第53話「やだー褒めても何もでないわよう!」


 格子窓から差し込む光とは比べ物にならないほどの眩しい光。

 その中で、朝焼け色の淡い髪をふわりと魔力の残照で輝かせ、シェヘラザードは降り立った。

 浮かべているのは満面の笑顔だ。大騒ぎをしていた印象が強かったが、こうして見ると綺麗なもんだな、とスケットンは思った。その感想はルーベンスも同様、もしくはそれ以上で、ぼーっとした顔をしてシェヘラザードの姿に見惚れていた。


「だ、誰だてめぇ!」


 だが、そんな中で、いち早く落ち着きを取り戻したのは傭兵だ。

 どんなに幻想的な状況であろうと、ここは牢屋で、自分はスケットン達と敵対している。その目の前で、スケットン達に親しそうに笑顔を向ける人物が現れれば、警戒するのは当然だ。

 何故ここにとか、どうやってとか、そういう疑問を傭兵は捨てて、シェヘラザードに手を伸ばす。

 だが、それよりもスケットンの言葉の方が早かった。


「ナイスタイミング! 牢屋ごと吹っ飛ばせ、シェヘラザード!」

「にゃ!? うん!? 分かった!」


 即答である。言葉の物騒さに、ルーベンスは我に返り、目を剥いた。

 牢屋ごと。

 ぶっ飛ばせ。

 言葉から察するに、碌な事にはならない。ルーベンスは大慌てで制止の声を上げる。


「ま、待て! ぶっ飛ばすって、おい待てまさか――――」

「はい、ブチスラ、お疲れ様です。こっちに来て下さいね」


 焦るルーベンスとは正反対に、ナナシは呑気な事をいいながら、ブチスラを腕に抱きかかえた。ブチスラはぴょこんと彼女の腕に飛び込むと「ひと仕事終えてやったぜ!」というように、体を震わせた。

 さて、そんな中。スケットンの頼みを良く分からないまま聞き届けたシェヘラザードは、右腕を上げる。シャラン、と腕のブレスレットが澄んだ音を鳴らすと、彼女は高らかに叫ぶ。


「“竜の暴風テンペスト!”」


 呪文スペルと同時に、シェヘラザードを中心に、ぶわり、と強い風が巻き起こる。

 それらは器用にスケットン達だけを避け、建物に、傭兵に、猛々しくぶつかり、破壊した。内側から吹き飛ばされたその全ては、オルパス村のあちらこちらに、矢のようには飛んで行く。

 響く振動、落下音。村の中では傭兵の悲鳴が響き、森の方では鳥が逃げていく。そして残ったのは、僅かな瓦礫と、鉄格子だけだった。


「うーん、さすがですねぇ」


 ナナシは感心して言うと、スケットンも「ヒュウ」と、骨の顔で器用に口笛を吹いた。

 触媒使用による簡略化、さらにはナナシの【レベルドレイン体質】。

 その二つのマイナス要素があるにも関わらず、この凄まじい威力である。シェヘラザード本人のスペックが、いかに高いか良く分かる。


「良くやった、褒めて遣わす」

「褒められたわ! ちょっと偉そうだけど!」


 スケットンが褒めると、シェヘラザードが嬉しそうに飛び跳ねた。

 何だか和やかな三人とは正反対に、ルーベンスだけは両手で顔を覆って、


「…………類は友を呼ぶのか」


 なんて事を呟いた。無理もないだろう。

 さて、まぁ、それは置いておいて。

 とにもかくにも牢屋を脱出した三人はそれぞれ、シェヘラザードに拘束状態を解いて――拘束されていたのはスケットンとナナシだが――貰うように頼んだ。


「あー、思いっきりグルグル巻きにしやがって、あの野郎」


 ようやく自由の身になったスケットンは、ぐるぐると腕を回しながらそう言った。それなりの時間拘束されていたので、体の関節がゴキゴキと鳴っている。


「ええ、スッキリしました」


 続いて手枷を外して貰ったナナシも、両手を振って頷いた。

 そんな二人を見てシェヘラザードは、地面に手枷をポイッと捨てて、呆れた顔になる。


「“移動魔法テレポート”で到着したと思ったら牢屋だもの、びっくりするじゃない。 もー、アンタ達、また何かやったの?」

「またも何も記憶にねぇわ、ねつ造すんじゃねぇ。そういうてめぇこそ、何かやらかして来たんだろ」

「ええ! あいつをぶっ飛ばしてきたわ!」


 スケットンに言い返された、シェヘラザードは元気よく答えた。

 彼女の返答にスケットンとナナシが、やってしまったのか、という顔になる。二人を見て、ルーベンスだけは良く分からないように首を傾げた。


「あいつとは?」

隣国ヴェルソーの王様ですかね」

「は!?」


 ルーベンスが目を剥いた。理解が追いつかないのだろう、頭を抱えて「意味が分からん、もう嫌だ」などと言っている。

 ナナシの腕の中にいたブチスラは、そんなルーベンスに「かわいそうに……」というような眼差し(?)的な何かを向けていた。どこに目があるのかは分からないが。

 まぁそれはともかく、シェヘラザードはどうやら宣言通り、隣国に行って魔王を倒した勇者をぶっ飛ばして来たらしい。


「個人を故人にしなかったのか?」

「ぶっ飛ばすだけって言われたもの」


 シェヘラザードは「ちゃんと守ったのよ!」と、えっへんと胸を張った。


「シェヘラザードさん、えらいです」

「えへへ」


 ナナシに褒められ、シェヘラザードは頬を赤らめる。

 そして、両手の中指と中指をトントン、と合わせながら、


「それに……それに、だって、赤ちゃんかわいかったもの。奥さんもとっても優しそうな人だったもの。幸せそうだったもの。だから、それだけ。ぶっ飛ばすくらいならいいでしょ?」


 そうして、シェヘラザードは少しだけ困ったような顔で笑う。

 慈しむように細められた目は、ほんの少しだけ寂しさは混ざっていたけれど、誰かの幸せを祝福するものだった。

 綺麗な笑顔だと、スケットンは思った。だからスケットンは、


「へえ? 何だ、意外と良い女なんだな、お前」


 なんて事を言った。素直にそう思ったからだ。

 スケットンに褒められたシェヘラザードは、


「え!? そう!? そう!? やだー褒めても何もでないわよう!」


 なんて、でれでれ笑いながら、その肩をバンバン叩く。

 見かけによらず強い力に、スケットンは前のめりになる。


「前言撤回する」

「ええー!?」


 スケットンが半眼になって睨むと、シェヘラザードは「横暴だわ!」なんて言いながらナナシの背中に隠れる。

 盾にされたナナシだったが、特に不快でもないらしく、むしろ楽しそうににこにこ笑った。


「ところで」


 和やかな会話の中、黙っていたルーベンスがそう切り出した。

 三人分の視線が彼に集まる。


「君達、そろそろ周囲を見て見ないか」


 ルーベンスは言いながら、周りを指差した。見れば、騒ぎを聞きつけた傭兵達が、わらわらと集まって来る所だった。


「準備運動にはちょうど良いな」

「私も魔力調整にちょうど良いです」


 スケットンは拳をポキリと鳴らすと、ナナシもパン、と両手を鳴らす。

 集まって来た傭兵はそれなりの数だが、勇者二人にかかれば大した問題ではないらしい。

 いい加減、ルーベンスも慣れてきて、苦笑した。

 そう、数など大した問題ではないのだ。

 スケットンは悪人のようにニヤリと笑うと、


「じゃあ、ちょっくら付き合いなァッ!」


 なんて掛け声と共に、傭兵達へと殴りかかった。

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