこまで言っていただけるなんて! それではぜひ、お願いします!」


 と反応した。有無を言わさぬ勢いであった。

 元々押し付けるつもりだっただろうとスケットンは思って「そら見ろ」という目でナナシを見た。

 だがまぁ確かに壊したのは自分たちである。断ったり、逃げたりする事も出来ず、そのまま修理に入った、というわけである。


「何で俺様、こんな事してんだ……」


 ぽつりと漏らす。

 そんなスケットンは、普段着ている旅の装いではなく、デフォルメされた魔物の絵が描かれたシャツにズボンと、とてもラフな格好になっていた。頭にはタオルが巻かれている。骨の体では汗はかかないし、日差しを気にする必要はないので、タオルを巻いたのは何となくだ。これらは全て、フランから借りたものである。

 こんな恰好をしているのは単に、旅の装いでそういう作業をするのはどうかと思ったからである。

 あと、旅をする身の上としては、着替えもそんなに持っていない。スケットンに至っては一着である。その一着で作業をして、破れたりほつれたりしたら困る、というのがもう一つの理由だ。


 それならばスケルトンであるスケットンなら、服を脱いで作業をすれば良い、と思うかもしれない。骨の身体であるので、見られて恥ずかしいものもない。だが幾ら骨の身体であっても、本人の羞恥心的には、多少は、、、気になるのだ。

 ちなみにそれをナナシに話したところ「身だしなみは大事ですよね」と同意された。ついでに「そういう服装も似合いますね」と褒められたので、スケットンも満更ではなさそうだった。

 さて、そんなナナシはと言うと。


「私はこういう作業をするのは、初めてなので楽しいです」


 なんて、スケットンの近くで、にこりと笑ってそう言った。

 ナナシもスケットンと同じように、ティエリから服を借りて、異国の文字が書かれたシャツにズボンという装いになっている。

 ついでに言うと、ルーベンスやシェヘラザードも同様だ。彼らも普段とは違ってラフな格好をしている。

 それを見てスケットンは、ナナシは年相応に見えるなとか、ルーベンスは似合ってねぇなとか、シェヘラザードは尻尾があったんだなとか、そんな感想を抱いた。

 見慣れた姿とは違った装いをしているので、新鮮に感じられたのだ。

 

 何か、こういうの普通っぽいなと、スケットンは、そんな事を思った。

 スケットンと言えど、勇者になってから動き通しだったわけではない。暇な時は家で娯楽本を読むくらいはする。

 だがそういう時は、いつも一人だ。たまに一夜のアレコレで一人じゃない時もあったが、基本的にはずっと一人である。

 なので誰かと一緒に、こういう作業をするのは初めてであった。

 ナナシをぼっちだ何だとスケットンは言ったが、自分も大概ぼっちだと思った。

 思った直後にハッとなって、


「違ぇし! いらねぇし!」


 何て独り言を言いながら、ガンガンと板に釘を打ちつけた。

 それを見たルーベンスは、地面に広げられていた牢屋の設計図を持って、スケットンにつきつける。 


「おい、そこは違うぞ。もっと設計図をちゃんと見たまえ!」

「近ぇわ! つーか、誰だよこの設計図作ったのは! どう見ても元の牢屋より広いし、何か洒落た見た目になってんじゃねぇか! あと元々のと使う材料も違ぇし! どこが修理だ!」

「これを作ったのはフラン村長だ! 必要がなくなったら、貯蔵庫なり、ゲスト用の宿泊施設なり何なりにして再利用するらしいぞ!」

「どう考えてもメインはそっちだろう、アノヤロウ!」


 スケットンは村長宅の方を向くと、空洞の目で睨みつけた。意外と抜け目のない男らしい。

 上手く利用された気もしたが、壊したのは自分たちである。スケットンはムスッとした顔で、作業を再開した。


「でも牢屋が立派なのって良いわよね。捕まった時とか」

「捕まる予定でもあるのかよ」

「ほら、だってあたし、四天王だし! そういう機会があるかもでしょ?」


 シェヘラザードが心なしかワクワクしている気もするが、捕まりたいのだろうかとスケットンは思った。

 だが確かに、魔王の四天王ならば、人間側からすると脅威だ。捕まるか、倒されるか、どちらの危険はあるだろう。

 なんて事をスケットンが考えていると、ナナシが「いえいえ」と手を軽く振った。

 

「魔族との関係は改善されつつあるので、手を出さない限りは、即座に捕まるなんて事はないと思いますよ」

「そうなのか?」

「そうなの?」


 ナナシの言葉に、スケットンとシェヘラザードは同時に、意外そうに目を丸くする。

 するとルーベンスも大きく頷いた。


「双方の争いは、表向きには終結したからな」

 

 魔王の死によって。

 ルーベンスはシェヘラザードに気を遣ってか、最後までは言わなかったが、意味は通じたようだ。

 シェヘラザードは寂しそうに目を伏せて「そっか」と呟いた。


 今から十年ほど前、人間と魔族との間の長い争いは、勇者が魔王を倒した事により、終わりを告げた。

 その際に勇者は当時の国王に「魔王を殺した報酬などいらない、だからその代わりに魔族との関係を改善すべきだ」と、強く進言した。

 もちろん各地で反発はあった。だが、その勇者には、大勢の味方がいた。その味方が、彼の願いを後押ししてくれたのだ。

 だから今、人間と魔族の関係は少しずつ変化しているのだと、ルーベンスは話す。


 だが、それからまだ、たったの十年だ。それぞれが抱く感情に折り合いをつけるには、まだ短い。

 憎しみや悲しみ、相手への関心が、少しだけ薄れて混ざり出した、というくらいである。

 だからルーベンスは『表向き』という言葉を使った。終わるために、まだ続いているのだ。


「しっかし、三十年の間に色々変わってんだなぁ」

「あたしは十年くらいだけどねぇ」


 雰囲気を変えるようにスケットンがそう言うと、シェヘラザードも話にのってきた。

 ついでに、ナナシとルーベンスの話で思わず止まった手も動き出す。軽快な音が響く中、スケットンたちは話を続ける。

 勇者と魔王の話題から逸れた、いわゆる雑談、という奴だ。最近出版された本の話、某村の伝説の正体に、王都で噂の美味しい食事処などなど、内容は多種多様に移り変わる。

 そう言えば、とスケットンは心の中で独り言つ。


(そう言えば雑談っつーのも、ナナシと会う前はほとんどしなかったな……)


 妙な気分だとスケットンは思った。そんなに悪くない、と感じるのも。

 その起点は恐らく、ナナシだ。

 スケットンは何気なく、ナナシを見た。出会った当初は表情が乏しかったが、だんだんとはっきりとしたそれを浮かべて来ている。

 ナナシは基本的に笑顔か、それに近い表情が多い。顔色を変えない奴だとスケットンは思っていたが、だんだんとそれが、一種の仮面のようなものだと思うようになった。

 不機嫌そうにしている人間より、穏やかに笑っている人間の方が親しみを感じやすい。恐らく、そういう事なのだ。

 だからスケットンは最初の頃、ナナシが薄く、、感じた。記憶喪失が原因かとも思ったが――もちろんそれも理由ではあるだろうが――そうではなく、一種の処世術だっだのだろうと、今は思っている。

 ナナシは自分が【レベルドレイン体質】という、周囲の人間の能力をマイナスにする、特殊な体質だと言っていた。事実、プラスの存在である生者のルーベンスやシェヘラザードは弱体化し、マイナスの存在のアンデッドであるスケットンたちは強化された。

 それについて、オルパスの守り神である、ドラゴンゾンビのじっさまは『誰かから施された呪いである』と言った。

 体質か、呪いかはさておき、そういう存在であるから、ナナシは他人から敬遠される。

 もちろん勇者であるから人は頼ってくる。だが頼るだけで、本当の意味では近づいてはこない。だからこそ、ナナシは少しでも誰かと近づこうとうして、そういう表情を取るようになったのではないだろうか、と。


 けれどここの所、その仮面が剥がれてきているのだ。

 ナナシは笑いたい時に笑うようになった。表情こそあまり変わらないが、ちゃんと怒る事もある。 

 薄かった印象が、だんだんと濃くなっていく。それがスケットンには、少し楽しいと思うようになった。

 今まで周囲にいなかったタイプだから、見ていて飽きないのだろうか。

 そんな事を考えていると、ナナシと目が合った。ナナシは数回瞬きをしたあと、ふわりと笑う。


「どうかしましたか、スケットンさん」

「いや、お前本当にぼっちだなと思ってよ」

「ぼっち言わんで下さい!」


 ナナシは両手で顔を覆う。やり取りを聞いていたルーベンスが呆れた眼差しを向ける。

 シェヘラザードは、


「ぼっちじゃないわ! あたしと友達なのよ!」


 と胸を張り、張り合うようにルーベンスが、


「私もだぞ! 屋敷で認定されたからな!」


 と言った。二人の言葉がとても嬉しかったようで、ナナシは締まりのない笑顔を浮かべていた。

 そうしたあとでナナシはスケットンに向かって、


「スケットンさんもいかがですか!」

「商売か」


 買い物のように言い出すので、スケットンはツッコミを入れた。

 けれどもナナシは何だかワクワクした様子である。

 友達なんて、そんなに欲しいものだろうか。良いものなのだろうか。スケットンには分からなかった。

 だが、そう言えば昔一人だけ、友達だと自称して色々お節介を焼いてい来る奴がいたっけか、と思い出す。説教好きなところと眼鏡なところがルーベンスに良く似ていた。


(いつか刺されるぞ、なんて忠告してきたのは、あいつだけだったなぁ)


 いつかの忠告は、現実にはなったが。だが、心配してくれていたのだろう、という事は今更ではあるが分かった。

 スケットンはナナシを見る。自分なんぞと友達なんてものになっても、何の利益もないだろうに、どうしてなりたいなどと言うのだろうか。スケットンは本当に分からなかった。

 だが。


(ナナシに名前を呼ばれるのは……まぁ、悪くはない)


 そんな風に思ったので、


「好きにすれば」


 とスケットンは言った。ナナシはその赤い目を大きく見開いた。いつも即座に否定されるので、その答えが予想外だったのだろう。

 だがすぐに「やったー」と両手を高く挙げると、


「はい、好きにします」


 と、喜んでいた。

 ついでにシェヘラザードとルーベンスまで混ざったので、友達とやらが増えた事にスケットンが気付いたのは、少ししてからだった。

 照れ臭い。とうに忘れた感情が、体の骨から浮かび上がって、スケットンはフン、と顔を逸らした。

 その時ふと、空洞の目が映す視界の端に、


「昼食の用意が出来ましたわよ!」


 と手を振り呼びに来るティエリの姿が映った。

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