第52話「常々思っていたが、君は沸点が低すぎやしないか?」


「ちょっとした手?」

「ええ」


 ナナシはスケットンの言葉に頷くと、鉄格子の方へとスススと近寄った。

 そして冷たいそれを両手で掴むと、顔を近づけて、何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回している。

 スケットンはナナシが何をしようとしているのかイマイチ良く分からなかった。だが、いつもの調子で茶化す言葉も思い浮かばなかったので、首を傾げてその様子を見守る事にした。


「あ、あったあった」


 少しして、ナナシが声を弾ませる。どうやらお目当ての物を見つけたようだ。

 彼女の視線を辿っていけば、牢屋から少し奥の小部屋に辿り着いた。恐らくそこが牢屋に収監している者達を監視するための部屋なのだろう。

 その小部屋の中央には簡素なテーブルがあり、その上にナナシの鞄やスケットン、ルーベンスの持ち物が置かれているのが見えた。

 牢屋に放り込まれる前に取り上げられたものだ。だが、特に手を付けられている様子はない。どうやら忙しくて、中身を確認する暇もなかったようだ。


「すみません、どなたかいらっしゃいますかー?」


 ナナシはわざとらしく声を張り上げ、呼びかける。

 そして待つ事、数秒。何の反応もないので、確認するようにもう一度ナナシは同じように呼びかけた。

 だがやはり反応はない。部屋の中からは人の声も、物音一つ聞こえては来なかった。

 誰もいないようだ。


「ご不在と」

「何か軽く見られてるようでムカツク」


 スケットンは不満そうに口を尖らせた。

 いくら戦えないようにしてあるとは言え、牢屋の中に放り込まれているのは勇者が二人に教会騎士が一人である。

 誰も見張りをつけないとは、さすがに不用心過ぎる、なんて事をスケットンが思っていると、


「常々思っていたが、君は沸点が低すぎやしないか?」


 と、ルーベンスに呆れ顔でそう言われた。

 それに対してスケットンは「ケッ」と悪態を吐く。


「べっつに、言いたい事を我慢したってしょーがねーし? お前らは我慢し過ぎなんだよ。もっと言いたい事を言えばいいのに、お優しいこった」

「言わないのが優しいとも限りませんけどねぇ」


 ナナシはそう言うと、再び鉄格子に張り付く。

 そして小部屋――――と言うより、自分達の荷物に向かってこう、、呼びかけた。


「ブチスラ、出てきて大丈夫ですよ」


 ナナシがそう言うと、彼女の鞄がもぞもぞ動き出す。

 少しして、斑模様のスライムがひょっこりと顔を覗かせた。

 それを見てスケットンが空洞の目を瞬かせる。


「ああ、そう言えばあいつの存在をすっかり忘れてたわ。……つーか、コート脱いだのアレが理由か」

「ええ、アレが理由です」

「調べられたらアウトではなかったのか?」

「まぁ、あいつ、意外と素早いからな。上手く逃げるんじゃね」


 そんな会話をしていると、鞄の入り口でブチスラが「ご用件をヘイカモン」みたいな雰囲気で、体を震わせる。

 ナナシは頷くと、


「私の鞄の中から、ヘアピンを持ってきてください」


 と言った。


「ヘアピン? 何に使うんだ、そんなもん」

「ルーベンスさんに鍵開けピッキングして貰おうかと」


 スケットンの問いに、ナナシはさらっと答えた。

 話を振られたルーベンスは目を瞬かせると、納得した顔で頷く。


「ああ、なるほど。任せてくれたまえ」

「手があるとか言ってルーベンス頼みだったのかよ。いなかったらどうするつもりだよ」

魔力回復薬マジックポーションがぶ飲みして、過剰に増やした魔力で強引に手枷を壊します」


 魔法使いとは思えない力技だった。

 スケットンは以前に「魔法使いは気合で生きている」と言った自分の言葉を思い出す。やはり、あながち間違ってはいないようだ。

 スケットンとルーベンスは、見たかったような、出来れば見たくないような何とも言えない感想を抱いている間に、ブチスラはナナシの頼みを受けて鞄の中でごそごそし出した。

 そうして少しして、目的の物ヘアピンを発見したブチスラは、その軟体で器用にヘアピンを掴んで――というよりは刺さっているように見えるが――テーブルの上にペタリと降りた。

 

「あん? 何だありゃ」


 その様子を見ていたスケットンは、ブチスラの体に長方形の物体が張り付いている事に気がついた。


「おい、何か引っ付いてんぞ」

「え? ……ああ、友達の、、、シェヘラザードさんから貰ったアレですね」


 ナナシは友達の部分を強調して答えた。顔が少々ニヤけている。

 シェヘラザードから渡されたその『友達の証』が本当に嬉しいようだ。

 スケットンが「理解できねぇ」と肩をすくめていると、その隣ではルーベンスが、スケットンとは別の意味で理解が追いついていないという顔をしていた。


「そう言えば、屋敷の時もシェヘラザードという人物がどうの、と言っていたな」

「ええ。友達ですよ! 友達ですよ!」

「そ、そうか」


 求めていた答えとは違うものの、元気にそう返されて、ルーベンスは曖昧に笑って頷いた。友達と言う言葉の勢いの良さに、若干、引いている様にも見える。

 さて、そうこうしている間に、ブチスラは鉄格子の前まで這って来ていた――――


「ナイスです、ブチスラ。ではさっそくそれを――――」


――――ところで。

 サウザンドスター教会側の傭兵が、呆れ顔で顔を覗かせた。


「お前ら、さっきから煩いぞ! 少しは大人しく……」

「「「あ」」」


 スケットン、ナナシ、ルーベンスの三人の声が揃った。

 まぁ、牢屋には格子窓がついているのだ。わいわい騒いでいたら、当然ながら外には聞こえるだろう。

 傭兵の口ぶりからすれば、会話の内容までは聞こえてはいないようだが、捕まっているなんて悲壮な雰囲気が皆無の三人に、多少苛立ちを感じて注意をしにやって来たようだ。


「やっべ」

「お前ら、何を」


 ぎょっとした傭兵が、駆け足で近づいてくる。

 傭兵の手がブチスラに伸びかける前に、何とか引き入れようとナナシも手を伸ばす。


 その時、ブチスラに張り付いていた護符が、カッと光を放った。


「たっだいまー! 来ちゃった!」


 光の向こうからは弾んだ声が聞こえて来る。

 そして光が収まるとそこには、魔王側の四天王一人であるシェヘラザードがにっこにっこ笑顔で立っていた。

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