第23話「アグレッシブに会話を持ちかけられました」


 キャラバンと別れてからしばらく。

 竜の守る村オルパスへ続く森の道を、スケットンとナナシは並んで歩いていた。

 二人の後方、数歩離れた位置には何故かサウザンドスター教会の教会騎士ルーベンスの姿がある。

 その理由をルーベンスが聞かれもしないのにペラペラと語っていたのはほんの数分前の事だ。

 本人曰く、キャラバンの怪我人の手当てを済ませると、彼は走ってスケットン達を追いかけて来たのだそうだ。

 理由は何やら色々話していたが、恐らくはスケットンが言った「アンデッド退治を~」という言葉に憤慨したのが主な原因だろう。


「スケットンさん、どうします? この分だと、あの人ずっとついて来ますよ」

「放っとけ、触ると余計面倒くさいぞ。いないものとして扱え。その内諦めるだろ」

「はあ、そういうもんですかね」


 言いながら、ナナシがちらりと目をやった。

 スケットンは「あ、この馬鹿」と止める前に、ナナシの目とルーベンスの目が合う。

 ルーベンスはにこりと微笑むと、


「いやぁ本日は良い天気ですね!」


 と、元気に会話を投げかけてきた。


「はぁ、ええ、まぁ、そうですねぇ」


 ナナシは当たり障りなく打ちかえして、顔を前に戻す。


「アグレッシブに会話を持ちかけられました」

「だから放っとけっつっただろうが」


 スケットンはナナシを見下ろして呆れたように言う。

 そうこうしている内にルーベンスはナナシの隣までやって来た。

 ほら見ろ、と言わんばかりのスケットンの視線にナナシは苦笑する。


「いやぁ、徒歩で移動するなんて、久しぶりです。なかなか良いものですね」

「地味に金持ち自慢かよ」


 スケットンがケッと悪態をつくと、ルーベンスがギロリと睨む。

 そんな二人に挟まれたナナシは困った顔で「まぁまぁ」と双方を宥めた。


「そう言えばルーベンスさん、私達より先に出発して馬車移動していたのに、オルパスに行くまで随分時間が掛かったんですね」

「ああ、それは……」

「オルビド平原を避けたんだろ」


 ストレートにスケットンは言った。

 琥珀砦の町ベルンシュタインから竜の守る村オルパスへ向かうには二つのルートがある。

 一つはスケットン達のようにオルビド平原を突っ切るルート。もう一つは、かなり大回りになるが、オルビド平原を迂回して進むルートだ。

 スケットン達のようにオルビド平原を突っ切る事が出来れば、迂回ルートよりもかなりの時間短縮にはなるものの、道中の危険は高い。なので迂回ルートの方が一般的だった。 


「当然だろう? 旅の安全を考えれば、幾ら時間短縮が出来たとしてもデメリットの方が大きい。あそこを通ろうなんて考えるのは、よほどの腕自慢か愚か者かのどちらかだ」

「あははは……まぁ、そうですねぇ」


 ルーベンスは悪びれもせずに言う。ナナシは困ったように笑ってスケットンを見上げた。


「お前、無自覚に地雷魔法踏むよなぁ」

「私は地雷魔法など踏んではいないが?」


 スケットンの皮肉に、ルーベンスは訳が分からないといった様子で首を傾げた。

 ルーベンスはスケットンとナナシがオルビド平原を突っ切って来た事は知らない。なので自分がそうしたように、スケットン達も平原を迂回したのだろうと考えているようだ。

 だがしかし、迂回していたならば徒歩の二人が馬車に追いつけるわけもないのだが、その辺りの事は思いつかなかったらしい。

 眼鏡のせいで頭が良さそうには見えるが、案外抜けているんだなとスケットンは思った。


「まぁそれはそれとして……そう言えばオルビド平原というと、さきほどのデュラハンもあそこから流れて来たのでしょうか?」

「そう考えるのが自然だろうが、野良デュラハンなんて聞いた事ねぇぞ」

「ですよねぇ」


 うーん、とナナシが腕を組んで唸った。肩に乗ったブチスラはナナシの真似をして体を揺らした。

 デュラハンとは、身体能力の高い騎士を元にして生み出されるアンデッドである。

 アンデッドは基本的に自然に生まれるか、死霊術師ネクロマンサーによって生み出されるかのどちらかなのだが、ことデュラハンなどの高レベルのアンデッドは例外として、死霊術師ネクロマンサーの手が加えられてのみ生み出される。

 その際に施される死霊魔法ネクロマンシーはゾンビやスケルトンとは桁違いな程に複雑で、手間も費用もかかる代物だ。それだけの労力の末に生み出されるため、生前の身体能力の高さと合わさって、デュラハンはかなり強い力を持っている。それゆえに、大体は主である死霊術師ネクロマンサーの護衛などに連れ出される事が多かった。

 だが、スケットンが倒したデュラハンは何故かこんな場所にいて、野良アンデッドのようにうろうろしていたのだ。

 幾ら世の中がアンデッドだらけだったとしても不自然過ぎた。 


「迷子のデュラハンだったんですかね」

「アンデッドが迷子ってナニ」

「いえ、生前が方向音痴のアンデッドって、結構そうなるらしいですよ」

「マジかよ」


 無駄知識が増えた気がする。そんな事を思いながら、スケットンは先ほど倒したデュラハンの事を思浮かべる。

 デュラハンの不自然さはそれだけではない。もう一つはその体の傷だ。

 アンデッドであるデュラハンは、一度死んだ身であるため、体や鎧に傷がある事自体は何ら不思議ではない。問題は体の傷の種類だ。

 あのデュラハンの鎧や体につけられた傷は、獣が爪で切り裂いたり、噛み付いたりして出来たようなものばかりだった。武器らしいもので攻撃された跡は兜の後頭部についたへこみだけ。

 仮にオルビド平原で命を落としたのならば、そう言った傷よりは武器で追った傷の方が多いはずなのだ。にも関わらず、デュラハンの体は引っかき傷や噛みつき傷が大半だった。


「お前、デュラハンの体の傷は見たか?」

「ええ。武器傷の少なさが気になりました。死因になりそうなものが後頭部のへこみくらいでしょうが……ですがアンデッドの弱点である頭部を損傷した遺体を使う理由が分かりません」

「そこだよな……まぁあのデュラハン、様子がおかしかったし」

「そうなんですか?」

「何かしゃべってたんだよ。聞き取れなかったけどよ」

「ほうほう。うめいていただけだと思ってました」


 どうやらナナシはデュラハンの言葉は聞き取れなかったようだ。

 よく聞かなければ分からないくらい途切れ途切れの言葉だったので、スケットンも相手に集中していなければただのうめき声だと思っただろう。


「そんなに奇妙な事か? 今のこの国の様子ならば、どこにどんなアンデッドが現れても不思議ではないし、そもそもデュラハンは獣型のゾンビやスケルトンと一緒に現れたのなら、そいつらにやられた傷だと考えても別に不自然ではないだろう?」

「いえ、普通ならアンデッドはアンデッドを襲ったりしないんですよ」


 ルーベンスの疑問にナナシが答える。

 基本的にアンデッドはアンデッドを襲わない。『生』に執着する彼らにとって、『死』と同意語であるアンデッドを襲っても、何の意味もないからだ。

 もしもアンデッドがアンデッドを襲っている、などという事があるならば、それは死霊術師ネクロマンサーの命令によるものである可能性が高い。

 そうナナシが説明すると、ルーベンスは「ふむ」と顎に手を当てた。


「言われてみれば、馬車を襲ってきた獣型のアンデッド達は、何かを探しているような様子でしたな」

「それがどうしてあんな事に?」

「こちらに気が付いていないならば、先に倒してしまおうと思いまして、奇襲を」

「奇襲したのにやられかけたって、どんだけ間抜けなんだよ」

「何だと!」

「まぁまぁまぁまぁ」


 鼻で笑うスケットンに激昂するルーベンスを再びナナシが宥める。

 スケットンの口の悪さが原因ではあるが、もともとの相性も悪いのだろう。


「獣型のアンデッドって、人型と比べると動きが速いですからね。見くびると死にますから、無事で何よりです」

「あ、は、ははは……そうですね……」


 ナナシがフォローするようにそう言うと、ルーベンスは痛い所を突かれたように乾いた笑いを浮かべた。

 こいつもこいつで無自覚に抉るよな、などとスケットンが思っていると、


―――――ぽたり。


 と、雨が一滴、スケットンの仮面に落ちた。

 見上げれば、つい先程まで綺麗な青色が広がっていた空を、どんよりとした灰色の雲が覆っている。


「さっきまであんなに晴れていたのに……」

「まぁ少しくらい降ったって大丈夫だろ」


 数滴ぽたり、ぽたりと落ちるくらいならば、びしょ濡れになる心配はない。

 そう言ってスケットンが歩き出したとたん、バケツの水をひっくり返したような土砂降りになった。


「君が変なフラグを立てるからだぞ」

「スケットンさん、土砂降りフラグ立てたんですか?」

「おいふざけんな、天候の気まぐれを俺様のせいにするんじゃねぇ」

「天に悪態をつくと、女神様の機嫌を損ねるのだ。勉強したまえ!」

「俺はサウザンドスター教徒じゃねぇの! てめぇらの教えなんざ知るか!」


 ぎゃあぎゃあ言い合いながら三人は走って、雨宿りが出来る場所を探す。

 そうしていると、おあつらえ向きのように、森の向こうに何やら建物の屋根が見えた。


「ちょうど良い!」


 嬉々として走る三人。

 やがて辿り着いたのは、雨の中にどんよりと佇む、古びた屋敷だった。

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