第22話「カンペじゃねぇか」


 竜の守る村オルパスまであと一息といった頃、二人は森の中を歩いていた。

 スケットンは相変わらず不機嫌そうに黙ったままだ。そんなスケットンの様子を伺うように時折向けるナナシの視線を、スケットンは気付かないフリをする。

 しばらくそうしているとナナシは少し気落ちしたように視線を落とした。


 実際にスケットンの機嫌はあまり良くなかった。

 単純にナナシが言った言葉が図星だったからだ。苛立って、ついナナシに八つ当たりをしてしまったが、別に彼女が悪いなんて事は全くないのはスケットンも分かっている。

 だがつい出してしまった態度を、今さら何事もなかったようには戻しにくい。

 スケットンは『やべぇ、サラッと戻すきっかけがねぇぞこれ』と、心の中で頭を抱えていた。

 今までの様子ならばナナシが何か声を掛けてくれて、そこから普通に話す事が出来たのだが、今回はそれがない。

 かと言って自分からは何と声を掛けて良いのかも分からない。

 こんな事は生前には悩まなかったし、そもそもその必要性もなかった。悩まなかったために、スケットンには現状を打破する方法が思いつかない。

 もしかしたら目的地オルパスまでずっとこのままじゃないか、などとスケットンが思っていると、ふっと道の先から戦いの音が聞こえてきた。


「何だ?」


 駆け足気味に先に進むと、数台の馬車がアンデッドに襲われているのが見える。

 馬車を襲っているのは見慣れた人型ではなく、獣の姿をしたゾンビやスケルトンだ。

 アンデッドと退治しているのは騎士らしい男や、傭兵達。すでに数体のアンデッドは倒され、地面に倒れているものの、馬車側と比べるとアンデッド側の数が多い。

 馬車側の不利を悟ったナナシは、


「いっちょ助けて来ます」


 とスケットンに言って動き出した。

 会話になるきっかけが出来た事に、ある意味ほっとしたスケットンは、


「他人の仕事に手ェ出すな。余計なお世話だぞ」


 と言うがナナシは笑って、


「余計なお世話は勇者の専売特許ですよ」


 と言いながら魔法を展開し始めながら走り出した。

 彼女の魔法発動したのは比較的直ぐだ。

 スケットンにとっては見慣れた炎帝の矢イグニスがアンデッドの頭を屠って行く。

 魔法の発動によってナナシに気が付いた騎士や傭兵、そして馬車に乗った人々から歓声が上がる。


 スケットンにはその光景が、彼の両親の姿と重なって見えた。

 

 ああいうのは馬鹿のやる事だ。

 他人に利用され、いい様に扱われ、最後には命さえ掴まれて人生まるまる奪われる。

 そうやって両親は死んだ。

 真っ平だ。

 

「お人好しすぎるっての」


 スケットンはケッと吐き捨てる。

 ナナシは人々に向かって「もう大丈夫です」と笑いかけていた。


 その背後から、ぬっと、アンデッドが姿を現す。

 大柄な姿に騎士の鎧、そして脇に抱えた兜の頭。首無し騎士。


――――高レベルのアンデッド、デュラハンだ。


「……ラ……ロン……の、ため……」


 デュラハンは呻くように何かを言いながら、ナナシに向かって大剣を振り上げる。

 スケットンは反射的に魔剣【竜殺し】を抜いて走り、デュラハンの剣を防いだ。


「デュラハン!?」

「ボケッとしてんじゃねぇ、そいつら逃がせ! 邪魔だ!」


 スケットンはそう怒鳴ると、デュラハンの剣を押し返す。

 デュラハンはすでに爪や牙で裂かれたような傷だらけの手負いだったが、ナナシの【レベルドレイン体質】のせいだろうが、想像以上に力が強い。

 何とか撥ね退けたものの、デュラハンは数歩下がったくらいで、またナナシを狙って歩き出す。


「無視してんじゃねぇ!」


 スケットンは頭を抱えた腕目がけて【竜殺し】を振り下ろす。

 魔剣の剣心が淡く光り、デュラハンの腕を斬り落とした。

 腕が落ちると同時に、抱えられていた兜の頭がガシャンと落ちて地面に転がる。

 その後頭部に鈍器で殴られたような酷い陥没があるのが見えて、スケットンはぎょっとした。


「…………の、ため、に」


 はっきりと聞こえたのはそれだけだ。

 スケットンは落ちた頭に【竜殺し】を突き立てると、糸の切れた人形のように、フッとデュラハンの体も倒れた。


「何だってんだ……?」


 スケットンは呟きながら【竜殺し】を軽く振り、鞘に戻す。

 デュラハンはただ呻くのではなく、確かに言葉を口にした。ナナシを狙っていた事から見ても、意志があった事は確かだ。

 つまり死霊魔法ネクロマンシーによって蘇ったアンデッドという事になる。

 デュラハンは誰かの、もしくは何かのためにナナシを狙ったのだ。


「あいつ、誰かに恨まれるような事でもしたのか?」


 スケットンは腕を組んで考える。

 今のナナシの様子だけ見れば誰かに恨まれる姿など想像がつかないが、記憶を失う前ならば可能性はある。

 可能性はあるが、スケットンにはナナシが誰かに恨まれるような姿がどうにも結びつかなかった。

 そんなスケットンの所へ、ナナシが駆け足で戻ってくる。 


「スケットンさん、ご無事ですか?」

「誰に言ってんだよ、誰に」

「良かったです。助かりました、ありがとうございます」

「……礼を言われるような事じゃねぇよ」


 チヤホヤされるのも賞賛されるのもスケットンは大好きだが、素直に礼を言われるのは生前の頃からどうにも慣れなかった。

 むずかゆいような感覚を振り払うように、スケットンはナナシに聞く。


「で、馬車の方はどうだった?」

「人も馬も無事です。戦っていた数人の傭兵と教会騎士が怪我をしているくらいですね」

「そうか……って、うん? 教会騎士?」


 ナナシが言った言葉に、スケットンが嫌な予感を感じていると、


「勇者様!」


 などと、聞き覚えのある声がした。声の方に顔を向ければ、琥珀砦の町ベルンシュタインにいた教会騎士のルーベンスが手を振っているのが見える。

 近づいてくるルーベンスに、スケットンは露骨に嫌そうな顔になった。


「何でこいつがこんな所にいるんだよ」

「それは私の台詞だ。貴様こそ、まだ勇者様と一緒だったのか」


 ルーベンスのまたスケットンを見て嫌そうな顔になる。

 第一印象こそ最悪だったが、それは今も継続中の様だ。

 ルーベンスの言葉を無視しして、スケットンはナナシに耳打ちする。


「おい、こいつ、まさか世界樹のアレじゃねぇだろうな?」

「怪しいと言えば怪しいですけれど、ここにいる教会騎士はルーベンスさんだけみたいです。他にいるのはキャラバンが雇った護衛ですよ」

「ああ、あの馬車、商人の団体か」


 スケットンとナナシがこそこそ話をしていると、ルーベンスは首を傾げる。


「どうされましたか?」

「ああ、いえ。その……司祭様がいらっしゃらないので、ご無事かなと」

「そうでしたか。司祭様でしたら急用が出来て、ベルンシュタインから直接王都へ向かわれたのですよ」


 ルーベンスが胸に手を当て、にこりと笑う。


「急用ねぇ……」

「何か?」

「まぁまぁ。えっと、ところで、こちらの商人は?」

「彼らがオルパスへ向かうと伺ったので、同行させて頂いたのです。司祭様の代わりに、私が村や町を回る事になったのです」


 力強く語るルーベンスを、スケットンは鼻で笑う。


「教会騎士がねぇ? へー? ふーん? ちゃーんと布教出来るわけ?」

「お前の脳みそと一緒にするな。私には司祭様のお言葉を一言一句メモをしたこの手帳がある!」

「カンペじゃねぇか」

「カンペではない! 有難いお言葉集だ」


 そう言ってルーベンスは有難いお言葉集らしき手帳を掲げた。

 ぺかーっと後光が指しているように見えて、スケットンは仮面ごしに目を擦る。


「それはそれとして、ナナシ様達はどちらへ向かわれるのですか?」

「オルパスの辺りですね」 

「何と! これは僥倖! それでしたらぜひご一緒にいかがですか? 馬車の方が早いですし」


 ルーベンスがにこにこ笑って言った途端、傭兵達がわずかにざわついたのがスケットンに分かった。

 彼らの視線の先にいるのはナナシだ。


「お、おい、ルーベンス、正気か?」

「勇者は……」

「ベルンシュタインでは嫌そうな顔したくせにぃー」


 傭兵が言いかけた言葉を遮って、スケットンが大声で言った。

 スケットンの言葉に、ルーベンスが「うぐ」と言葉に詰まる。そして睨んだがスケットンは素知らぬ顔だ。


「どうせ数時間も歩けばオルパスだ。馬車で行く必要はねーよ。ついでにお前さん達がやらねーよーなアンデッド退治もしてってやるから盛大に感謝しろ」

「な!? だ、誰がアンデッドを退治しないだと!?」

「お前ら」


 馬鹿にしたようにケッと笑ってスケットンが言うと、みるみるルーベンスの顔が怒りで赤くなる。

 ナナシはなだめるように二人の間に入って、


「まぁまぁお二人とも。……というわけですので私達は徒歩で向かいます。お気になさらず」


 と言って頭を下げた。スケットンは「フン」と鼻を鳴らして歩き出す。ナナシもそれに続く。

 遠ざかって行く二人に向けてルーベンスは、


「あ、ゆ、勇者様……!」


 と声を掛けたが、スケットンもナナシも足を止める事はなかった。

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