第39話「自分で最強だと言うとあまり強そうに聞こえませんよね」


 意識を取り戻した少年は、どうやら理性――人間的な意味で――を保っているようだ。

 スケットンは腰に手を当てると、不安げに自分達を見る少年を覗きこみ、悪態を吐く。


「急に襲ってきやがって。危ねぇじゃねーか」


 少年は、急に目の前に飛び込んで来た仮面の男に驚いて、少し仰け反る。そして背後の幹にしこたま頭をぶつけ呻いた。


「うう、す、すみません……」

「怯えさせてどうする! 貴様はもっと勇者らしくだな……」


 謝る少年を見て、ルーベンスはスケットンに注意する。

 そしていつもの調子でお小言と続けようとした時、


「ヒッ!? 教会騎士!?」


 と、今度はルーベンスを見て少年は青ざめた。急に怯えられてルーベンスは目を丸くする。


「え?」

「怯えてんぞ。何したんだよお前」

「な、何もしていない! 何もしていないはずだぞ!?」


 ルーベンスは焦って否定する。スケットンとナナシは揃って訝しんだ顔になった。わざとだ。だんだん二人に慣れてきたルーベンスにもそれが分かったらしく「ぐぬぬ」と唸って二人を睨む。

 そんな三人のやり取りを見た少年は目を瞬いて、表情を緩めた。どうやらスケットン達が「敵ではないっぽい」という事は伝わったようだ。


「あ、あの、すみません、変な声を出してしまって。……えっと、僕はトビアスと言います。その、そちらの方と同じ服を着た人に襲われたので、つい……」


 トビアスと名乗った少年は申し訳なさそうに謝った。

 彼はルーベンスと同じ服を着た何者かに襲われたと言っている。同じ服、つまりは教会騎士の制服だ。すなわち、トビアスを襲ったのは教会騎士という事になる。

 スケットン達は顔を見合せ「当たりだな」と頷き合った。


「とすると、あのフードをかぶっていた奴が教会騎士ってことか」

「その可能性大ですね。手に持っていたのも聖水剣なのでしょう」

「おいルーベンス、だだ被りだぞ。もっと個性を出せよ」

「あれは支給品だ」


 スケットンに個性が無いと言われ、ルーベンスは憮然とした表情になる。

 ナナシは「支給されるんですねぇ」と、別の部分に感心をしていた。肩に乗ったブチスラが「自分は個性の塊である」とでも言うように揺れた。


「まぁそれはそれとして、そうならば急いだ方が良さそうですね」

「サウザンドスター教会だったら、一人見つけりゃ百人はいそうだよなぁ」

「虫みたいに言うな」


 ムッとするルーベンスを見て「確かにいそうですよね」何て言いかけた台詞をナナシは飲み込んだ。


「……あのう」


 三人の話に一区切りがつくのを見計らって、トビアスはおずおずと声を掛けた。


「あ、すみません、治療ですね。ただいまー」

「え、あ、いえ。あの、それは有難いんですけれど、そうじゃなくて、その」

「何だよ、歯切れが悪ぃな。はっきり言え」


 少し苛立った様子でスケットンが言うと、トビアスが慌てて続ける。


「僕、あなた達を襲ったんですよ、ね?」


 どうやら正気を失っている時の話らしい。トビアスの口ぶりからすると、その間の記憶はないようだが。


「そうだぞ、俺様の魔剣ちゃんに食いつきやがって。食いつくならこいつらにしやがれ」

「私、食べるのは好きですけど、食べられるのは嫌ですよ」


 ナナシは顔をしかめる。それを見てスケットンは最初と比べて、よく顔に出るようになったな、などと思った。


「あの、僕の正体は……」

「吸血鬼だろ、知ってる」

「あ、そうですか……。あの、なら、退治しようとか思わないんですか?」


 先ほどナナシもいったが、吸血鬼とは変則的ではあるがアンデッドの類だ。この変則的、、、と言うのは、彼らの体の作りの事を指している。基本的に吸血鬼もアンデッドであるため、肉体自体は死者のそれである。魂自体も頭部に引っかかっているのは同じなのだ。

 しかし吸血鬼はアンデッドと比べると、魂と肉体の同調シンクロ率が高い。つまり生前に近い状態になっているのだ。そのため、肉体はゾンビのように腐敗したりせず、内臓もある程度は機能するため食事も出来る。

 だが、どれほど生前に近くても彼らは死者で、そしてアンデッドである。死んだ者は元のままで生き返りはしない。その肉体も、生前と全く同じに戻るわけではないのだ。

 その肉体を維持するためには生きた魔力が必要になる。生きた魔力、すなわち人や動物の体に流れる血に混ざった魔力だ。だからこそ吸血鬼は、人を襲って生き血を啜るのである。


 そしてそれゆえに、吸血鬼はアンデッドの中でも、人から嫌悪されている。彼らは人と違わない見た目で社会に溶け込んで、人間エモノを襲うのだ。捕食される側が感じる恐怖からのそれ、、は、仕方がないものだろう。

 トビアスが言っているのはそう言う事なのである。吸血鬼である彼が先ほどのように理性を失い、またいつスケットン達を襲うか分からない。だからこそ自分を退治しないのかとトビアスは言っているのだ。

 しかし、聞いた相手が悪かった。


「俺様を襲ってきたら倒すぞ、当然だろ」

「他を襲っていたら倒しますよ。そうでなければ、まぁ別に」


 スケットンとナナシは当たり前のようにそう言った。

 襲ってきたら倒すだけ。勇者二人にとっては、トビアスが吸血鬼だろうがなかろうが、さして深刻な問題ではないらしい。

 きっぱりそう言われたトビアスの方が、逆に何と言えば良いのか困ったくらいである。


「この二人にそういう類の話をするだけ無駄だよ。何といっても勇者だからな、基本的には規格外だ」


 トビアスの困惑を理解出来たのか、ルーベンスは苦笑しながらそう言った。

 勇者と聞いて、トビアスはバッとスケットンとナナシを見る。


「え? お二人は、ゆ、勇者様、なのですか?」

「ああ、そうだ。最強の勇者、スケットン様だぞ。敬え」

「自分で最強だと言うとあまり強そうに聞こえませんよね。という事で普通の勇者のナナシです」

「君達……そう言えば私も名乗ってはいなかったな。サウザンドスター教会の教会騎士、ルーベンスだ。よろしく」


 今さらではあるが、ついでとばかり自己紹介をするそれぞれに、トビアスは「よ、よろしくお願いします」と律儀に頭を下げた。

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