第63話「祝福」


 ダイクの魔剣【魂食い】から放たれた闇の炎が空を焦がす。

 夕焼けの赤色に染まったそれを、黒く、黒く焼き尽くす。

 それだけに飽き足らず、世界樹に、森にと轟々と燃えるその手を伸ばしていく。


「ちょっ、あいつ、浸食率やばいわよ!?」


 ぎょっとした顔でシェヘラザードがダイクを指差す。

 スケットンが顔を向ければ、魔剣を握ったダイクの手と腕が、炎と同じく黒色に変化しているのが見えた。まるで炭にでもなったような色をしている。

 あれが魔剣【魂食い】に魂を食われるという事なのだろうと、スケットンは理解した。

 同じくそれを見て、珍しくナナシが焦ったように、


「世界樹どころか、広範囲がまずい……! シェヘラザードさん、あれ、、できますか!? 二柱の!」

「二柱のあれって……あっなるほど! あれ、、ね!」


 唐突に話を振られたシェヘラザードは、直ぐに何か思い当たって勢いよく頷いた。

 そして二人は、視線でタイミングを合わせると、ほぼ同時に詠唱を開始する。

 二人が何をやろうとしているのか、スケットンやルーベンスには分からないが、何かしらの魔法の手立てがあるようだ。

 ならば、とスケットンは魔剣を肩から下ろし、切っ先をダイクに向けた。

 魔剣【竜殺し】の剣身が、周囲の炎に照らされ光る。

 ダイクの目がその光に反応した。


「はは、ははは……俺は最後まで、最後まで化け物を……化け物……ぁぁあ、そこにもいたな、化け物が」


 ダイクは魔剣を持ったまま、その両手をだらり、と垂らす。そしてそのまま一歩、一歩とスケットンの方に向かって近づいてきた。

 ずず、と剣先が地面を引っかき、跡を作る。歩みに合わせ、糸のようにぐねぐねと。

 

「何が勇者だ……何が勇者サマだよ……。アンデッドのくせに、化け物のくせに」


 ダイクの口が動く。呪詛のように言葉を紡ぐ。

 そしてスケットンまであと数歩、といった所で歩みを止めると、魔剣の柄を爪が食い込むほどに強く握りしめた。炭のように化した手に、赤色の血が滲む。

 それを見て、ああ、こいつは生きているんだな、とスケットンはそう思った。


「ただの」


 ダイクの呼吸は荒い。酸欠か、衰弱か、それとも心情によるものか、またはそのどれもか。

 死人よりも死人の顔色で、ダイクはスケットンを睨みつけた。


「死人のくせに、よォッ!」


 血走った眼で、ダイクはスケットンに向かって突進する。


「勇者、勇者、勇者、勇者ァッ! くっだらねぇ、くだらねぇよ! そんなもんに何の意味があるってんだ、ぁあ!? 俺の方が、俺達の方がずっと、ずっと必死でやってんだよ! なのに何で、テメェらみてぇに片手間で、涼しい顔してやってる奴らの方が、恵まれてんだよ! 持ってんだよ! 正しいですって顔してんだよ! 何で――――」


 怒鳴り声と共に、妬みと憎しみが入り混じる感情を孕んだ炎の刃が、スケットンの魔剣を打ち付けた。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 繰り出される激情の刃をスケットンは淡々と魔剣で受け止める。


「そんな奴らが、何で……ッ俺のものを全部、奪いに来るんだよッ!」


 ダイクは叫ぶ。悲鳴にも近い。

 そのダイクの台詞を聞いたスケットンは、空洞の目を細め「そうか」と呟いた。

 自分のもの、、を奪われたくない。

 それがダイクの本音なのだと理解した。


「自分でちゃんと分かってんじゃねぇかよ」


 そう、分かっているのだ。分かっているからこそ、彼には分からない、、、、、

 恨みや妬み、憎しみや怒り、そういう感情が、本音を塗りたくって見えなくする。

 そしてそれが、追い詰められた事で剥がれて、ようやく顔を出したのだ。


「昔は知らねぇ。聞いてやる気もさらさらねぇ。だがよ、今を言うならそいつは、お前が他人のそれを奪、、、、、、、、、、おうをしたからさ、、、、、、、、


 スケットンは静かに言う。その言葉にダイクは二の句を継げられなかった。顔色が変わり、現実に戻ったようにハッと目を見開いた、その一瞬、


「スケットンさん!」


 ナナシが呼ぶ声がスケットンの耳に届いた。魔法の発動準備が整ったのだ。

 スケットンはダイクの剣を押し返すと、ルーベンス達の方へと全力で走る。


 スケットンが離れたギリギリで、空と大地に巨大な魔法陣が展開した。


「“地は光オルディーネ”」

「“空は闇ヴェリタス”」

 

 光の女神オルディーネと、闇の神ヴェリタス。

 二柱の創造神の名を冠した呪文スペルが、少女達の口から高らかに紡がれる。


「「“祝福カンパネラ”」」


 二人の声が、まるで歌のように響き合う。

 ナナシ達の声に呼応して、空と大地に現れた魔法陣から、強烈な光が放たれる。

 空と大地を繋ぐ、真っ白な光の柱が立つ。

 その光は、魔剣【魂食い】が放つ闇の炎を消し去り、奪われた命を癒していく。

 魔剣【魂食い】にとって焼かれた土地が、本来の青々とした草や木が生え、元通りとなっていくのだ。

 圧巻で、圧倒的だった。

 スケットンですら、その光景に、思わず呆然となった。

 当然だ。何と言っても、ナナシとシェヘラザード渾身の、最高位クラスの魔法なのである。


―――とは言え、魔力の消費量も凄まじく多いようで。

 光が収まった直後には、ナナシとシェヘラザードが揃って地面にへたり込んでいた。


「お前らホント、気合で生きてるんだな」


 褒め言葉には聞こえない褒め言葉をスケットンが言うと、ナナシが疲れた顔で「いやぁ照れますね」などと、へらりと笑う。シェヘラザードの方は、ナナシの【レベルドレイン体質】で能力が低下しているせいか、言葉も出ないほどに疲労しているようだった。

 ぜいぜいと肩で息をする二人に、スケットンはフッと、珍しく優しい顔で笑う。骨の顔なので分かり辛いが、それでもナナシには違いが分かったようで、驚いたように目を瞬いていた。

 スケットンはそんな彼女達から視線を外し、


「――――さて」


 と、世界樹の方を向いた。

 恐らく光の柱の中心であったであろう、その場所。

 そこには、離れていてもはっきりと分かるくらいに、酷い火傷を負ったダイクが倒れていた。

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