第54話「用法と容量を守って正しく使わないと、大変な目に合うの」


 勇者二人の大立ち回りが終わったのは、それから十数分ほど経った後の事だった。

 砂埃が舞うオルパス村の広場には、あちらこちらに、ボコボコに伸された傭兵達が倒れている。その中に、スケットンとナナシが立っていた。

 傭兵相手にさんざん暴れ回ったおかげで、色々発散出来たのだろう。二人はそれぞれに、とてもすっきりとした顔をしていた。勇者と言えど、縄でグルグル巻きにされたり、手枷で魔法を封じられたりすれば、それなりにストレスは感じるのだ。


 それはさておき、ひとまずオルパス村の中にいる傭兵達は、これで粗方片付いたようだ。

 誰も向かって来なくなったのを確認すると、スケットンはひょいひょいと倒れた傭兵達の間を歩いて、ある場所へ向かった。


「あった、あった。お帰り、俺の魔剣ちゃん!」


 そう、広場に放置されていた魔剣【竜殺し】の所へ、である。

 スケットンは頬ずりしそうな勢いで、はっしと魔剣を抱きしめた。


「さすがに魔剣に手は出せなかったようですね」

「まぁ、他人の魔剣に手を出して、持てない、だけで済めば良い方だからな」


 持ち主以外を拒む――一部、例外はあるが――魔剣の性質が、良い方向に働いたのだろう。魔剣らしきものを持つダイクがいるなら、それについて知っていてもおかしくなはい。

 もしかしたら、回収自体は試みたかもしれないが、こうして残っている所を見れば、その結果は明らかである。


「さて、武器も取り戻したし。親玉の所へ殴り込みに行くとするか」

「そうですねぇ。ルーベンスさんとシェヘラザードさんはどうします……って、おや?」


 そう言いながらナナシが二人がいた場所を振り向くと、そこにはシェヘラザードしかいなかった。


「ちょうど良いので村の様子を見て来るって言ってたわ。……あ、ほら、戻って来た」


 のんびり観戦していたシェヘラザードは、村の奥の方を指差した。

 スケットンとナナシが顔を向ければ、そこには村人達を誘導したルーベンスの姿がある。村人達は多少の怪我はしているようだが、動けないほど酷い者はいないようだ。見た目だけならルーベンスの方が、よほど怪我人のそれである。


「いねぇと思ったら、良い仕事してるじゃねぇか」

「ルーベンスさん、やりますね」

「君達が見張り諸々を引き離してくれたおかげで、簡単に解放出来たぞ」


 二人に褒められて、ルーベンスはニヤリと笑う。

 スケットンとナナシが暴れている間に、その混乱に乗じて村人達を助けてきたらしい。

 ルーベンスによると、村人達は縄で縛られて、それぞれの家の中に放り込まれていたそうだ。まとめておけば見張りは楽だが、協力して逃げようとされると厄介だから、という事らしい。


「協力して逃げられるほど、戦力がアレなのか、こいつら」

「平均的のような気もしますが」

「あんた達って、相変わらず揃って失礼よね」


 二人のやり取りに、シェヘラザードがそう言うと、ルーベンスが同意するように力強く頷いた。何気ない一言は、人の心を容易く抉る。経験者ルーベンスの目は、そんな言葉を物語っているかのようだった。


「まぁそれはともかく、この人達はどうしますか?」

「牢屋に放り込んどけって言いてぇ所だが、肝心の牢屋がねぇんだよな」

「君達が吹き飛ばしたからな」

「吹き飛ばしたのはシェヘラザードだろ」

「頼んだのはスケットンさんですけどね」


 流れるような責任のなすりつけ合いを聞いていたシェヘラザードは、くすくす笑ったあと、


麻痺パラライズの効果のある魔法とか、薬とか掛けて、縄で縛っておけば良いんじゃない?」


 と提案した。その言葉に、ナナシは目を瞬くと「それは良いですね!」とパチリと両手を打って鳴らした。

 そうして直ぐに麻痺パラライズの魔法を完成させると、彼女の両手からパチパチと弾ける光の粒が現れ、傭兵達に向かって行った。


「…………見た目が、意外と地味だな」


 それなりの頻度でナナシの魔法を見ているスケットンは、思わずそう言った。

 そう、はっきり言って、地味なのだ。“炎帝の矢イグニス”などと比べると、見た目の派手さも、威力もない。

 見た目と効果は必ずしも同じではないが、それでもやはり、ナナシが使えば多少なりとも派手なものが出て来るとスケットンは思っていた。だから少し意外だったのだ。


「まぁ、状態異常だけ、、で済ますなら、意外と見た目は地味なんですよ」

「そうなのか?」

「ええ。これ、威力を調整しているので、そう見えるんです。攻撃魔法の感覚で使ったら、心臓が止まりますよ」

「さりげなく即死級の魔法に昇華していないか!?」

 

 ルーベンスがぎょっと目を剥いてナナシを見る。だがナナシは涼しい顔で、


「良くも悪くも、体に影響のある魔法なんて、大体そんなものですよ」


 と、肩をすくめた。シェヘラザードもピンと人差し指を立てて、彼女の言葉を補足する。


「薬と一緒。用法と容量を守って正しく使わないと、大変な目に合うの」

「あーあれか。回復薬は命の前借り的な」

「そうそう」


 スケットンは納得して頷いた。

 回復薬然り、魔剣然り。どんなものにも、良い面と悪い面がある。要は魔法もそうである、というだけの話なのだ。

 その話を聞いたルーベンスは、神妙な顔で顎に手を当てた。


「魔法とは……思っていたよりも怖いものなのだな」

「ええ。特に魔法絡みは、物によっては危険です。ですから、ちゃんと使い方と効果を知らないと、命を落としますので」

「気合いで生きている割には、結構頭を使ってんだな」

「引っ張りますね」


 スケットンの言葉に、ナナシは苦笑する。相変わらずスケットンの頭の中では『魔法使い=気合い』の図式がしっかりと残っているようだ。


 さて、四人がそんな会話をしていると、


「あ、あの!」


 と、村人達の中から声が上がった。揃った男女の声である。

 スケットン達が声の方へ顔を向けると、そこにはティエリと一緒にいた双子の魔法使いの姿があった。

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