第62話「そうなんだけどよ、流石に生々しいわ」
「うわ!?」
教会騎士や傭兵達の驚いた声が響く。
地中から突然現れた木の根は、そのままシュルシュルと彼らに巻きつき、縛り上げた。
これが何かと言えば、十中八九、ナナシの魔法である。
ルーベンスが熱弁を振るっている間、“
司祭とダイクだけは逃れたが、これは彼らが世界樹近くにいるからだろう。世界樹の木の根や幹を傷つける事を危惧して、ナナシは避けたようだ。
だが配慮したのはそこだけだ。
話している最中は待つのがお約束、なんてものは全く気にせずの奇襲。
オルパス村で水をぶちまけた時と比べれば、タイミング自体は良かったが。
「テメェ、卑怯だぞ!」
「はて。戦いの最中に、話をする余裕があったのならば、楽々躱せるでしょう?」
背後で起きた一瞬の出来事に、目を剥いたダイクが怒鳴ると、ナナシはにこりと笑ってそう返した。
ナナシにしては珍しく、言葉に意図的な皮肉が見える。どうやらナナシもナナシなりに怒っているらしい。
ずいぶんと感情が出るようになったもんだ、なんて思いながら、スケットンはニヤリと笑う。
「まぁ、大人しく待っていてやる理由はねぇんだよなぁ」
スケットンはそう言って、足の先でトントン、と地面を叩いた。どうやらスケットンもナナシの魔法に気が付いていたらしい。
スケルトンであるスケットンは、その身体が骨だけな分、振動を感じやすい。なので地中の僅かな振動を察知出来ていた。
一応は、ナナシの魔法でなければワーム系の昆虫種の魔物ではないか、とも疑ってはいたけれども。だが振動が向かっている先が自分達ではないという事で、恐らくナナシの方だろうと予想したのだった。
「お前、こういう所あるよな。褒めて遣わす」
「いやぁ、照れますね」
尊大な褒められ方だったが、ナナシも満更ではない様子である。
そんな勇者たちを、ルーベンスは少し離れた位置から見て、
「さすがに、もう慣れたよ」
と、若干、本当に若干、何とも言えない感情を声に滲ませながら苦笑した。シェヘラザードもつられて笑う。
だが、笑っていられないのは司祭とダイクだった。
逆転、もしくは
「……仕方がない」
司祭はそう呟くと、スケットン達を指差した。
「この際、多少なりとも残っていれば構わぬ。勇者ごと世界樹を燃やせ、ダイク!」
司祭の指示に、ダイクはニタリと口の端を上げ、剣を掲げる。
すると、その剣が
その炎は剣の刃を中心に渦巻きながら、竜巻のように空へ燃え上がり――――世界樹とスケットンに襲い掛かった。
「まずい!」
スケットンが飛びのいて避けたのと、ナナシとシェヘラザードが顔色を変え、魔法で大量の水を呼び出したのはほぼ同時だった。
二人の魔法使いから放たれた水が、世界樹の上空から滝のように降り注ぐ。
だが、それでも炎は消えない。それどころかより勢いを増し――――やがてその色までも、混沌たる黒に染めた。
どうやらただの炎ではない。それを見て、シェヘラザードが顔色をしかめた。
「闇の炎ですって!?」
「闇……そうか、あれは――――魔剣【
シェヘラザードの言葉に、魔剣の正体に気が付いたナナシが叫ぶ。
「その炎は、名前の通り魂を食らいます! 炎に触れれば命が削られる。特にスケットンさんやトビアスさんは、下手に触れば消滅します! それに――――」
魔剣【魂食い】とは、スケットンの魔剣【竜殺し】と同じく、高い攻撃力を持った剣だ。
近くで見なければ分からないが、漆黒の剣身は鮫の歯のようになっており、火と闇の属性を併せ持つのが特徴である。
【魂食い】と名付けられた由来は二つ。
一つは、その刃で斬った相手の魂を食らって力を増す事。
そしてもう一つは、
「その魔剣は使い手の魂も食らう。分かっていますか、それを長く使えば、あなたの命にも危険があります」
――――使い手の命をも食らって、力を増すという事だ。
その言葉に、顔色を変えたのはルーベンスだ。
「もうよせ、ダイク! 残っているのはお前と、司祭様だけだ! お前達の目的は、達成する事は出来ない!」
「……目的? 勘違いするなよ、ルーベンス! 俺の目的はアンデッドを根絶やしにする事だ!」
怒鳴り散らしながら、ダイクは地を蹴り、スケットンに襲い掛かる。
振り下ろされた魔剣から、闇の火の粉が飛び散る。
スケットンはその剣を同じく魔剣で受け止め、口だけで笑う。
「自分で増やして自分で解決? とんだ自作自演だな!」
そして力づくで押し返すと、僅かに離れたその隙に、魔剣【竜殺し】を凪ぐ。
魔剣の魔力が衝撃波となり、ダイクの闇の炎を散らす。だが、それだけでは、まだ消えない。
「世界樹がなければ、アンデッドは根絶やしになんかできねぇ。増え続けるんだよ、永遠にな。アンデッドが憎いくせに、そんな事も分からねぇのか」
「増え続けようが、俺が倒せば問題ねぇんだよ!」
「てめぇが死んだあとも増えるつってんだよ。それに死んだあと、てめぇだってアンデッドになる可能性があるって
スケットンは挑発するように、人差し指でトントンとこめかみを叩く。
ダイクは苛立ち、再び魔剣を構えてスケットンへ飛び掛かる。
振り下ろされた魔剣。スケットンはそれを躱し、ダイクの身体が沈んだ所で、その横面を蹴り飛ばす。ダイクは吹き飛び、二、三度弾んで地面を転がる。
「――――ッだから! それが何だってんだよ!」
その勢いを、魔剣【魂食い】を地面に突き刺す事で止め、ダイクは起き上がる。
「テメェこそ理解しているか、クソ勇者。この魔剣を使い続ければ、死ぬ。欠片も残らず消滅する。魂なんて残らねぇ。アンデッドになんかならねぇんだよ! 最後の最後まで……」
「最後まで、戦い続けられるとお思いですか」
ダイクの言葉にかぶせるように、淡々とナナシは言う。
「何だと……」
「魂を食われ続けても、最後の最後まで今のままでいられるとお思いですか、と言ったのです」
「違うとでも言いたいのか!?」
「違いますよ」
ナナシはダイクの言葉を一蹴する。その眼差しは冷静で、静かだ。
あまりにはっきり言い切られたものだから、ダイクは思わず言葉に詰まる。
「魂を食われ続ければ、身体はだんだんと衰弱していきます。まずは力が入らなくなるのが最初。それから歩く事が困難になる。その内に、だんだんと身体の内の機能が弱くなっていき、食事が摂れなくなって動けなくなり、やがて、飢えて苦しみながら死にます」
あまりに淡々と言うものだから、スケットンは空洞の目を半眼にする。
「そうなんだけどよ、流石に生々しいわ」
「これでも柔らかくしたつもりなのですが。実際にはもっとこう」
「ヤメロ」
詳細に説明しようとしたナナシに、スケットンは待ったの声を掛ける。
それから、ナナシの話を聞いて、青ざめているダイクに目を向けた。
「――――だとよ?」
「う、嘘だ……でたらめを言うな! そんな事はないと教えて貰ったんだ!」
「誰に教えて貰ったんだよ」
「誰にって」
ダイクは司祭に視線を向ける。司祭は口を真一文字に噤んだまま、何も言わない。
ただ、視線も逸らさなかった。真意の読めない顔の司祭を見て、ダイクは歯を食いしばって首を振る。
それを肯定と取ったのか、否定と取ったのか、スケットンには分からなかった。
「ありえない。そんな事は、ありえない、俺は最後まで戦って、戦って、戦って、アンデッド共を……」
ぶつぶつと呟きながら、ダイクは魔剣の柄を音が出るほどに強く握りしめた。
顔に張り付いた土が、動揺で噴き出た汗と一緒に地面に落ちる。
その青ざめた顔が、まるで死人の様だとスケットンは思った。
「…………らめを」
「あん?」
「でたらめを……言うなァッ!」
痛々しいまでにダイクが叫んだ瞬間、魔剣【魂食い】から凄まじいまでの炎が立ち上った。
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