第26話「貴様……さぞつまらん人生を送ってきたのだな」


 結界魔法の媒介となるものは、屋敷の主の書斎にある。

 そうフランデレンに説明されたスケットン達は、彼女に案内されてその書斎へとやって来た。

 ナナシ一人でも良かったのだが、完全に信用しきれない部分もあるため、スケットンとルーベンスもついて来た。


「ここが主の書斎ですぅ」


 フランデレンがそう言うと、書斎の鍵を開け、扉を開く。

 書斎の燭台にもすでに火が灯っていた。恐らくエントランスホールの仕組みと同じようなものなのだろう。


 書斎の中に入り、まず目に飛び込んで来たのは、壁と言う壁に取り付けられた本棚だった。

 床から天井まである本棚に、隙間が無いくらいにびっしりと本が詰まっている。

 スケットン達はあんぐりと口を開けてそれを見上げる。


「うわぁ天井まで本がありますよ、スケットンさん」

「おいおい見ろよ、絶版になってる奴まであるぞ。へーえ、こいつはすげぇなぁ」


 額に手をかざし見上げるスケットン達に、フランデレンはえへんと胸を張って笑う。


「主は読書家ですからぁ。古今東西あらゆる国の本を収集しているんですぅ。図書室にはもっとありますよぉ」

「図書室まであるとは……」


 書斎にあるだけでもかなりの量である。これにさらに図書室までとなると、その蔵書量は相当なものだろう。

 驚く三人にフランデレンはピンと人差し指を立てて言う。


「元の場所に戻して頂けるなら、読んでも構いませんよぉ」

「マジかよ、太っ腹だな」


 フランデレンの言葉にスケットンがヒュウと口笛を吹いて喜んだ。

 スケットンもこう見えて意外と読書家である。生前も依頼なり冒険なり遊びなりで家に帰る前に、本屋に寄っては色々本を購入し、夜更けまで読んでいたものだ。

 しかし悲しい事に、そんな話を酒のつまみにしてみても、十人が十人信じはしなかったが。

 ルーベンスも同様の感想を抱いたらしく意外そうに目を瞬いた。ナナシの肩に乗ったブチスラも驚いたように体を揺らしている。

 唯一ナナシだけは「勇者博物館に小さな文字で書いてありましたね」などと納得顔だった。

 ナナシの話を聞いたルーベンスは驚愕の表情を浮かべ、


「本を……読むのか?」


 とスケットンに尋ねるとナナシが噴き出す。

 スケットンはそんな二人を仮面の下の目で睨み、


「お前ら馬鹿にしてるだろ」


 と言った。

 そんなスケットンにナナシはくすくす笑って、


「あはは……それでは、私は魔力を注いで来ますね」


 と言ってフランデレンを見る。フランデレンは頷いて書斎の奥へと歩き出した。

 向かうのはカーテンが引いていある壁だ。窓があるかと思ったが、どうやらその先は結界魔法の媒介が置かれている小部屋へ通じているらしい。

 歩き出すナナシを見てルーベンスがびしっと右手を挙げた。


「勇者様、私もお供を!」

「いえいえ、私一人で大丈夫ですので、スケットンさんと待っていて下さい」


 しかしあっさりお断りされた。

 ルーベンスの申し出をすげなく却下したナナシは、ブチスラを肩に乗せたままフランデレンと一緒にカーテンの奥へと消えて行く。

 ルーベンスはそれを見ながら、心なしかしょんぼりとした様子で肩を落とした。


「やーい置いてかれてやんのー」

「うるさい、君もだろうが!」

「俺様は元からついて行く気ねーしー?」


 二人の姿が見えなくなると、スケットンはルーベンスをからかいながら、書斎の本棚へと近づいた。

 スケットンが近づいた本棚には鉱石や薬草などの図鑑が多く並べられている。

 軽く手に取って開いてみれば、分厚い図鑑の中には資料として本物の鉱石や薬草が収まっていた。図鑑としてだけではなく、何かあった時に素材として利用できる便利な本だ。

 

「へぇ、死霊魔法ネクロマンシー関連以外にも普通の本があるんだな」


 スケットンは感心しながら図鑑を棚に戻すと、死霊魔法ネクロマンシー関連の本を探した。


「『初めての死霊魔法ネクロマンシー』『これであなたも死霊術師ネクロマンサー』……入門編かこりゃ」


 本棚には初歩的な死霊魔法ネクロマンシーの本も並べられていた。

 屋敷の主が死霊魔法ネクロマンシーの勉強を始める際に利用したものなのだろうか。本の状態を見ると、かなり読み込まれているのが伝わって来る。

 誰しもが初めから何でも出来るわけではない。スケットンも強さを求めて訓練し、工夫したからこそ今がある。この屋敷の主もそうだったのだろう。

 スケットンは妙に納得しながら、その内の一冊を手に取った。『死霊魔法ネクロマンシーの使用と応用方法』というタイトルの本だ。

 ずっしりと分厚いその本を手に、スケットンは図々しくも主の椅子にドカッと座ると、本を開いた。


「……君は、よくのんびりしていられるな」

「何がよ?」

「勇者様の事だ。友好的な様に見えるが、アンデッドと一緒なのだぞ。心配ではないのか?」

「あいつ自身が大丈夫だって言っていただろ。ヘーキだよヘーキ。それにあんなひょろっこい見てくれでも勇者だ。簡単には死なねぇよ」

「それは……そうだろうが……」


 ルーベンスは心配そうに書斎の奥に視線を向けている。

 そんなルーベンスを気にせずにスケットンは本のページをめくる。

 ペラペラと読み進めて行くと、死霊魔法ネクロマンシーに使用する道具が記載されているページに目が留まった。

 そこには先端に黒水晶で作られたドクロの飾りがついた、ワンドサイズの杖が載っている。『不死者の杖イービルワンド』と名称が書かれていた。


「体に刺さっていた奴と似ているな……」


 スケットンは胸を押さえて呟いた。スケットンの体の中に引っかかっていたドクロの杖は、放り込んだ時のままで懐の中にある。

 彼自身が死霊魔法ネクロマンシーによって蘇ったと考えるならば、その杖がある事も理解出来る。

 その時ふと、シェヘラザードの顔が浮かんできた。そう言えば彼女は別れ際に、スケットンが持っている変な物を捨てろ、と言っていた。

 もしかしたらシェヘラザードが言った「変な物」とはあの杖の事だろうか。

 本を読みながら考えるスケットンに、ふいにルーベンスが声を掛けた。


「おい」

「何だよ」

「そう言えば、君はスケットンという名前なのか?」

「そうだけど?」


 かなり今さらではあるが、そう言えばスケットンはルーベンスに名乗っていなかったな、と思い出す。

 だが、直ぐに別れる相手だろうし、スケットンにはどうでも良かったので軽く流した。


「スケットンと言えば、歴代最強の勇者の名前だろう」

「それが何だよ」

「仮にもそんな勇者の名前を与えられているならば、もう少しこう……ないのか?」

「もう少しって?」


 ルーベンスの言葉の意味が分からず、スケットンは顔を上げる。

 仮面越しに不可解そうな視線を受けながら、ルーベンスは大真面目な顔で言った。


「勇者の名に相応しい謙虚さや真面目さだ」

「ぶっは!」


 謙虚さと真面目、と聞いてスケットンが思い切り噴き出した。

 相当ツボに入ったようで、腹を抱えてひいひい笑いながら、机を拳で叩いている。生前ならば涙まで出ていただろう。

 ルーベンスは何故ここまで笑われているのか分からないようで、言葉に困惑の色を混ぜながら怒る。


「な、何がおかしい!」

「お前さ、歴代勇者のスケットン様が何て言われてんのか知ってて、それ言ってるわけ?」

「し、知っているとも! 痴情のもつれで刺されて死んだとか、素行が良くなかったとか! あと……」


 指折り数えてルーベンスは言う。

 羅列されていく自分の悪評に、スケットンはだんだん虚しくなってきた。流石に多すぎじゃね、などと思っていると、


「……確かに悪評の方が多いだろうが、それでも勇者スケットンの強さは本物だった。誰も成し遂げる事が出来なかった結晶迷宮クリスタルメイズを踏破しての魔剣【竜殺し】の入手、魔族に占拠された村を一人で解放し村を救った事、そしてカッツェンアウゲの町の門を魔族から守り切った事。彼の功績は忘れられやすいだけで色々ある」


 とルーベンスは言った。その言葉にスケットンが空洞の目を丸くする。

 悪評の方は良く聞くが、その逆を聞くことはあまりなかったので驚いたのだ。


「悪評もあれど、彼の功績も他の勇者に引けを取らないくらい素晴らしいものだ。私の父も、彼は確かに勇者であったとよく言っていた。だからこそ、同じ名前をしているならば、それらしく生きたらどうだ? ご両親も意味を込めてその名前をつけたんだろう?」

「…………」


 思わず言葉を失くしたスケットンの頭に、ふと彼の両親の言葉が浮かんできた。


―――――誰かを助けられるように。


 自分の名前の由来を両親に聞いた時に、二人が教えてくれた言葉だ。

 それを思い出して、スケットンはため息を吐いて肩をすくめる。


「……どんな意味を込められようが、これは俺の人生だ。それを赤の他人にケチつけられる謂れはねぇよ」


 まぁ死んでるけどな、とスケットンは心の中でぼやく。

 ルーベンスは首を横に振ると、自分の胸に手を当てた。


「確かにどんな人生を歩もうが自由だ。だが死んでもその行いは語り継がれるものだ。良い行いをすればなおの事だろう」

「てめぇの言う良い行いってのは『他人にとっての』だろ」

「良い行いをするに当たって、自分にとって、他人にとってと、区切る必要がどこにある?」

「そんな事を進んでやる奴の気が知れねぇって言ってんだよ。どんな名前をつけられようが、どんな善行を積もうが、死んだらただの過去形だ。それ以上でも以下でもねぇんだよ」


 吐き捨てるようにスケットンが言うと、ルーベンスが目を細めた。


「貴様……さぞつまらん人生を送ってきたのだな」

「……ぁあ?」


 スケットンが睨むと、ルーベンスも負けじと睨み返す。

 武器にこそ手が伸びていないものの一触即発の雰囲気だ。

 ピリッと尖る空気が二人を覆う中、書斎の奥からナナシが戻って来た。


「ただいま戻りましたー……って何事で?」


 戻ってきて早々に感じた険悪な雰囲気に、ナナシはきょとんとした顔で二人を見る。


「……何でもねぇ」

「何でもありません」


 スケットンとルーベンスは視線も合さずそう答える。

 何でもない、という様子ではない事はナナシにも分かったようだが、事態の悪化を危惧してか、それ以上は聞かなかった。 

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