第49話「司祭様の仰った通りだ、勇者は一人じゃ動かねぇ」


「ルーベンス!」

「ルーベンスさん!」

「おっと、そこで止まれ」


 倒れたルーベンスに駆け寄ろうとすると、ダイクが炎を纏った剣の切っ先を突きつけた。

 近寄れば止めを刺す、とでも言っているのだろうか。剣から飛ぶ火の粉がチリチリと、ルーベンスや、彼の傍で膝をついているティエリとトビアスを僅かに焼く。

 見ればティエリとトビアスも無事というわけではなく、周囲を光の壁に覆われていた。

 光の壁の中にいるティエリ達は、地面に押しつぶされたように蹲り、苦しげに顔を歪めている。恐らく、スケットン達がこの村に来て早々にかけらた、捕縛用の結界と同じものを受けているのだろう。

  

「司祭様の仰った通りだ、勇者は一人じゃ動かねぇ」


 動きを止めたスケットンとナナシを見て、ダイクはニヤニヤと笑った。


(――――やられた)


 スケットンは仮面の下で、骨の顔をしかめた。

 勇者は一人では動かない。ダイクの言ったそれが、スケットンが生前であれば、アンデッドでなければ、ありえないミスだったからだ。

 オルパス村が襲われたという状況で、敵に他にも仲間がいるかもしれないと考えるならば、戦力を分けて様子を見に行くのが普通だ。

 だがスケットンはそれをしなかった。それを思いつきもしなかった。

 ナナシに「一緒に行く」と言われた時、ごくごく自然にそれを受け入れたのだ。

 それがスケットンの中で当たり前になっていたからである。


 生前がどうあれ、今のスケットンは最弱のアンデッドだ。ナナシの言った言葉を借りるならば『スケルトンレベルいち』である。今のスケットンでは、ナナシがいなければスライムにすら勝てない。

 だからナナシが一緒にいる事が、無意識のうちに当たり前になっていた。

 スケットンは、自分が弱さであると考える『当然』を、自らが体現していた事に、ダイクの言葉で気が付いた。

 気が付いてしまった。


 スケットンは仮面の下の目を細め、睨むようにダイクを見る。その視線を受けてか、ダイクはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。


「村を離れれば良し、残っていてもおびき出せば良い。まったく、不便だねぇアンデッドってのはよ。なぁ、勇者スケットン様?」

「うるせぇよ」


 スケットンの口からは、自分でも思った以上に低い声が出た。不機嫌極まりない声に、ナナシが一瞬目を向けた事がスケットンには分かったが、敢えて気付かない振りをした。

 その代わり、それにティエリが反応する。

 

「え? あ、アンデッドって……?」


 ティエリはトビアスを見た後、スケットンを見た。その視線には戸惑いの色が含まれている。トビアスの方はじっさまの所で気が付いたのか、驚きはなかった。

 悲鳴を上げられるよりはマシだな、などと思いながらスケットンは息を吐いた。

 そして諸々を棚上げし振り払うと、大げさに肩をすくめてみせた。


「あっさりバラすんじゃねーよ。もっとこう、盛り上げてからが定石だろ、ふざけんな」

「怒る点はそこですか?」


 スケットンが普段通りの調子に戻った事を見て、ナナシは少しだけほっとしたように表情を緩ませた。

 そして「あ」と、何かを思いついたように、唐突に着ていたコートを脱ぎだすそしてフードを中心にして、ぐるぐると丸めると、鞄の中に収めた。

 普段以上に動きやすそうな装いになったものの、唐突に何故そんな事をし出したのか分からず、スケットンは首を傾げる。


「いきなり何してんだよ」

「いえ、ちょっと保険を」

「保険?」


 ナナシから返って来た答えにも、スケットンが良く分からないでいると、ふと第三者の笑い声が響いた。

 声の主は司祭だ。くつくつと愉快そうに笑うと、司祭はスケットン達に向けてにこりと微笑む。


「ははは、相変わらず、動じない方々だ」

「いやいや、動じてるぜ? 何せ、聖職者サマがこんな真似、、、、、をするなんて、さすがの俺様も思わなかったからよ。光の女神様が見ているなんて、良く言えたもんだぜ」


 サウザンドスター教会の教え、という奴だ。

 スケットンが嫌味を込めてそう言うと、司祭は意外そうに片方の眉を上げた。


「ほう、それはそれは、覚えていて頂けて光栄ですな」

「何かにつけてぐちぐち言う奴がいるからな」


 スケットンはちらりと、視線だけルーベンスに向けた。

 誰の事を指しているのか理解して司祭は「……そうですか」と、小さく頷く。


「しかし、勇者様は一つ思い違いをしてらっしゃる。光の女神オルディーネは確かに、我々の行いを見ていて下さいます。だが、女神は見ているだけ、、、、、、だ」

「へぇ、そいつはまた」


 司祭は断言する。それはスケットンには、サウザンドスター教会の司祭が言って良い言葉には、到底思えなかった。

 続けて、憎まれ口を叩こうとした時、魔力の揺らぎと、ナナシの声がそれを遮った。


「“天の雨ウラニア”」


 魔法だ。

 ナナシの呪文スペルが聞こえたかと思うと、空からまるでバケツをひっくり返したような水が降り注いだ。

 範囲はオルパス村のほぼ全部を覆っていただろうか。 村も、人も、びしょ濡れだ。

 その水の勢いで、村を燃やしていた火や、ダイクの剣の火はあっという間に消え、ついでにスケットンの仮面もカランと地面に落ちた。

 骨の顔を晒したスケットンは、ギギギ、と錆びついたドアが開くような音を鳴らしながら、ナナシの方を向く。


「……ナナシさんよ」


 地を這うような声が出た。怒りが半分、呆れが半分だ。骨の顔まで濃い目の陰影が出来ていて、傍から見ると恐ろしい。

 現にその顔を見たティエリとトビアスが「ひい!」と声を上げていた。

 だがしかし、ナナシは全く怯まずに、びしりとサムズアップする。


「ナイスな時間稼ぎでした、スケットンさん」


 そう言うナナシの言葉にスケットンは脱力する。マイペースというか、どうにもイマイチ空気が読めない勇者である。

 スケットンは盛大にため息を吐く。


「確かに俺様はナイスだけどよ。もうちょっとタイミング考えねぇ?」

「会話が上手く途切れるタイミングを狙っていたのですが、なかなかめんど……難しく」

「今、面倒って言いかけたよな?」

「ははは」


 ナナシは笑って誤魔化した。

 一応、ナナシもナナシで空気を読もうとはしていたらしいが、最終的に面倒になったらしい。

 下手に空気を読みすぎて動けなくなるよりはマシだし、結果的には良かったが、如何せん唐突過ぎである。

 そんな会話をしていると、ダイクが目を吊り上げてナナシに怒鳴る。


「あああ、せっかく点けた火が! 何してくれてんだ、てめぇ!」


 ギロリと睨むダイクを睨み返すように、すう、とナナシの目が細くなる。


「火は人の住む家や、育てている最中の畑を燃やすものではありませんが」

「正論で返されるのがムカつく!」

「……正論って認識されてらっしゃるのですか」


 これには流石のナナシも呆れたようだ。

 ダイクはナナシの言葉を正論だと言った。それはつまり、ダイク自身が自分の行動を間違っている、、、、、、と肯定しているようなものだ。

 間違っていると分かった上で、ダイクは行動している。よほど自分達の行動に正義があると思っているのか、それとも単なる悪党の思考なのか。

 どちらにせよ、分かる必要もないし共感もできないと、スケットンは結論付けた。

 冷ややかな二人の視線を受けたダイクは、苛立つようにダン、と足を踏み鳴らす。


「あー! くそ、ムカつくがもういい! 今度は動くなよ、動けばこいつらが丸焦げになるぜ。――――武器を捨てろ!」


 そして怒鳴り散らすダイクに、スケットンはナナシと顔を見合わせたあと、小さく息を吐いて魔剣【竜殺し】を地面に置いた。

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