第50話「スケットンさん、ミノムシみたいですよ。大変お洒落です」


 オルパス村にある牢屋は、その言葉から伝わってくるイメージとは裏腹に、掃除がしっかりと行き届いていた。高い位置に格子窓こそあるものの意外と大きく、外の光もしっかり差し込んで来るので明るい。

 これは村長夫妻の意向によるもので、村長のフラン曰く、


「だって病気にでもなったら、色々と大変だしね。それに、もしそれが悪化した結果、村の中でゾンビ発生なんて事になったら笑えないし」


 との事だ。今のご時世、笑い話では済まない問題なのである。

 そんな理由でオルパス村の牢屋は、他と比べると比較的、過ごしやすい場所なのである。


 さてその牢屋に、スケットンとナナシ、ルーベンスの三人は、猫のように首根っこを掴まれて放り込まれた。

 カコン、と軽い音を立てて床に落ちるスケットン。そしてナナシとルーベンスはべしゃりと床に転がった。

 そんな三人の目の前で、ガシャンと乱暴に牢屋の戸が閉められる。


「ここに入ってろ!」


 三人を放り込んだのは、先にこの牢屋に入れられていたダイクだ。

 ダイクは三人を馬鹿にしたように鼻で笑うと、そのままスタスタと出て行った。


「…………」

「…………」


 スケットンとナナシは顔を見合わせる。

 そうして、ほぼ同じタイミングで自分達の姿を見た。

 スケットンは縄でぐるぐる巻きに、ナナシは両手首に魔法封じの手枷をつけられている。唯一、ルーベンスだけは何もされていないが、彼は怪我人である。拘束らしい拘束をしなくても問題ないと判断されたのだろう。

 三人一緒なのは不幸中の幸いだが、これはただ単に牢屋の数がなかっただけである。

 何にせよ、これだけ見ると詰んだ状態だ。

 さすがのスケットンとナナシも、これには困った……


「スケットンさん、ミノムシみたいですよ。大変お洒落です」

「お前のセンスに絶望を感じる」

「いやぁ照れますね」

「万に一つも褒めてねぇわ。俺様の服をチョイスした時は、一体どんな奇跡を起こしたんだよ」


 ……と言う事はなく、ごくごく平常運転であった。

 恐怖や不安など何一つ感じていないような勇者共を、牢屋まで引っ張って来たダイクはさぞ辟易とした事だろう。鼻で笑ったあの時、彼は解放感を得ていたに違いない。


 などと、そんなダイクの心情などは横に置いておいて。

 とりあえず床に転がったままなのはちょっと、と思ったスケットンは縛られたその状態で、牢屋の鉄格子を使って器用に身体を起こした。首の下から足首まで縄でガッチリぐるぐる巻きになっているので、ミノムシというよりはイモムシが跳ねたような動きになっていたが。

 そうして体を起こすと、スケットンは牢屋の鉄格子にもたれかかって「ふう」と息を吐いた。

 普段、あまりしない動きをしたせいか、多少の疲れはあるようだ。それを見たナナシはというと、


「骨身に沁みますか?」

「絶対にそういう使い方じゃねぇ」


 などと見当違いな事を言って、半眼になったスケットンに睨まれた。

  

「それにしても」


 コホン、と誤魔化すように小さく咳払いをして、ナナシはスケットンと、そしてルーベンスを見やった。


「思ったほど、ルーベンスさんの怪我が酷くなかったので、ほっとしました」


 その言葉に、スケットンも同じようにルーベンスに視線を向ける。

 床に転がったままのルーベンスは、怪我と疲労によるものか、まだ意識が落ちたままである。だが、ナナシの言うように、怪我自体は思ったほど酷くはなかった。

 ダイクの剣で負った傷や火傷など、それなりにはあるものの、重症と言うほどではない。しかも、何故かダイク達によって、簡単に傷の手当てもされているのだ。理由は分からないが、スケットン達は今、持ち物を取り上げられている状態なので有難いと言えば有難かった。

 それでもなかなか目を覚まさないのは、怪我というよりも、体力の消耗の方が大きいのだろう。


「よく手当てしてくれたな。あいつらにとっちゃ、メリットなんてねぇだろうに」

「メリットですか……それなら、あれじゃないですか? ここで死なれると、アンデッドにする暇がないからとか」

「そう言えば、屋敷でデュラハンにするって狙われてたっけか。運が良いのか悪いのか分からん奴だ」

「運は運でも悪運のような気もしますが」

「違いねぇ」

「……本人を目の前に、そういう事を言うのはどうかと思うが」


 スケットンとナナシが好き勝手な事を言っていると、不満げな声が聞こえてきた。

 ルーベンスだ。口を動かしたあと、ルーベンスはゆっくりと目を開けた。


「よう、起きたか、ルーベンス」

「あれだけ近くで話されていたらな……ここは?」

「ここはオルパス村の牢屋です。気が付かれたようで何よりです、ルーベンスさん。体の方はいかがですか?」

「牢……ああ、そうか。私は……ぐっ」


 言いながら、ルーベンスは体を起こそうとして顔を顰める。それでも起き上がろうとするルーベンスを見て、ナナシは手を伸ばして支えた。


「まだ動かない方が良さそうですね」

「……面目ない」


 体を起こすと、ルーベンスは項垂れた。すっかりと落ち込んでしまっている。

 普段、説教やら何やらを食らっているスケットンは、それがどうにも張り合いがなくて、わざと大きく聞こえるように「ケッ」と悪態を吐いた。


「面目がないどころか、輪をかけて面白い顔になってんぞ。鏡見てみろよ」

「貴様」

「鏡はありませんので、ここはひとつ顔真似でも……」

「貴様ら」


 ナナシまでノった事に、ルーベンスの目がいよいよ吊り上る。それから直ぐに、脱力して「はあ」と息を吐いた。

 ルーベンスが浮かべているのは、疲れたような、呆れたような、そんな表情だ。落ち込んでいる時よりも幾分、顔色が戻っている。

 それを見てナナシがスケットンに微笑み、スケットンはすっとぼけて肩をすくめてみせた。


「それで? 何となくは想像がつくが、一体何があったんだ?」

「ああ、それが……」


 スケットンが諸々のあまらしを聞くと、ルーベンスはやや視線を落とし、話し始めた。

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