第47話「…………何か、良いものを見た気がします」
じっさまの前足を貫いている白銀の剣は、全体が白色に淡く光っていた。
普通の剣ではない事は一目瞭然だ。
剣が放つ、その清らかな白色の光を見て、スケットンはそれが何であるかを理解した。
「聖剣か」
「うむ。聖剣【
スケットンの言葉に、じっさまは頷いて自分の足を貫く剣――――聖剣【
「聖剣【
「そうなのか? アヴァロンってあれだろ。すっげぇ人間嫌いのエルフが作った聖剣だろ。俺、そいつに会いに行ったら、門前払いを食らったぞ」
「あ、剣匠ダムデュラクですね。魔王を倒した勇者に命を救われ、彼にだけは心を開いたと勇者博物館に書いてありましたが……何をしに行ったんですか?」
「いや、単に好奇心」
「好奇心」
相変わらず勇者博物館出の知識を披露するナナシに、スケットンはそう答えた。
生前、スケットンはエルフの剣匠ダムデュラクの住む集落に行った事がある。目的は本人も言った通り単なる好奇心だ。
たまたま剣匠ダムデュラクの住む集落の近くを通りかかった時に話を聞いて、せっかくなので聖剣を見せてもらおうと訪れたのだが、
「帰れ」
の一言で、ぴしゃりと集落から締め出されてしまった。
スケットン自身の態度も悪かったのは事実ではあるが、ダムデュラクの住む集落自体が人間を快く思っていなかった、という理由もある。
だが、まぁ、それはそれとして。そんな事があってスケットンはエルフ族はあまり好きではなかった。
「思い出したら腹が立ってきた」
「スケットンさんの腹は今、骨なのでは」
「骨だけどよ」
むう、と仮面の下でスケットンは不機嫌そうに顔をしかめた。
さて、話は戻るが、そのエルフの剣匠ダムデュラクが作ったのが、じっさまの足を貫いている聖剣【
聖剣【
そしてその力で、勇者は魔王に勝ったと言われていた。
ちなみに聖剣【
それがこうもしっかり、じっさまの足に刺さっている所を見ると、相当な力で叩きつけたという事になる。
「お前と違って、あれは底抜けのお人好しじゃったからのう。あの堅物が絆されるのも分かるというものじゃ」
「聞き捨てならねぇ言葉が聞こえたが、その勇者の事をずいぶん評価してんだな。そいつの剣が刺さってるっつー事は、その勇者がお前を殺したんじゃねぇのか?」
「わしを
じっさまは懐かしそうに目を細めた。
「わしを
「……なるほど。だから聖剣に直に触れていても、じっさまは無事なのですね」
「というと?」
「
アンデッドは聖なる力に弱い。聖剣はその聖なる力の最たる例だ。
だからこそ、普通ならばアンデッドであるじっさまは、聖剣に触れればダメージを受ける。
だがそれがなく、こうして普通に過ごすことが出来るのは、じっさまを操ろうとする
「へぇ? なら、これを抜くと?」
「やばい」
唐突にナナシから語彙が消失した。
だが、本当にそうらしく、じっさまも「うむうむ」と頷いている。
「やばい」という言葉一つで片付けられる内容ではないのだが「やばい」という言葉一つでもその度合いが大体伝わるので、言葉とは不思議なものだ。
何て事を思いながら、スケットンはナナシを見た。
「それで? これも一応勇者の武器だから、回収するのか?」
「いやぁ、さすがに出来ませんね。でも、触るだけ触っていいですか?」
「構わんよ」
「では、失礼して」
じっさまに断って、ナナシはすっと聖剣に手を伸ばす。
その手が剣の柄に触れた時、ぶわり、聖剣に込められた魔力が噴き出した。スケットンの魔剣に触れた時と同じように、その魔力はナナシに吸収されていく。
これを見たのは二度目だが、以前の時とは違って、スケットンは落ち着いてその光景を眺めていた。
(綺麗なもんだな……)
魔剣と聖剣の違いだろうか。その光はどこか暖かな色彩を含んでいた。これが本来の聖なる光、という奴なのだろう。
アンデッドは聖なる力に弱い。
だがスケットンは不思議と、その光が嫌ではなかった。むしろその光が心地良く思えた。
輪廻転生の輪に入るというのは、もしかしたらこういう感覚なのかもしれない。
そんな事を思っていると、ふとスケットンの脳裏に、不思議な光景が
『――――他に道だってあったはずだ。こんな大事にならなくたって良かったはずだ。俺達の代なら……!』
青年の声が響いたかと思うと、玉座が見えた。どこかの城の謁見の間だろうか。
戦いによってか、あちこちが崩れ、ボロボロになったそこには、同じくボロボロに傷ついた青年と少女の姿があった。
姿は全体的にぼやけて、はっきりと見えない。唯一鮮明なのは、少女の身体から止めどなく流れる赤い血だ。
『あなたは優しい人ですね。あなたがここへ辿り着く事が出来た理由が、よく分かります』
『優しい奴だったら、こんな事しないだろ……!』
『いいえ、優しい人ですよ。だって、こんな私のために泣いてくれている』
少女は青年の顔に手を伸ばす。
『私は戦いを止められませんでした。怨嗟を、悲しみを断ち切れと、そんな事を
命の灯が消えかけているのか、少女の声はだんだんとか細くなっていく。
だがその声に悲壮感はない。あるのは安堵と、ほんの少しの申し訳なさだ。
『君は――――そのために、全部を利用したというのか』
『ええ。だって、私は魔王ですから。魔王は、そういうものです。全部私がやった事。全部私が仕組んだ事。ですから――――ですから、勇者。それを、どうか、伝えて下さい』
少女が微笑んだ――――気がした。
その瞬間、スケットンの脳裏から、浮かんでいた光景が掻き消える。
思わずハッとして辺りを見回すと、すでに聖剣の魔力はナナシに吸収され終わった所だった。
「…………今のは」
夢でも見ていたような感覚だ。
だが、スケットンは眠る事はない。あれは夢ではない。
ふとナナシを見れば、彼女も彼女で何やら不思議そうな顔で仕切りに首を傾げ「いつもと何か……」などと、呟いていた。
もしかしたらナナシも同じ
「おい、どうした?」
「…………何か、良いものを見た気がします」
スケットンの言葉に、ナナシは少しぼうっとした様子でそう答えたのだった。
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