第55話「良いも悪いも、道理も矛盾もおかまいなし」


「お前らは確か双子の……何つったっけ?」


 現れた双子の顔を見て、スケットンは腕を組んだ。

 エリ何とかと、マ何とか。そこまではスケットンも思い浮かべられたが、それ以上は出てこない。

 名前よりも『双子』という言葉と、そっくりな顔の印象が強かったので、うろ覚えになっている。

 思い出そうと頭を捻るスケットン。ナナシはそんな彼を見て、助け船を出した。


「エリザさんとマティアスさんですよ」

「あー、そう言えばそんな名前だったか。お前、一度聞いただけでよく覚えられたな」

「一度聞いただけで覚えられないのか、君は」

「顔は覚えてんだから良いだろ」

「そうですねぇ。でも、名前は名前で、大事だと思いますよ」


 フン、と鼻を鳴らすスケットンに、ナナシはくすりと笑ってそう言った。

 名前は大事。そう言うナナシの名前も、そう言えば知らないな、とスケットンは思った。

 もっとも、本人が記憶喪失だからというのもあるが。


(どういう名前してたんだろうな)


 彼女自身が適当につけた『ナナシ』という名前が定着しつつあるが、それはそれで記憶が戻って名前が分かった時にややこしい事になりそうである。

 その時に、どちらで呼べば良いのだろうか。

 どちらで呼んでも問題なく反応しそうだな、なんて事を考えながら、スケットンは双子に意識を戻した。


 さて、スケットン達に声を掛けて来たこの双子。

 ナナシが教えてくれたが、エリザとマティアスという名前の魔法使いだ。

 オルパス村で、スケットン達を結界で捕縛しようとした二人である。


「私達の名前よりも! あ、あの、お嬢様達を見ていませんか!?」


 双子は青い顔でそう言った。

 お嬢様達、と言えば、ティエリと、彼女の両親の事だろう。

 スケットンが「言われてみれば」と、村人達を見たが、その中に彼らの姿はなかった。念のため、先ほど倒した傭兵達の方も確認したが、それらしい姿はない。


「ぶっ飛ばした傭兵の中にはいなかったが」

「いたらいたで大問題ですよ」

「お前も景気よくぶっ飛ばしていたじゃねぇか」

「いやぁ、無意識の産物ですね」


 二人の会話にルーベンスは呆れた顔になる。

 説教の一つでも飛んできそうな表情だが、さすがにルーベンスだけは空気を読んで話を戻した。 


「私の方も見なかったが」

「なら、やっぱりあいつらに連れていかれたんだ……」


 エリザが口に手を当て、言う。あいつら、と言えば、ダイク達の事だろう。

 スケットンは確認するように「ダイク達だな」と言うと、双子は揃って頷いた。


「はい。あいつら、お嬢様達を人質にして、じっさまに結界を解かせたんです」

「ふーん。まぁ、そうね。その状況なら、あの竜は解くでしょうね」


 双子の言葉に、何故かシェヘラザードがしみじみと言った。


「その人質がここにいねぇとなると、そのまま世界樹に連れていかれたってことか」

「そうですね。恐らく、世界樹の結界を、再度張らせないためでしょう」


 ナナシが頷いた。

 だから他の村人同様に、オルパス村には置いておかなかった。念には念をという事だろう。

 何とも、変な所で細かい連中だとスケットンは思った。


「……ん?」


 その時ふと、スケットンは彼らの言葉にも、村人の中にもいない人物に気が付いた。

 トビアスである。先ほどからトビアスの姿も話題も全く出てこないのだ。 


「そう言えばよ、トビアスはどうした?」

「トビアスは……捕まる前に、お嬢様が魔法で遠くへ弾き飛ばしたんです」

「弾き飛ばした?」

「はい。あの教会騎士の一人が、トビアスに対し、酷く当たっていて」

「それでトビアスを守るために、お嬢様が魔法で」


 双子の言う教会騎士とは、十中八九ダイクの事だろう。

 最初に出会った時も、ダイクはトビアスに対し、憎しみのような感情をぶつけていた。


「なるほど、良い判断だ」


 話を聞いたルーベンスは、ほっとした顔でそう言った。


「何かあるのか?」

「ああ、ダイクはアンデッドを憎んでいる」

「憎む? 嫌うじゃなくてか?」

「似たようなものだ。あいつ自身から聞いたわけではないので、私も詳しくは知らないが、ダイクはアンデッドに家族を殺されているらしい」


 家族をアンデッドに。

 今の世の中では良くある話だし、こうなる前でも良くある話だった。

 だが、憎む動機としては十分だ。

 しかし。


「そいつはトビアスがやった訳じゃねぇんだろ。それに、矛盾してるじゃねぇか。アンデッドを憎むなら、どうして司祭を止めない?」


 そう、矛盾なのだ。

 アンデッドを憎むならば、普通に考えれば、世界樹を引っこ抜いてアンデッドを増やすような事に加担するはずがない。

 なのにダイクは知った上で協力しているのだ。

 アンデッドは憎むくせに、進んでアンデッドを増やしている。矛盾この上ない行動だった。


「それは私にも分からないが……あいつは司祭様に随分、恩を感じているようだった」

「訳が分からねぇ」

「あら、別に、おかしな事なんて何もないでしょ?」


 そう言って、シェヘラザードは首を傾げ、話を続ける。


「人間っていつもそうじゃない。何かあれば魔族が悪い、魔族のせいだって、ひとくくりにして襲ってきたもの。良いも悪いも、道理も矛盾もおかまいなし。感情優先で、そういうの、、、、、に区別ついてないんでしょ」


 シェヘラザードにしては、トゲのある言葉だった。

 普段の親しげな言葉とは違う雰囲気に、スケットンは少し驚く。

 だが、良く考えればシェヘラザードも魔族である。人間と魔族は、ずっとお互いを憎み合っていたのだ。そういう態度を見せないからと言って、遺恨の一つくらいは持っていてもおかしくはない。


「へぇ? じゃあ、魔族は違うってのかい?」

「ううん、同じよ。違うのに、おかしいわよね」


 肯定も否定もせずにスケットンが聞き返すと、シェヘラザードは苦笑した。どこか寂しそうな笑顔である。

 そんなシェヘラザードを見て、ナナシは何を思ったか、彼女の頭をその手で撫でた。シェヘラザードはびっくりした顔でナナシを見る。

 ナナシはシェヘラザードににこりと笑うと、スケットン達の方へと顔を戻した。


「まぁ、それはそれとして。弾き飛ばしたくらいで、トビアスさんが諦めるとは思えません」

「だろうな。どこまで行ったか知らねぇが、直ぐに戻って来ようとするだろうよ。あいつが世界樹の様子に気付かねぇと良いんだが」

「結界は魔力の類ですからね。あれだけ大きい物が消えれば、吸血鬼であるトビアスさんなら、察知しているかと」

「手遅れになってねぇといいが。つーか、話している場合じゃねぇな。急ぐぞ」

「はい」


 言うが早いか、走り出す二人に、ルーベンスは慌てて手を向ける。


「ま、待ちたまえ! 村の方はどうするんだ?」

「あら、別に大丈夫じゃない? ここの人間達なら、武器さえあれば、ちゃんと自衛できると思うわよ」

「え?」


 しかし、答えたのはシェヘラザードだった。

 先ほどのじっさまの事といい、今といい、どうやらこの村の事を知っているらしい。

 もっとも封印されていた期間があるので『今』の話ではないだろうが。

 それでも心配そうなルーベンスに、ナナシが言う。


「今は村の中には人質もいませんし、そもそもが離れれば、普通に戦えると思いますよ。双子さんはなかなか腕の良い魔法使いです。私が保障しますよ」

「はい、大丈夫です! ご迷惑をおかけしてばかりで、本当に申し訳ないですが、どうかお嬢様達をお願いします!」


 勇者で魔法使いのナナシにお墨付きを貰った双子は、力強く答えた。村人達も「大丈夫です!」と頷く。

 その姿に、ルーベンスも納得がいったようだ。 


「…………くれぐれも、気を付けてくれたまえ!」

「はい!」


 ルーベンスは双子達にそう声を掛けると、スケットン達を追いかける。ならあたしもと、一緒にシェヘラザードもついて来た。

 そんなルーベンスに、スケットンはちらりと視線だけ向けて、からかう素振りで遠まわしに身体の調子を聞く。


「ルーベンスは残った方が良いんじゃねぇの。戦えるのか、そんなんで」

「無論だ。足手まといでついて行くなど、そこまで考えなしではない! それに教会騎士のやり方なら、私が一番、良く知っている」

「まぁ、ご無理せず」

「あたしががんばっちゃうから、安心して頼ってくれていいわよ!」


 ナナシはいつも通りに、シェヘラザードはやる気満々に。

 意気込みはともかくとして、その言葉の内容に、ルーベンスは微妙に複雑な顔になった。

 だが、まぁ、ひとまず身体の方は大丈夫そうである。

 それならば良いかと、スケットンは空洞の目を再び前に向けた。

 目指す世界樹までは、全力で走れば十数分ほどで着く。


(間に合うと良いが)


 そう願いつつ、スケットンは力強く地を蹴った。

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