第48話「他がどれだけ酷いのか心配になります」


 じっさまとの話を終えたスケットンとナナシは、その足で世界樹へと向かっていた。

 まだ聞きたい事はあったし、気になる事もあったが、とりあえず顔合わせという目的は達成した。

 話自体は長くなりそうなので、先に世界樹の様子を確認しようという事になったのである。


「世界樹の結界は正常に作動しているっつってたが、さぁてどうなっているか」


 スケットン達は物音を立てないように世界樹に近づく。

 だんだんと近づいてくる世界樹は、聖剣同様に淡い光を放っていた。その周りを覆っているうっすらとした光の壁が、じっさまの張った結界だろう。

 木陰に身を潜めながら様子を伺えば、周辺に数人の傭兵や、教会騎士がうろついているのが見える。


「――――何人かいますね。どうします?」

「ひとまず倒すか。現行犯じゃあねぇが、村を襲ってんだし、帳簿なり何なり調べりゃ色々出て来るだろ」


 スケットンがそう言うと、ナナシが意外そうな顔になる。

 何故そんな顔をされるのか分からず、スケットンは首を傾げた。


「何だ、その顔は」

「いえ、結界を解いて世界樹に手を出した所でぶっ飛ばせば良い、と仰ると思っていたので」

「そっちの方が楽なんだけどよ。あのじっさまは、ソレしねぇだろ」

「しませんねぇ」


 面倒だけど仕方ねぇ、と言うスケットンに、ナナシはにやにや笑う。

 嬉しそうな、楽しそうな、そんな感じの笑い顔だ。

 スケットンは何だか見透かされたような気分になって、仮面の下で憮然とした顔になった。


「ニヤニヤ笑ってんじゃねぇ」

「これは失礼」


 全く悪いと思っていないような顔でナナシは謝る。

 スケットンが「ケッ」と悪態を吐くと、魔剣の柄に手を置いた。


「そんじゃ、まぁ、サクッと行くか」

「ええ、サクッと行きましょう」


 そう言うと、二人はわざと、、、音を立てて立ち上がった。




 世界樹周辺をうろついていた教会騎士達の一掃が終わったのは、間もなくの事。

 スケットンとナナシは宣言通りサクッ、、、と全員を倒してしまうと、予め用意しておいた縄で縛った。

 人数こそ多かったものの、戦闘能力が規格外である勇者が二人だ。さすがと言うべき手際の良さだった。


「よーしよーし、俺様ってば最強!」


 スケットンは機嫌良く言いながら仮面を取ると、捕まえた全員を一瞥する。

 そうした後で「あれ?」と腕を組んで首を傾げた。


「捕まえた連中の中に、司祭がいねぇな」

「確かに、いませんね。ルーベンスさんの話では、王都に向かったそうですが……この状況では少々心配ですね」

「ああ。こんな大事をしでかすんだ、司祭か、そうでなくても、お偉いさんの誰かが来ていると思ったんだが。さすがに、あのダイクって奴に統率力があるようには見えねぇし」


 そう、スケットンが気になったのは、リーダーらしき人物がいない事だ。

 オルパス村でじっさまを襲撃した者達と、世界樹周りをうろついていた者達。その人数を合わせれば、それなりの数になるが、その中に指示を出せそうな者が見当たらないのだ。

 かと言って、捕まえた教会騎士のダイクはと言うと、どうにもそうは見えない。

 二人がダイクと関わったのはごくごく僅かな時間だが、その間の様子から考えても、ダイクはあれこれ指示できるようなタイプには思えなかった。

 スケットンがそう言うと、ナナシも同意するように大きく頷く。


「見えませんね。もしも彼がそういう立場だったのなら、他がどれだけ酷いのか心配になります」

「お前、結構酷いよな」

「スケットンさんに言われると地味に凹みますね」

「てめぇ」


 どっちもどっちという会話をしていると、ふとスケットンはじっさまの所で起こった事を思い出した。

 あの脳裏に浮かんできた光景の事だ。


「お前さ、じっさまの所で何か見えたか?」

「え?」

「聖剣に触った時だ。何つーか、頭ン中に映像ビジョンが浮かんできたんだよ」


 スケットンの言葉にナナシは目を丸くした。


「どこかの城の?」

「それそれ」

「スケットンさんにも見えましたか。多分、勇者だからですかねぇ」

「あれが前にお前が言っていた奴か?」

「はい。勇者の武器に触ると、ああいう風に浮かんで来るんですよ」


 ナナシは人差し指で自分の頭をトントンと叩く。

 前にナナシが言っていた話だ。武器や装備品から、先代の勇者の記憶を受け継いで戦うのが勇者だと彼女はスケットンに教えてくれた。

 それがスケットンが見たあの映像ヴィジョンなのだそうだ。

 だがそれならば、聖剣から見えたあの記憶が、戦いで何の役に立つのかスケットンには分からなかった。


「それにしちゃあ、戦い方なんてなかったぞ。どっちかっつーと、あれは終わった後の事じゃねぇの?」

「ええ。そうなんですよねぇ。いつもはもっとこう、違うんですが……魔剣と聖剣の違いでしょうか」


 いつもはもっと違うらしい。

 顎に手をあてて考えるナナシに、スケットンはもう一度首を傾げた。


「今まで聖剣を回収した事は?」

「ないです?」

「ない? まったく? 魔剣を使っている俺が言う事じゃねぇがよ、聖剣を使っていた奴だってそれなりにいただろ?」

「それはそうなんですが……王様から貰ったリストが魔剣ばかりでしたので」

「リストォ?」


 スケットンは素っ頓狂な声を上げた。

 勇者の装備を回収するにあたって、リストが存在した存在した事にも驚きだったが、それ以上にその内容が意外だったのだ。

 スケットンの言った通り、歴代の勇者と呼ばれた者達は、その多くが魔剣や聖剣などの特殊な武器を使っていた。

 勇者の記憶を受け継いで戦うというのならば、どの武器がいいだのと、敢えてこだわる必要などないはずだ。

 そもそも武器は武器だ。最初に出会った時にナナシが言っていたように、回収したあとで有効活用すれば良い。

 それなのに、何故、魔剣ばかりがリストアップされているのか。

 スケットンが難しい顔をしていると、その沈黙を別の意味で解釈したナナシは、


「はい。勇者の武器がある大体の場所が書いてあるんです。便利ですよ」


 と、にこりと笑って言った。

 どうやらナナシは、スケットンが抱いた疑問は感じていないらしい。

 王様とやらへの信頼によるものだろうか。ふとそう思ったら、微妙に面白くないような気がして、スケットンは頭を振った。


「スケットンさん?」

「何でもない。つーかよ、リストにねぇモンを触って良いのかよ?」

「さあ」

「さあって」

「リストの物だけ、とは言われておりませんし。同じ勇者なら問題ないかと」


 ナナシはさらっとそう答えた。

 どうやら王様への信頼というよりは、こだわり自体が特になかったようだ。

 少しだけざわついた気持ちが落ち着いたスケットンは、小さく息を吐くと「そう言えば」とナナシに聞く。


「……今回は、気持ち悪くならなかったんだな」

「え? ――――ああ、そう言えば。スケットンさんの魔剣の時と比べて、ミントキャンディをなめた時みたいに、スーっとした気分です」

「人の魔剣ちゃんをゲテモノみたいに言うな」

「おや、それは失礼を」


 ジト目になるスケットンに、ナナシはくすくす笑った。

 その後で、浮かべた笑みに僅かに苦いものを混ぜながら、ナナシは話す。


「……いつもは恨みとか、怒りとか、そういう感情を叩きつけられるので、あまり気分が良くないんですよ。でも今回は、感謝とか、安堵の感情が籠っていたからですかねぇ」

「げぇ。あれ、そんなモン混ざってんのかよ」

「戦いの記憶なんて、大体そんなもんですよ。だから少し意外でした」


 美味しかったですよ、とおどけた調子で言うナナシ。

 今まで彼女がどのくらいの数の魔剣を回収して、記憶を受け継いだのかは分からないが、そういう思いをしたのは一度や二度ではないのだろう。

 スケットンはナナシが魔剣【竜殺し】に触れた後の様子を思い出して、肩をすくめた。

 相変わらず真面目なことだ。スケットンはやや呆れ気味に思いながら、


「なら、聖剣だけ回収すればいいんじゃねーの? リスト以外でもいいんなら、べっつにクソマズイもん選ぶ必要ねぇだろ」


 と言うと、ナナシは驚いた様子で目を瞬いた。


「何だよ、変な顔して」 

「いえ、考えた事がなかったので」


 それを聞いて、スケットンは「ケッ」と悪態を吐く。そしてびしり、とナナシの鼻の先に指をつきつけ、言い放つ。


「お前はまだまだ遊びが足りねぇ。いいか、勇者なんだからよ、もっと――――」

「遊べ、ですよね」


 言葉を引き継いでナナシが言うと、スケットンは骨の顔で満足そうにニヤリと笑う。


「そうそう。分かってきたじゃねぇか」

「いやぁ照れますね。……ありがとうございます、スケットンさん」


 そう言いながら礼を言うナナシに、スケットンの方が逆に照れ臭くなってきた。

 やはり、素直に礼を言われるのは苦手だ。

 そんな事を思いながら、スケットンは誤魔化すようにフン、と鼻を鳴らす。


「人に影響を与えちまう、俺様の魅力は凄まじいねぇ」

「影響……魅力……」

「そこで微妙に目を逸らすな」


 再びジト目になったスケットンに、ナナシは小さく噴き出した。

 

――――その時、バチリ、と何かが弾ける音が聞こえた。


 スケットンとナナシは音の方に反応し、顔を向ける。

 音がしたのはオルパスの村の方がだ。

 よくよく見れば、村の方角を流れる空の色に変化が見られた。黒色の煙も上がっている。

 火事だ。

 スケットンとナナシの顔に緊張が走る。


「なるほど……村か!」


 司祭がここにいない理由を理解したスケットンは、仮面を顔につけると、村に向かって走り出す。

 そのすぐ後をナナシが続く。


 程なくして、村へ到着したスケットン達が目にしたのは、炎を纏った剣を持ったダイクと司祭。

 そして、ティエリ達を庇って倒れたルーベンスの姿だった。

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