第64話「助けを求められたら、助けるのが勇者です」
スケットンは倒れたダイクを一瞥した後、周囲に目をやった。
木の根に拘束された教会騎士と傭兵はそのままだが、先ほどまでそこにいた司祭の姿はなかった。
恐らく、あの騒ぎの中で逃げたのだろう、とスケットンは思った。
司祭はダイクをそそのかしたにも関わらず、一切の援護をしなかった。最初から逃げるつもりでいたのだろう。
理想を口にしても、他者を利用して、己の保身に走る。スケットンが嫌うタイプの人間だ。
もちろんダイクらの所業も許しがたいものではある。だが、それでも同時に、利用され捨てられたその様だけは哀れでもあった。
スケットンは周囲を捜索するか、とも考えたが、何にせよ相手は一人きりだ。
司祭一人が逃げたところで、これだけの状況証拠が残っているのだ。サウザンドスター教会は、犯した罪からは逃れる事は出来ないだろう。
もしかしたらオルパス村を襲うかもしれないが、あちらは自由になった村人たちがいる。ナナシお墨付きの魔法使いの双子もいるし、シェヘラザードも人質さえいなければ村人たちは大丈夫だと言っていた。
ナナシもシェヘラザードも、
それに、村人はスケットンたちが向かった場所を知っている。もし村が襲われて自分たちだけでの対処が難しい場合は、救援を呼びに来るだろう。
「……御粗末なもんだ」
スケットンはそう独り言つ。
オルパス村付近の世界樹を狙った事といい、その手順といい、どうにも粗が多い。
今まで怪しいとは思われていても、証拠を残さなかったサウザンドスター教会のやり方としてはあまりにボロボロで、どうにもスケットンは府に落ちなかった。
オルパス村の村人たちに自分たちの所業がバレても構わない、という所が特に。そもそもドラゴンゾンビを狙った時点でアウトだ。
スケットンたちが来たから失敗した、とも考えられなくもないが、スケットンたちが来なくても、彼らの行動自体はバレてはいただろう。
その部分が不可解で、不気味であるとスケットンは思った。
しかし、こうして考えていたところで、答えは出ない。
とりあえず動きながら頭の中を整理しよう、そう考えたスケットンは、ダイクの方へと歩いた。
ダイクの身体は、魔剣【魂食い】の炎によって、酷い火傷を負っていた。その中でも、魔剣を持っていた右手のそれは一際酷い。
だが、まだ息はあるようだ。
スケットンは、痛みに呻くダイクの手から、魔剣【魂食い】を引き離す。魔剣特有の抵抗もなく、するりと外す事が出来た。
おや、と思ってよく見れば、魔剣の魔力が消え
ナナシとシェヘラザード渾身の魔法、“
普通の剣などと違って、魔剣や聖剣はある意味『生きている』と言っても等しい。
そして何らかの要因によって、その内に秘めた魔力が失われることで死ぬのだ。そうなればナマクラ以下である。
スケットンが少し力を加えると、魔剣【魂食らい】は薄氷のようにあっさりと折れた。
そうしていると、
ナナシはダイクの隣に膝をつくと、手のひらを彼に向ける。
すると、ナナシの手の周りが、淡く光始めた。詠唱や
それを見て、ナナシと同じような行動を取っていた魔法使いの事を、スケットンは思い出した。
(確か、昔会った魔法使いが、魔力を流してどうのって言ってたっけか)
正確には、相手の身体に微弱な魔力を流す事で、魂の状態を確認する、というものだ。
いわゆる生存確認に使われる
これは魔法使いなら大体は出来るし、多少なりとも魔力を持っていれば誰でも使える、割とメジャーなものであった。
「どうだ?」
「肉体と魂、両方のダメージが深いですね」
スケットンが尋ねると、ナナシはやや苦い声で、そう答えた。
ダイクの怪我のほとんどは魔剣【魂食い】によるものだ。
だが、ダイクと同じように魔剣【魂食い】の炎で焼かれた周囲の土や植物は、ナナシとシェヘラザードの魔法によって蘇り、焼かれる前よりもずっと生命力に満ちている。
これは最高位クラスの魔法である“
けれどダイクの怪我は治ってはいない。
魔剣【魂食い】に深く浸食されていたため、そちらと同じ、魔法に見なされたのだ。だからこそ火は消えたが、その傷は癒える事はなかった。
それに“祝福”の魔法は、過去のものには効果が薄い。一日、二日ならまだしも、ひと月、半年、一年と、遡るにつれて効果は発揮しなくなる。
ダイクが魔剣を持ってどれだけ経つか、それを知る者はこの場にはいないが、少なくとも、ここ数日の事ではないだろう。
「死に……たくねぇ……嫌だ、嫌だ、俺はまだ……まだ……」
痛みに朦朧とする意識の中でダイクは呻く。その喉からは、もはや掠れた声しか出ない。
それを聞いて、都合の良い台詞だと、トビアスが殺気立った。憤るトビアスの様子を察知して、スケットンとナナシが僅かに反応する。
彼の怒りは当然である。ダイクがやった事は、許されるものではない。
だが――――。
「だったら! どうして
その時、ルーベンスがダイクに詰め寄った。悲痛な表情だ。
「認められてる……てめぇにゃ、分からねぇよ……」
ダイクは視点の定まらない目を空に向け、途切れ途切れに言う。
「生まれた時から、決まってんだよ……ダメな奴は何したってダメだ……何をやっても、何をしても、何も、残っちゃくれない……司祭様のおかげで、ようやく……ようやく手に入れたと思ったのに……ようやく……」
血を吐くような言葉だ。
悔しさによるものか、痛みによるものか、ダイクの目に涙が競り上がり、目尻から伝う。
「……嫌だ、嫌だ……死にたくねぇ……何も残らねぇまま……何の意味もねぇまま……死ぬのは、嫌だ、嫌だ……ああ、嫌だ…………助けて……」
――――助けて。
その言葉に、ナナシがピクリと反応した。
そして弾かれたように鞄から
一体何を始めたのか。その場にいたほとんどの者達はそう思った。
だが、スケットンだけは、すぐにその行動の意図を理解した。
ナナシはダイクを助けようとしているのだ。
「ナナシ」
「助けを求められたら、助けるのが勇者です」
敢えて問いかけるように名前を呼ぶと、ナナシはそう答えた。
だろうな、と思いながらスケットンは小さく息を吐く。
「相変わらず、お人好しなこった」
「そうですね。でも、スケットンさんだってそうじゃないですか」
「あん?」
「斬ろうと思えば、斬れたでしょうに」
そう言われて、スケットンはぐっと言葉に詰まった。
戦いの最中、スケットンはダイクを斬ろうと思えば斬れたはずなのだ。
けれどスケットンはそうしなかった。命を奪わないギリギリで加減をして戦っていたのだ。
生かすより、生かさずに戦った方が、ずっと簡単な事なのに。
ナナシに見透かされたような気になったスケットンは、とても嫌そうに骨の顔を顰めたあと、呆れたような素振りで息を吐く。
「――――で?」
「今は魂と体力が枯渇している状態です。
スケットンに促され、ナナシは簡潔に説明する。
その言葉に希望を見出したかのような顔で、ルーベンスが食いついた。
「助かるのか!?」
「三割です。光の女神様にでも祈っていて下さい」
「上々だ!」
淡々と答えるナナシに、ルーベンスは力強く言う。
ルーベンスは同僚であったダイクを、司祭のように切り捨てる事が出来ないのだろう。本当にお人好しな奴らだと、スケットンは思った。
「祈るより先にやる事あるだろ」
「え?」
「だぁーから、
「あ、ああ! そうだな!」
ルーベンスは驚いた顔で頷いた。ナナシはともかくとして、スケットンが協力するような事を言ったのが意外だったのだろう。
事実、スケットンは加減こそしたが、助けるつもりはなかった。と、言うより、助けられるとは思っていなかった。
だが、ナナシが助けると言って、その具体的な方法を提示した。その確率が三割だとしても、この状態で三割ならばマシな方である。
スケットンはダイクの生死にはさほど興味はないが、助かるならば、助けた方が良いとは思った。
その方が、サウザンドスター教会の所業を証言する人数が増える。魔剣【魂食い】を与えられていた所からも、ダイクは世界樹関係の事件の多くに関わっているはずだ。
だから助ける。それだけの話である。
それは助けると言った、ナナシも同じだろう。
同情でも憐みでもない。
ダイクが助けを求めたから、ナナシは助けようとしているだけだ。
それ以上でも、以下でもないのである。
けれど。
「助けるって……その人は、じっさまやお嬢様たちを襲った人です! そんな人を助けるんですか!」
それを遮ったのは、信じられないという顔をしたトビアスだった。
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