第38話「たぶんを付け足さないでくれないか」


 それから直ぐに、スケットン達は少年に近づいた。


「……で、こいつはどうするよ」

「助けますよ」

「お前はいつもそれだな」


 襲われてなお助けようとするナナシに、スケットンは呆れて息を吐いた。


「また襲い掛かって来たらどうするんだよ」

「その時はその時ですし、まぁたぶん大丈夫ですよ」

「大丈夫という根拠はあるのか?」


 ルーベンスは剣の柄に手を当てたままそう尋ねる。いつ動いても良いようにだろう。片手には聖水の入った石も握られている。


「ええ、先ほども言いましたが、吸血鬼は血を吸って回復します。つまり、先に回復してしまえば、求めるものがなくなって暴れる事はありません。たぶん」

「たぶんを付け足さないでくれないか」

「ぶん」

「“た”を抜けば良いんじゃねぇよ」


 半眼になるスケットンとルーベンスに笑ってみせると、ナナシは少年の前に膝をつき、魔力回復薬マジックポーションを取り出した。


「また魔力回復薬マジックポーションか」

「ええ、吸血鬼も変則的ではありますがアンデッドの類ですからね。アンデッドなので吸血鬼の怪我って自然治癒はしませんから、自然治癒を促進させる体力回復薬ライフポーションじゃ効果はないんですよ。基本的には魂で生きているので、魔力は効きます。ゆえにこれです」


 説明しながらナナシは魔力回復薬マジックポーションを軽く振って見せた。

 アンデッドは、何らかの理由で輪廻転生の輪に入る事が出来なかった魂が、死者の頭部に引っかかる事で生まれるものである。魂とは魔力に近いものだ。ゆえに、アンデッドに作用しやすいのは魔力絡みの方となる。

 とは言え、ただ単に倒すとなれば、攻撃が当たり、、、さえすればどちらも大して変わりはないのだが。 


「なるほど……だから、さっきスケットンに魔力回復薬マジックポーションをかけたのだな」

「そういう事です」

「ケッ。あんなの怪我の内に入らねぇよ」

「かなり痛がっておいて、それか?」

「ぁあん?」

「まぁまぁまぁまぁ」


 口を開けば途端に睨み合う二人に、ナナシは呆れながら宥めに入る。

 この人達は何で飽きないのだろうなぁと思いながら二人を引き離すと、ようやくナナシは少年の治療を開始しようと向き直った。


「…………」


 だが、その手前ではたと止まる。そして少年と魔力回復薬マジックポーションと少年を見比べる。

 何やら思案している様子である。スケットンは「何してんだ?」と首を傾げた。

 そんなスケットンの目の前で、ナナシは魔力回復薬マジックポーションを自ら口含む。そして何を思ったのか、そのまま自分の口を少年の口に近づけ――――


「待てコラ」


 ――――た所で、スケットンは反射的にナナシの頭を両手で掴で止めた。

 あと数センチというところでナナシの頭がガクンと停止する。その反動で噴き出しそうになる魔力回復薬マジックポーションをナナシは必死で飲み込んだ。


「何をなさる」

「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎。一体何をしようとしてやがる!」

「いえ、意識がなくて飲ませ辛いので口移しでもと。正気を取り戻す前に体の傷を治すと、絶好調で襲ってきますから」

「そういう問題じゃねぇわ。アホか、そのまま食われるぞ。お前どんだけお人好しなんだよ、馬鹿か。いいか、こういうのはな……」


 正直、スケットンはめちゃくちゃ驚いた。ぎょっとした。

 その感情のままにスケットンはナナシから魔力回復薬マジックポーションを奪い取ると、少年の口に瓶の口をねじ込んで、上を向かせる。

 重力に従って、瓶の中身はどんどん少年の口の中に吸い込まれて行く。

 スケットンはフンと鼻を鳴らした。


「これでオーケーだ!」

「いいわけあるか! 問題がありすぎるだろう!」


 さすがにルーベンスがツッコミを入れた。

 今まで目を回していた少年が、今度は目を白黒させているのだ。どう考えてもオーケーな状態ではない。


「スケットンさん、苦しがっていますよ」

「うるせぇ、てめぇはちっと危機感を持て!」

「何で怒っているんですか?」

「知るか!」


 スケットンが怒鳴った。実際に、何で怒っているかなんてスケットンにも分からなかった。驚いたのと、妙に不快だったのが合わさって、何でこんなに焦ったのかとスケットン自身も若干混乱していた。

 さて、そんな中。魔力回復薬マジックポーションを飲み干した(半ば強制的に)少年は、ゲホゲホと咽ながらスケットン達を見た。目の色は先ほどまでとは違って落ち着いた青色で、表情にも狂気さはない。むしろどちらかと言うと気弱そうだ。


「あ、あれ? ここは……えっと、あの、一体何が……」


 少年はきょろきょろと目を彷徨わせたあと、不安げにスケットン達を見上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る