第13話「鮮度的な感じでしょうか」
それから少しして、スケットン達はベルンシュタインにある『カトラおばさんのクローゼット』と言う名前の服屋へとやって来ていた。
ナナシが言っていた『馴染みの店』なのだそうだ。スケットンがつけている仮面もここで購入したらしい。
ここでスケットンの服を新調しようとの事なのだが、店に連れてこられたスケットンは、その店構えを見た瞬間から帰りたい衝動に駆られていた。
その理由はこの『カトラおばさんのクローゼット』が、とても可愛らしい店だったからである。
「ずいぶんファンシーな店だな……」
スケットンは現実を直視する事が出来ず、呆然とそう呟いた。
ピンク色を基調とした内装には、至る所にウサギの絵の小物が置かれている。店に並べられた服は、レースをふんだんに使ったドレスや、何に使うのか分からないウサミミ付きのカチューシャ、フリフリのスカートなど、乙女の夢とロマンが詰まったものばかりだった。
だがそれだけならばスケットンはまだ辛うじて許容出来た。
着る事は出来ないが、並べられた服や小物に使われている素材はかなり良い物ばかりなのだ。
滝壺の底でしか採れない純度の高い水の属性を持った『水精の雫』という宝石や、育てるのが極めて難しい輝石ブドウで染めた『紫晶の布』、火トカゲの王たるサラマンダーの鱗を加工した『耐火のリング』など、希少な素材が山ほど使われている。それに付随して値段も馬鹿高いが、それらが持つ効果は抜群だ。
スケットンもそれは素直に凄いと思ったし、これだけの希少な素材を一度に見る機会は滅多にないので、それだけならば見ている分には楽しかった。
だが、そんなスケットンにとどめを刺した人物がいた。
『カトラおばさんのクローゼット』の店主であるカトラである。歳は五十代後半、ふくよかな体つきの気風の良い女性である。
店の様子から分かるだろうが、カトラは可愛い物が大好きだ。
フリフリ、フワフワな可愛い物をこよなく愛し、収集し、その趣味が高じて店まで開いてしまうほどである。
もちろんカトラが着ているのも、フリフリ、フワフワのとても可愛いピンク色のドレスだった。
だが大変失礼ながら、スケットンにはそれが耐えられなかった。
そして自分がこれから着る事になるだろう服が、どんな可愛らしいものかと想像し、軽く絶望を覚えたのだ。
「あら、そーお? 嬉しい事言ってくれるじゃないのさ、お兄さん!」
だがカトラは、そんなスケットンの言葉を前向きに受け取ったようだ。にっこにこの笑顔でスケットンの背中をバンバンと叩いている。ずいぶん思い切り叩いているようで、スケットンの体がガクガク揺れた。
しかしそんな仕打ちを受けようとも、スケットンは心ここにあらずという様子で、怒りもせずにされるがままである。大変珍しい光景だ。
ブチスラなど、カトラの勢いに怯えてナナシのフードの中に隠れてしまっている。
カトラはそんなことなどお構いなしで、
「しかしあんたボロボロだねぇ。替えの服とか持っていないのかい?」
とスケットンの服装を見て呆れた様子で言った。だがスケットンは呆然とし過ぎていて反応しない。その代わりにナナシが頷いた。
「そうなんです。なので彼に合う服をお願いしたいんですが、良いのありますか?」
「あらやだ
「すみ?」
ニヤニヤと笑うカトラに、ナナシは良く分からないという様子で首を傾げてスケットンを見た。スケットンはもうどうにでもしてくれと思った。
どうにもスケットンはこのカトラという女性が苦手らしい。ぐいぐいと押してくる彼女の勢いに負けかけている。
「とにかく、ナイスな服をお願いします」
「ああ、もちろんさ! 良いのがあるんだ、まかせときなっ」
カトラは張り切ってそう言うと、スケットンの腕を取った。そして店の奥へ奥へと引っ張って行く。
「あんた軽いねぇ。ちゃんと食べてるのかい?」
「ああ、まぁ、肉がねぇからな……」
本当に肉がないからなのだが。
スケットンはぼんやりとそう返しながら、ふと、カトラは自分の体の事情を知っているのだろうか、と若干心配になった。
何といってもスケットンの体は骨なのだ。意識云々は置いておいても見た目は完全にアンデッド。
着替えの際に服を引っぺがされでもすれば、見事なスケルトンが登場する事になる。そうなれば即座に通報されかねない。
通報されて、討伐隊がやって来る事になれば、逃げおおせないだろう。
「おいナナシ」
スケットンは心の中で「自分は最強だから問題ないが」と前置きしてからナナシに声を掛けた。
その言葉の意図が分かったようで、ナナシはにこりと笑って頷くと、
「大丈夫、ご存じですよ」
と、力強く言った。
どうやらスケットンがスケルトンである事はご存じらしい。
その返答にスケットンは少しだけ自分を取り戻した。そしてカトラに向かって抱いた感想を正直に言う。
「俺がこんな姿だって知っていて、良く普通に接客が出来るなババァ」
「誰がババァだよ。普通のババァと一緒にするんじゃないよ。ほら見てごらんよ、あたしはまだピッチピチのババァじゃないか、失礼だねぇ」
ピッチピチのババァだと名乗ったカトラにスケットンは半眼になる。
「ピッチピチのババァってナニ」
「鮮度的な感じでしょうか」
「鮮度」
どうやらババァには鮮度があるらしい。
自分の理解を越えた返答と、それに順応しているナナシに、スケットンは気が遠くなった。
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