第51話「まー、一般人にしちゃ良くやった方じゃね?」
「君達が世界樹に向かって間もなくして、ダイクが目を覚ましたんだ」
そんな言葉から、ルーベンスの話は始まった。
ルーベンスはスケットン達と別れたあと、村長夫妻と一緒に、ダイク達を牢屋まで運んだのだそうだ。
スケットン達が引き摺ってきた者達を含めて、十数人ほどいただろうか。牢屋は一つしかないものだから、全員を放り込んだら、それはもうぎゅうぎゅう詰めになったそうだ。
「確かに、結構な人数になりますから、ここに全員を入れるとすると狭いですね」
「だろう? だから私は上に重ねていけば、多少は過ごしやすいかと考えたんだ。だが、猛反対されてな」
「いや、そりゃ反対されるだろ。何で重ねようと思った」
「クローゼットに衣類を仕舞う時、そうするだろう?」
スケットンのツッコミに、きょとんとした顔でルーベンスは首を傾げる。
確かに衣類によっては、重ねて仕舞うものもある。だがそれは衣類の話であって、生身の人間に適用されるかと問えば、答えは否だ。
人間は牢屋に入れる時に重ねるようなものではない。
「きょとんとした顔をするんじゃねぇ。大体、重ねたら下の奴が潰れるだろうが。木箱じゃねぇんだぞ」
「……と、君のように皆が言うので、重ねずに並べる事にしたんだ」
重ねる案を反対されたルーベンスは、それならばと、牢屋の床にダイク達を並べる事にしたのだそうだ。
身長や体の大きさを考慮し、縦に、横に。それこそパズルのようにルーベンスはダイク達を並べて行った。
その結果、とても綺麗にぴったりと、ダイク達は牢屋に収まったらしい。
「あの達成感はなかなか味わえない。君達も機会があればぜひやってみるといい」
「お前、たまにヘンだよな」
眼鏡を光らせるルーベンスの言葉に、スケットンは至極真面目な顔でそう言った。
確かに、ある種の達成感はあるかもしれない。だがそれを真似したいとはスケットンは思わなかった。
「それから一度牢屋を出て、片付けなどを手伝っていたのだが、突然牢屋から悲鳴が聞こえたんだ」
「悲鳴?」
「ああ、『何じゃこりゃあ!』という……」
「言うだろ」
「言うでしょうね」
スケットンとナナシは頷いた。
目を覚ましたら自分達が、床に隙間なくぴったりと並べられていたら、それは驚くだろう。むしろ一種のホラー体験だ。
ルーベンスはそんな悲鳴を聞いて牢屋へ様子を見に行ったのだそうだ。
「悲鳴の主はダイクだった。様子を見に来て早々に、青ざめた顔で立ち上がったあいつに『何してんのお前!?』と怒鳴られた。私達がダイク達を捕まえたのだから、何をしているのかも何もない思うのだが」
「いや、たぶんダイクが聞いたのは
「ならどこだ」
「あはは……でも
ルーベンスの言葉に、スケットンは半眼になり、ナナシは苦笑した。
真面目一辺倒に見えたルーベンスだったが、教会騎士仲間のダイクから即座にそういう言葉が出るあたり、彼も彼でそれなりに変わり者の類のようだ。
「そこから、色々と話を聞いていたんだが……まぁ、案の定、答えようとしなくてな。妙にへらへらと笑って、余裕があると思っていたら、私の背後から司祭様の声が聞こえたんだ」
「司祭っつーと、ベルンシュタインで会った奴の事で良いか?」
「ああ、君達が会ったあの司祭様だ。――――気配がまるでなかった」
そう言って、ルーベンスは腕を組んだ。眉間にシワが寄っているのは、その時の事を思い出しているからだろう。
曰く、背後から司祭の声が聞こえて来る直前まで、足音も、気配も、影の動きすら見えなかったそうだ。
まるで
それを聞いてナナシは「ふむ」と手枷で繋がった腕を持ち上げて、器用に右手だけ顎にあてる。
「ようだ、ではなく、実際にそうだったのかもしれません」
「
「魔法に明るい方で、それなりに魔力を持っていたら、出来なくはないですよ」
あと、触媒となる道具があればもっと簡単です、などとナナシは言う。
魔法とは、基本的に自らの内にある魔力に対する発現への
「でもよ、ソレ、威力が落ちるんじゃなかったのか?」
「はい。簡略化すると発動が楽な分、威力が落ちます。二割から、最大で四割くらいですかね」
「へぇ、結構落ちるんだな」
「ええ。攻撃系の魔法は分かりやすいんですけどね。
「さらっと恐ろしい事実を知った……」
絶対に使いたくない、とルーベンスは呟く。
攻撃系の魔法と違い、
なので
スケットンは一瞬、
「もしくは、外側から姿を見えなくする結界の類を張っていたあたりでしょうか」
「ルーベンスの背後に出て来るまで、ずっとか」
「ずっとですね」
スケットンは、牢屋の中で結界を使ってずっと待機していた司祭を想像する。
孤独。
それ以外の言葉が思い浮かばなかった。
そしてルーベンスも同じように想像したのか、何とも微妙な顔をしていた。
「ま、まぁ、それは置いておいて。背後から現れた司祭様は、一度、眩い光を魔法で放ってから、そのまま外へ向かって行った。それを追いかけたんだが……」
「今度はダイクが牢屋から逃げ出して、司祭に加勢した、と。武器もその時に?」
「……ああ」
ルーベンスが苦く頷いた。大体はスケットンの考えていた通りだった。
そして姿を現し、目晦ましの魔法を使った際に、ダイクに牢屋の鍵か、もしくはそれを開けるための物を渡した、というのが今回の流れだろう。
「そう言えば、村長達はどうしたんだ?」
「君達が村を出たあと、じっさまの所に向かったはずだ」
「そうなりますと、司祭達に捕まったか、抵抗しているか、ですかね」
「すまない、私がもっと、しっかりしていれば……」
ルーベンスが悔しげに歯を噛みしめる。司祭達の罠にはまった事を悔やんでいるのだろう。
だが、その状況では仕方がないだろうし、ルーベンスの心境を考えれば司祭を追うのは当然だ。彼は司祭に話を聞くという目的で、スケットン達と一緒に行動をしていたのだから。
それはスケットンにも、ナナシにも分かる。だからこそ彼が不甲斐ないとも思わなかった。
「まー、一般人にしちゃ良くやった方じゃね? ダイクが持っていた奴、あれ、魔剣の類だろ」
素直に励ます、という事が出来ないスケットンらしい励ましに、ルーベンスは少し驚いた顔になる。
ナナシもにこりと微笑むと、スケットンの言葉に頷いた。
「ええ、魔剣ですね。火を操る魔剣は幾つかありますが、はっきりと見えなかったので、どれなのかは分かりませんでしたが……」
「何だ、歯切れが悪いな」
「いえ……ええ。彼は魔剣に選ばれるような人物だったのだな、と」
ナナシが指で顔をかいてそう言った。世界樹のところで「酷い」と言った事を指しているのだろう。
スケットンは大した事でもないように「何だそんなことか」と言った。
「選ばれる基準なんざ、魔剣によって違うんだ。俺様だって
「スケットンさんの場合は『だけ』ではないような気がしますが」
「ハッ当り前だ、俺様をそんじょぞこらの連中と一緒にすんじゃねぇ。――――まぁ、だが、魔剣ってのは本当にそれ『だけ』なんだよ。魔剣が決めた条件に合致すりゃあ、誰だって持ち主になれる。その条件をクリアせずに手に入れようとするから、酷ぇ目に合うんだ」
話しながら、スケットンは格子窓を見上げた。自分の魔剣の事を考えているのだ。
スケットンの魔剣【竜殺し】は、ダイクから武装解除を要求された際に、オルパス村のど真ん中に置いた。
あの持ち主はまだスケットンだ。だからこそ、誰にも――何故かナナシは持てたが――触る事は出来ない。
持ち去られる心配はないが、それでも魔剣がヘソを曲げたらどうしようか、などとちょっと思った。
「――――まぁ、とにかく、大体の事情は分かった。で、だ。これから、ここをどう脱出するか、だな」
スケットンは顔を戻すと、ナナシとルーベンスの顔を見やって言う。
するとナナシが、
「それなら、ちょっとした手があります」
と、にこりと笑って手を挙げた。
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