第27話「さっきまでとしゃべり方違くね?」


 書斎から広間に戻ると、長いテーブルの上にパンとブルーチーズ、ハムの入ったサラダにスープ、そしてワインが並べれらていた。

 どうやら結界魔法の媒介に魔力を注ぎに行っている間に食事の用意をしてくれていたようだ。

 フランデレンは「このくらいしかご用意出来なくて」と申し訳なさそうに言ったが、それでも十分な量だった。

 並べられたパンはふっくらと柔らかそうで、ブルーチーズからはほんのりと甘い、、香りが漂っている。

 ハムの入ったサラダは採りたてなのか瑞々しい色をしており、野菜のたっぷり入ったスープは温かそうな湯気を上げていた。


「おお……!」

「ナナシ、腹の関節が鳴ってるぞ」

「うぐう」


 スケットンにからかわれたナナシは腹を押さえて、むう、と口を尖らせる

 だが直ぐに機嫌を直し、並べられた料理を見ながら、それぞれ席に着いた。


「おかわりはたくさんあるんでぇ、足りなかったら言って下さいねぇ」


 フランデレンがそう言いながら、三人のグラスにワインを注いでいく。ナナシは酒を飲める年齢ではないので遠慮していた。

 それを見ながらスケットンはワインの注がれたグラスを手に取った。深い赤色が燭台の灯りに照らされてキラキラと輝いている。

 美味しそうな色だが、スケットンは『まぁ食べられねぇわな』と思って、テーブルの上にグラスを戻した。


 スケルトンとなったスケットンは基本的に食事を必要としない。というより出来ないものであった。

 何せ体が骨なのだ。食べ物を味わう舌も、消化する器官も、栄養を必要とする肉体もない。

 生前の記憶から食べ物を見れば「食べたいな」とは思うし匂いも分かるが、腹は空かないし、無理に口に入れても全く味を感じない。

 口に入れてもただ体を通過するだけ。それが今のスケットンと食事の関係だった。


 それを自覚したのは旅の最中だ。スケットン自身も何か食べられないものかと試してみたが無理だった。

 多少気落ちはしたが、こんな体ならば仕方ないとも思った。

 ナナシもそれを知っているため、食事になるとスケットンに見えない場所でササッと済ませている。気を遣われているという事は流石にスケットンにも分かったが、敢えて何か言う理由もなかったので放っておいた。

 むしろほんの少し、本当にほんの少しだが有難いとも思っていた。食べられないのは仕方ないが、目の前にすると「食べてぇなぁ」などと地味に精神にダメージが食らうのだ。

 それを知らないルーベンスは、食事をしようとする様子の無いスケットンに首を傾げた。


「食べないのか?」

「腹が減ってねぇからな」


 食べられないという方が正解だが、スケットンはそういう事にした。その方が面倒も少ないからだ。

 だがルーベンスは眉を顰め、スケットンを咎める。


「せっかく用意して下さったんだぞ、失礼ではないか。せめてひと口でも……」

「食べたら死にますよ、ルーベンスさん」


 ひと口でも食べたらどうだ、と言いかけたルーベンスの言葉をナナシが制する。

 穏やかな口調ではあるが、そこから飛び出た『死』という言葉に、ぎょっとして二人がナナシを見る。

 向けられた視線にナナシはにこりと笑った。


「グレゴリウスの魔花入りのチーズとは、なかなか面白い事をなさる」

「ぐ、グレゴリウスの魔花ですか……!?」


 ルーベンスが慌てて手に持ったチーズを皿に戻した。

 スケットンはそのチーズに目を向ける。見た目はブルーチーズだが、言われてみれば確か匂いに違和感があった。


 グレゴリウスの魔花とは、深い緑色をした猛毒の花だ。綺麗な花には何とやら、その花の花弁や葉の一欠けらでも口に含めば、眠るように死ねる。

 痛みや苦しみはないようだが、実際の所は当事者ではなければ分からない。

 食べ物や飲み物にこっそりと入れて毒殺などに使われたり、それ以外にも毒や呪いを主とした魔法の媒介としても利用されている。

 グレゴリウスの魔花は主に魔族の住む土地に生えているため、手に入れる事は難しいものではあるが、販売ルートさえ確保できれば全く手に入らないと言うものでもない。ただし物が物だけにかなり値は張るのだが。


「ぇえ? 酷いですよぅ、ナナシ様ぁ。それがグレゴリウスの魔花なんて言い掛かりですぅ」


 ナナシの言葉にフランデレンは心外だと口を尖らせる。

 だがナナシは引かず、笑みを深めた。


「ブルーチーズに混ざるにしては、魔花の香りが甘ったるすぎるんですよ」

「そう言えば、確かに甘い匂いが……」


 チーズに視線を向けたまま、ルーベンスは懐からガラスの小瓶を取り出した。中には何やら透明な液体が入っている。

 サウザンドスター教会謹製の聖水である。聖水とはアンデッドや魔族に対して効果を発揮するものだが、その製造上で使用した素材次第では解毒や解呪の効果を持たせる事も出来る。

 ルーベンスは小瓶のフタを開け、聖水をチーズにかけた。するとジュッと焼けるような音がして、チーズから緑色の煙が立ち上る。

 それを見てルーベンスはギロリとフランデレンを睨んだ。


「……これはどういう事だ」


 ルーベンスの追及に、フランデレンはフッと表情を消した。


「……結界のお礼に、せめて苦しまないようにと思いましたが……残念です」


 間延びした口調とは一転して、フランデレンは静かに言った。


「さっきまでとしゃべり方違くね?」

「気にするところはそこですかスケットンさん」


 スケットンの疑問には答えず、フランデレンは手を動かす。

 するとバンッと広間のドアが勢いよく開き、アンデッド達がわらわらと入って来るた。それぞれの手に持っているのは、放棄やトレイなどではなく、剣や槍などの武器だ。

 つい先程まで和やかな雰囲気だったアンデッド達は、今はスケットン達に敵意の籠った目を向けている。


「ナナシ様以外は殺して良し、と主から命令を受けております。他のお二人はお覚悟を」

「その割にはナナシも魔花で殺そうとしたじゃねぇかよ」

「ナナシ様に毒は効かないと聞いておりますから」


 毒は効かない、と聞いたナナシは目を丸くしてスケットンを見上げる。心なしか嬉しそうだ。


「え、本当ですか。スケットンさん良い事を聞きました。これでどんな食べ物も食べ放題です」

「喜んでんじゃねぇっての」

「実は毒キノコってどんな味をしているのか興味があったんですよ」

「捨てちまえそんな興味」


 スケットンとナナシが世間話のような会話をしていると、


「君達、こんなタイミングでする会話ではないだろう!」

 

 とルーベンスが怒鳴った。当然である。

 フランデレンもルーベンスの言葉に同意するように頷いた。


「ええ、本当に、こんな時にする会話でありませんね。ですが――――存分に? だって、これがあなた方の最後の語らいとなるわけですから」


 そう言うと同時に、フランデレンのメイド服の袖からジャラジャラと鳴る鎖つきの鉄球が床に落ちる。

 重い音を立てて落ちた鉄球は床板を抉った。


「オイオイ補修すんのが大変だろ、やめとけやめとけ」

「お心遣いありがとうございます。ですが、そういうわけには参りませんので」


 フランデレンはにこりと微笑む。

 室内で戦うのは面倒だな、と思って言ってみたスケットンは、返って来た言葉に肩をすくめた。


「そもそも何で俺達を殺そうとするんだよ?」

「屋敷を見られたから――――だけでは足りませんか?」


 フランデレンの答えを、スケットンは「フン」と鼻で笑った。


「殺す動機にはありきたりだが、殺す意図にはちと弱い。突然の土砂降りで走っていたら、雨宿りにおあつらえ向きの屋敷があると来たもんだ。しかも屋敷のアンデッド達は気さくで親切。そいつはちょいとご都合主義過ぎるだろ? その辺りもてめぇらの主とやらの仕込みかい?」


 スケットンがそう聞くがフランデレンは答えない。

 だが彼女は否定もしない。

 沈黙を肯定と受け取ったスケットンはルーベンスを見て言った。


「おいルーベンス、お前、司祭様とやらに売られたな」

「は!? 何を馬鹿な……」


 ルーベンスは目を剥いた。

 有り得ない、とルーベンスが否定する前に、フランデレンは笑みを深める。


「ああ、やはり、あなたは勘が良い。素行の最悪さに目を瞑っても十分です。だから主はあなたをアンデッドにした、、。まぁ自由に動ける理由は分かりませんが、主さえ戻ればその自由もないでしょう」


 スケットンは「やっぱりな」と呟く。

 ルーベンスは二人の顔を交互に見て、


「した? おい、まさか……」


 と聞き返す。正確には聞き返そうとした時だ。

 話は終わりだと言わんばかりにフランデレンが鉄球を振り上げると、周囲のアンデッド達がスケットン達に向かって襲い掛かった。

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