第61話「怒ってらっしゃいますか」


「悪いとも。ああ、悪いとも。そんな事は、子供でも知っている」


 ルーベンスは、はっきりとダイクの言葉を否定した。

 その声にはまだ動揺は残っている。けれど目だけは真っ直ぐ逸らさずに、ダイクと司祭へ向けていた。

 そして、それは悪い事だと、何度も繰り返す。

 まるで子供に言い聞かせるような言葉だと、スケットンは思った。淀まず、分かりやすく言うルーベンスのそれは、ダイクにとっては耳障りな言葉だったのだろう。暗かった表情に、苛立ちが混ざって行く。爆発しそうだ。

 けれどもルーベンスは――分かっていたとしても――そんな事などお構いなしに続けた。


「君の基準で言うならば、私は『持っていない』人間だろう。君の言葉を借りるなら、誤魔化すために努力をしたし、工夫もした。騎士にはなれなかったが、だからこそこうして、教会騎士として生きる事が出来ている」

「何を……」

「だがな、私はそれを、誤魔化していると思った事は一度もない」


 ダイクの言葉を遮って、ルーベンスは言い放つ。

 それを聞いたダイクはフン、と馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「そいつはまた、お花畑、、、だな。どんなにお綺麗な言葉を並べたって、実際はそう、、だろ」

「花は綺麗なだけではないぞ。そもそも、誤魔化すなどという言い方が、私は好かない」

「は?」


 ダイクは怪訝そうに首を傾げる。ルーベンスの言葉を理解出来なくて、眉間にシワを寄せた。

 ルーベンスは少しずつ調子を取り戻して来たのか、先ほどよりも落ち着いた様子だ。

 くい、と眼鏡を押し上げて、もう片方の手を軽く広げる。


「君は気付いていないようだが、本当に自分がやっている事を間違っていないと思うのならば、誤魔化すなどという表現は使わない。それは後ろめたさを隠すための言い訳だ。言葉にした時点で、自分が悪いと思っていると言っているようなものだ」

「……は」


 ダイクは虚を突かれたような顔になる。先ほど以上に、何を言われたのかが分からなかったのだ。

 なので、理解するまでのほんの少し間を開けて、


「ば、馬鹿にしてんのか!?」


 と、こめかみに青筋を浮かべて怒鳴った。小さな子供が見たら泣き出しそうな形相だ。

 ルーベンスもそれに負けじと大声で怒鳴り返す。


「馬鹿にしているのは君の方だろうが!」

「は!?」 

「大体、持っていようがいまいが、そんなものは関係ないだろう!」


 勢いのまま、ルーベンスはびしり、と指を突きつける。


「努力も工夫も、本人がしようと思ってしなければ、結果は出ない。その努力を! 工夫を! 誤魔化すなんて言葉で、簡単に馬鹿にするな、みくびるな!」


 そしてその指をぐっと握って拳を作ると、ルーベンスは胸を叩く。


「私のそれを。他人のそれを。何よりも自分のそれを! 卑下してまで、正当化するんじゃない!」


 熱を込めて怒鳴るルーベンスの顔には、いつの間にか純粋な怒りが浮かんでいた。

 ルーベンスは元々、実直な性格だ。真面目で、頑固で、融通が利かない嫌味な眼鏡――――というのは一部、スケットンの偏見も混ざっているが。そういう『真面目さ』を絵に描いたような人間なのだ。

 だから司祭や同僚達が行っていた悪事を実際に目にして、知って、許せないというのもあるだろう。

 だがそれだけではなく、他人の努力を否定するダイクの言葉を、ルーベンスは怒っていた。

 その怒りに、言葉に、ダイクはポカンとした顔になる。まさかそう返されるとは、思いもしなかったようだ。

 そんな呆気にとられるダイクをよそに、司祭だけは苦い顔になっていた。


「…………なるほど」


 その顔を見て、スケットンは司祭が何故、ルーベンスをアンデッド共に売った、、、のか、何となくだが理解した。

 こういう性格のルーベンスだからこそ、この計画に手を貸すことはない。むしろ知れば止めようとするだろう。

 真っ直ぐで、裏も嘘もない、馬鹿正直な人間なのである。

 そういう人間の言葉は人の心によく届く。少しでも迷いや罪悪感を感じているならば尚の事だ。

 だから司祭はルーベンスを邪魔だと判断した。ルーベンスの言葉で、教会騎士達が真っ当な判断をしてしまうと困るから。

 事実、今の言葉だけでも、司祭のずっと後ろにいる教会騎士たちは、お互いに顔を見合わせている。戸惑い、困惑、後悔、そんな感情が混ざった表情をしていた。

 だからルーベンスを排除しようとしたのだ。

 そんな事で、司祭はルーベンスを売って、殺そうとしたのである。


「くっだらねぇ」


 スケットンは小さく呟くと、魔剣【竜殺し】を片手で持ち、肩に担いだ。


「――――ナナシ、続けてだけどよ、魔力はまだ平気か?」

「ええ、問題ありませんよ。現在進行形でばっちりです」


 ナナシがそう答えると、スケットンは口元を上げた。骨の顔が夕焼けの色と相まって、不気味な笑みを作る。

 笑ってはいるが、機嫌が良いというわけではない。むしろその逆である。


「怒ってらっしゃいますか」

「そう見えるか」

「ええ、とても」


 ナナシはそう言って小さく笑った。

 スケットンは、そういえばこの間もこんなやり取りしたな、なんて事を思いながら一歩前に歩み出る。


「勇者……」


 ダイクがハッと我に返って、魔剣を構える。

 その姿に、疎らではあるが、教会騎士や傭兵達も続――――こうとした途端、足下の地面から無数の木の根が飛び出した。

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