第60話「ああ、悪いとも」


 勇者とは天災のようなものだ。

 そんな話を、スケットンは生前、勇者に喧嘩を売ってボロ負けした奴から聞いた事があった。

 その勇者というのはスケットンではない。もちろん喧嘩を売られればスケットンも買うだろうし、ボコボコにやり返すだろうが、それに限ってはスケットンより前の勇者の話だった。

 まぁ、それはそれとして。『天災のような』という表現自体は、それなりに正しいのだろうとスケットンも思っていた。


「くそ、来るのが早過ぎるだろ! 他の連中は何をやってんだ!」

「ハ、俺様を足止めしたけりゃ、もっとマシなの連れてくるんだな!」

「ンだと!?」


 スケットンの挑発に、ダイクは怒鳴りながら魔剣を叩きつけるように振う。

 太刀筋はやや感情任せな部分も否めないが、その剣はルーベンスのそれに良く似ていた。恐らく教会騎士の間で教わる剣の型なのだろう。

 隙は少ないが、動きは読みやすい。そう評価しながら、スケットンはダイクの攻撃を往なしつつ、トビアス達から離していく。

 その直ぐ近くでは、ナナシの魔法が教会騎士や傭兵達に放たれていた。


「“樹木の踊り手ドライアード”!」


 地中から跳ね上がった太い木の根が鞭のようにしなり、敵に振り下ろされる。

 その一撃で抉られる地面を見て、教会騎士達が青ざめたのがスケットンの位置からも見えた。そうして怯んだ所を、背後から忍び寄った木の根に巻きつかれ、無力化される。

 “樹木の踊り手ドライアード”とは地属性の魔法の一種だ。魔力によって強化された木の根を操り、広範囲の敵を攻撃する魔法である。

 効果自体はシンプルだが、木の根の動き全てを術者が指示し、把握しなければならない。複雑な動きをさせようとすればするほど難易度が高くなる。ついでに木がない所では使えない、という場所も選ぶ代物である。

 お得意の“炎帝の矢イグニス”ではなくこれを使っている所を見ると、世界樹の近くという事を考慮して火は避けたのだろう。

 もちろん“樹木の踊り手ドライアード”も、一歩間違えば世界樹にダメージを与える事になるのだが。

 けれども、そんな心配などないと言うように、ナナシは涼しい顔で使っていた。実際にそんなヘマはしないのだろう。

 スケットンもスケットンだが、こちらもこちらで相当である。


「いやしかし、序盤は結構、苦戦していたように思いますが」

「時間差でツッコミいれんじゃねぇっての。一瞬、何がと思ったわ」

「おや、それは失礼を」


 全く悪びれた風でなく、ナナシは謝る。

 そんな会話をしながら、スケットンとナナシはひょいひょいと敵を倒しては拘束していく。

 戦いの最中であったが、普段通りのやり取りをする勇者二人。

 その中で、スケットン達の登場に呆けていたトビアスは、ようやく我に返った。


「す、スケットンさん、ナナシさん……!?」

「おう、よく踏ん張ったな」


 短くそう言うと、スケットンは魔剣【竜殺し】を両手で構え直す。

 そして右足で力強く地面を踏むと、それを軸に大きく凪いだ。すると剣心を淡く輝かせる魔力が衝撃波となり、ダイクを後ろへ弾き飛ばす。 


「やあ、これは良いスイングです」


 ナナシが呑気にそんな感想を言いながら、木の根を操る。

 しゅるしゅると伸びた根が、宙に浮いたダイクの身体を魔剣ごと巻きつき、拘束した。


「お、ナイスキャッチ」


 それを見てスケットンが小さく口笛を吹く。

 褒められたナナシは「いやぁ照れますね」と、満更でもなさそうな顔で笑う。


「この、てめぇ離せ!」

「お断りします」


 宙ぶらりんの状態で暴れるダイクに、ナナシは律儀にそう答える。別に放っておけば良いのだろうが、性格なのだろう。


 さて、そんな中。

 ルーベンスとシェヘラザードはと言うと、ティエリ達に駆け寄って、縄を解いていた。

 スケットンとナナシの様子を見て、手伝いは必要が無さそうだったので、彼女達を開放する事を優先したようだ。


「あ、ありがとうございます……!」

「助かりました、ルーベンスさん、シェヘラザードさん」


 自由になったティエリ達は、ほっとした顔で口々に礼を言う。

 長い時間拘束されていたせいで、身体が痛そうである。


「ん?」


 その時スケットンは、その言葉の中にシェヘラザードの名前が入っている事に気が付いた。

 何故、彼女達はシェヘラザードの名前を知っているのだろうか。

 村に来た時はシェヘラザードがいなかったので、疑問に思ったスケットンは、ふっと彼女達の方に顔だけ向ける。


「何だ、お前らシェヘラザードと知り合いなのか?」

「え? あ、えっと……って、え!? シェヘラザード師匠!?」


 スケットンに聞かれ、トビアスが驚いた顔になって振り返る。

 トビアスに師匠と呼ばれたシェヘラザードは、


「はぁい! 元気そうで良かったわ!」


 と、笑って手をひらひら振った。どうやら本当に知り合いのようだ。

 そう言えば、村でもそれっぽい事を言っていた気がする。

 そんな事をスケットンが思い出していると、


「呑気におしゃべりをしながら戦いとは、勇者というのは本当に、化け物じみておりますな」


――――不意に、司祭の声が聞こえた。


 その声と同時に、青く輝く無数の水の刃が、スケットン達目がけて放たれた。水の刃はチャクラムのように弧を描き、スケットン達に襲いかかる。

 不意打ちのようなものだが、スケットンは努めて冷静に魔剣【竜殺し】を振るい、魔力の衝撃波で相殺する。

 ナナシも“樹木の踊り手ドライアード”で操る木の根を動かして、自らとトビアス、そしてティエリ達を庇った。

 スケットン達が水の刃を防いだのとほぼ同時に、拘束されたダイク達がどさりと地面に落ちる。攻撃のついでに、巻きついていた木の根を切って助けたのだろう。


「ってぇ……」


 ダイク達が呻く声が聞こえる中、勇者二人によって砕かれた水の刃が、空から雨のように降り注ぐ。その雨にナナシが掛けた属性耐性スピリットレジスト魔法が反応した。

 音を立てて蒸発する水が、霧のように辺りに漂うと、スケットンの身体から薄らと白い煙が上がった。

 聖水を浴びた時の反応である。


「こいつは……」


 どうやら水の刃には聖水が混ぜてあったらしい。

 属性耐性スピリットレジストで軽減は出来てはいるものの、先ほどよりも受けるダメージは大きい。森の中で教会騎士達が使っていたものよりも、聖水の純度が高いようだ。

 トビアス達はナナシが木の根で庇ったため、聖水の影響を受けていないのは幸いだった。もちろん霧に触れれば同様にダメージを受けるのだが。


「トビアスさん、ルーベンスさん達の所まで離れていて下さい」


 ナナシがそう声を掛けると、トビアスは頷いて、ルーベンス達の所へと走る。

 そうしていると、落下したダイク達の近く、世界樹の影からスッと司祭が姿を現した。


「よう司祭サマ、さっきぶりだな?」

「いやいや、お元気そうで何よりですよ、勇者様」


 司祭は朗らかに笑う。琥珀砦の街ベルンシュタインで、サウザンドスター教会の教えを説いていた時と変わらない笑顔だ。


「司祭様……」


 ぽつりとルーベンスが声に出すと、司祭はちらり、と彼の方に目を向ける。

 

「お前も、あのまま大人しくしておれば良かったのに」

「……ッ何故です、司祭様! あの慈悲深く優しかった貴方が、何故、このような真似をなさるのです!」


 たまらず、ルーベンスは叫ぶ。その必死な声にも、司祭は表情一つ動かさない。

 ただ一言、


「サウザンドスター教会のためだ」


 と、答えるのみだ。


「こんな事が、何のためになると言うのですか!」

「何のため? それを聞くのか、ルーベンス。お前は教会騎士として活動している中で、何も感じなかったのか? 人が何を求めているか。人が何を憂い、何に縋っているか。そして我らに何が足りないのか」


 ルーベンスは何を問われたのか分からず、僅かに首を傾げた。

 司祭は笑う。



「――――力さ。決して揺るがぬ力だとも!」

「ち、から?」


 その答えに、ルーベンスは愕然とする。

 司祭は大きく頷くと、両手を広げて、怒鳴るように語る。


「そうとも、力だ。力なき信仰に、意味などない! 祈るだけでは届かない。祈っただけでは誰も救えない、守れない。我らとて同じだ。サウザンドスター教会の力が無かった時代に、我らは何度も国に潰されかけた。だから力がいる。我らに縋る者達へ救済を、我らを阻む者に圧力を、我らにあだ名す者達への抑止力を。そのために、我々は教会騎士おまえたちを作った!」


 司祭の言葉に、ルーベンスは頭を殴られたような顔になった。

 ルーベンスにとって教会騎士とは人々を守る存在だ。

 世間からは騎士になれなかった者が、騎士と言う名前にしがみついた存在とも取られる事もある。

 実際にスケットンやナナシもそういう認識だった。

 それに対してルーベンスは憤った事もあった。だが、それでも良いとも思っていた。

 どんな立場れあれ、人々を守れるのならば、それが一番なのだ。それが教会騎士だ。

 そうであると、ルーベンスは信じていた。誇りを持っていたのだ。

 だがそれを、信じていた司祭から一蹴された。教会騎士とは『ただの力である』と言われたのだ。

 信仰のため、発言力のため、抑止力のため、圧力のため。力と言っても色々ある。だが、司祭の言う力は、ルーベンスの考えている『力』ではないと、彼は理解した。

 足元からガラガラと崩れていく。ルーベンスの顔が蒼白になった時、


「ハッ」


 と、スケットンが鼻で笑った。

 残った聖水の霧が、彼の体をしゅうしゅうと溶かす。

 されど。

 体から痛みを孕んだ煙を上げながら、スケットンは司祭の言葉を笑い飛ばす。


「圧力? 抑止力? 要は数の暴力じゃねぇか。お綺麗な言葉で飾ってんじゃねぇよ。そういうのは、弱ぇ奴のやる事だ」

「勇者様のように、一個人が化け物レベルと一緒にしないで貰いたいですな」

「当たり前だ。この俺様と、てめぇらを一緒にするんじゃねぇよ」


 不敵に、大胆に、スケットンは笑う。

 

「分かってねぇだろ。分かってねぇよな、司祭サンよ。てめぇらがやっている事は、てめぇの言う化け物と同じレベルだぜ」


 スケットンの言葉に司祭は眉一つ動かさない。

 彼の言葉は司祭に微塵も届いていない。否、最初から司祭は耳を貸すつもりなど毛頭にないのだ。

 そんな司祭に向かって、ナナシも言う。


「光の女神オルディーネは、我々の行いを見ていらっしゃいます。ゆえに、我らが自らを律し、光の女神オルディーネへ心からの祈りを捧げる事が、我々を救う唯一で最大の方法なのです」


 かつて司祭が言っていた言葉だ。

 ナナシがそれを一字一句覚えている事に、スケットンは感心した。


「行いを、見ていらっしゃるのではないのですか。自らを律するというのは、こういう事を指すのですか」

「律しているとも。――――女神が助けてくれるなどという幻想に縋らぬように自らを律し、戒めているではありませんか」

「司祭、様……」

「光の女神オルディーネは、確かに我々の行いを見ていらっしゃる。だが女神は、見ているだけだ。どれだけ祈っても、どれほど祈っても、如何様に祈ろうとも! 何の手も貸しては下さらない! これほどに我らが想っているにもかかわらずだ! だから我らは自らで動くのだ!」

「手前勝手な理由で、他人を都合よく利用してんじゃねぇよ! 信仰なんて言葉で全部ひっくるめて、誤魔化しているだけじゃねぇか!」


 スケットンが怒鳴り返す。話は平行線だ。話し合いになどならない。

 お互いが言葉をぶつけ合っているその中で、


「――――それの何が悪ィんだよ」


 と言って、ダイクが魔剣を構え、司祭を庇って前に出た。

 据わった目がギロリと光り、スケットンとナナシを睨みつける。


「世の中は理不尽だ。クソみてぇに不公平だ。生まれの違い、才能の違い、そんなもん吐き捨てるくらいある。持ってる奴だけが、持てる奴だけが、苦労もせずに遊んで、楽しんで――――生きるんだ。俺達みたいにクソみてぇなスタートの連中が、そいつらと同じモンを手に入れようとするなら、誤魔化す、、、、くらい当たり前だろ。誤魔化す、、、、ために皆努力してんだよ。工夫してんだよ、それの何が悪ィンだよ、勇者サンよ」


 ダイクの言葉はただの詭弁だ。

 持てる奴、持っている奴。ダイクが指しているのはスケットンであり、ナナシであり、ティエリ達だろう。

 だが別に、誰しもが簡単に色々が出来るようになった訳ではない。どんなに才能があっても、学ぼうとうする意志がなければ始まらない。

 彼の言葉で唯一正しいとすれば、それは――――学べる環境があるかどうか、である。

 生まれ、身分、財産、権力。ひっくるめて言えば、それは力だ。ダイクや司祭が言っている力とは、そういう前提の力の事だ。

 確かに。

 確かにスケットンは、それなりに裕福な家に生まれた。ティエリ達もだ。ナナシは記憶がないので分からないし、シェヘラザードの事などスケットンはもっと知らないが、魔法を学べるだけの環境にあった事は事実だろう。

 それを『持っている』とするならば、スケットン達はそう、、だ。

 だから一瞬、言葉に詰まった。それは違うと、はっきり否定する事が躊躇われた。


――――その中で、一人だけ、反論した人物がいた。


「ああ、悪いとも」


 顔色の悪さを引き摺ったままの、ルーベンスである。

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