第14話「あたしがババァじゃなかったら殴ってるところだよ」

 それから一時間後の事。

 意識が遠い世界へ旅立っていたスケットンは、ようやく元の世界へと戻って来た。

 気が付けばスケットンの服は新品のそれに代わっている。どうやら意識を飛ばしている間に着替えさせられたようだ。

 仮面はそのままだが、羽つき帽子にマント、洒落たデザインのシャツにズボン、そして靴という、そこそこ裕福な生まれ、というような服装になっている。

 もちろんスケットンが生前に着た事のないような服装であった。 


「…………」


 スケットンは頭を抱えた。

 似合わないからというわけではない。むしろ顔につけている仮面に合わせてとても良く似合っている。

 服装だけ見れば、勇者らしい、という言葉が相応しいものだった。スケットンの姿を見たナナシからも「おお」と感心した眼差しが向けられるほどだ。

 だが違うのだ。そうではないのだ。スケットンは確かに勇者だが、この服は勇者らし過ぎて着るに着られないのだ。


「うんうん、男前じゃないか! ぐんと魅力的になったよ!」

「頼むから、もうちょっと地味なのにしてくれ……」


 太鼓判を押すカトラに、スケットンは項垂れて言った。あまりに意気消沈しているものだから、カトラは「仕方ないねぇ」と残念そうに別の服を手渡す。

 今度はフード付きの真紅のマントに、シンプルなシャツにズボン、そしてブーツ。冒険者ならば誰でも着ていそうなごくごく普通の服だった。

 それを見てスケットンはようやく元気を取り戻した。


「何で最初から普通の出さねぇんだよ」

「あたしの普通が気に入らないってのかい?」


 スケットンの言葉に、カトラは呆れた様子で腰に手を当てて言い返した。

 どうやら最初にスケットンが着せられていた服は、カトラにとっての普通基準だったらしい。

 人の好みは多種多様だなとスケットンが思っていると、


「まぁ的にはナナシが選んだ服の方が良いだろうからねぇ」


 と、カトラは言った。何やらカトラからは盛大に勘違いされているようだが、どうやら後から手渡された服を選んだのはナナシだったようだ。

 スケットンが空洞の目を丸くしてナナシを見ると、彼女はびじっと親指を立てて頷いた。


「今代勇者印のナイスなチョイスをご覧に入れました」

「良くやった、褒めて遣わす」


 スケットンは同じように親指を立てると、偉そうにそう言った。

 そして部屋の奥の方に隠れると、ササッと服を着替える。別に全身が骨なので人前でも良かったが、それでも何となく抵抗があるようだ。

 スケットンは着替え終えると、そこにあった姿見で自分の姿を確認する。鏡に映った格好は、なかなか良い感じであった。


「よっしゃ俺様格好良い」


 自画自賛しながらスケットンはしばらくニヤニヤしている。

 新しい服というものは、やはり嬉しいもののようだ。そうした後で元いた場所へ戻ると、機嫌よくナナシに声を掛ける。


「おい見ろよナナシ、俺様のニュースタイル……っていねぇ!」


 だがしかし、戻って来たらそこにナナシはいなかった。

 いたのはカトラ一人だけである。どこへ行ったのかとスケットンが探していると、


「あんたがいつまで経っても戻ってこないから、先に必要な物を買いに行っきますって出て行ったよ。すぐ戻るから待っていて下さいってさ」


 とカトラが教えてくれた。要は置いてけぼりである。スケットンは恨みがましそうに「あの野郎……」と唸った。

 だが確かにスケットンもニヤニヤして戻るまで時間がかかったので、まぁ仕方ないと思って、椅子にドカッと腰かけた。

 それを見てカトラはくすくすと笑う。


「彼女に置いていかれて寂しいんだろ? あたしも若い頃は服屋で悩んで時間かけちまって、旦那に置いてけぼりをくらった事があったからねぇ」

「彼女じゃねぇよ。俺の好みはもっとこう、アレだよ、ボンキュッツボンの美……」


 美女、と言いかけてスケットンは口を噤む。嫌な事を思い出したからだ。

 スケットンは好みのボンキュッボンの美女に刺されて死んだ。それをうっかり思い出してしまって、微妙な気持ちなって頭をかく。


「……まぁ、そんな感じだよ。とにかく違うからな」

「はいはい、そういう事にしておくよ」


 カトラは全く信じていない様子でスケットンの言葉を軽く流した。照れ隠しだと思われているようである。

 スケットンはさらに反論しようと思ったが、どうせ次に会う事もないだろうから、面倒臭くなって止めた。


「……それにしても、よくもまぁ、こんな姿の俺を見ても追い出さないもんだ。もしやお前、俺様のファンか」

「はぁ? 何を頓珍漢な事を言ってるんだい。冗談も休み休みお言いよ、頭の中まで見た目と一緒にカラッカラなのかい?」


 カトラはスケットンの事を鼻で笑った。

 スケットンは「このババァ」と半眼になって睨んだが、カトラはまるで気にしない。


「あんたじゃないよ、あたしゃナナシのファンなのさ」

「ナナシの?」

「ああ。前に町の外に出た時にね、あの子に助けてもらった事があるんだ」


 カトラは窓越しに空を見上げ、思い出すように目を細める。


「あたしには息子がいるんだけどね。前に、ちょっとした事で息子と大喧嘩しちまってね。それで飛び出した息子を追いかけて町の外に出たら、そこで魔物に襲われちまったのさ。普通、町の外に出るには護衛をつけるだろう? そんな気も回らないくらい気が動転していてね。門番も振り切って出てきちまったんだ」


 カトラが「馬鹿だろう?」と笑った。実際にスケットンも同様の感想を抱いた。

 町の外には魔物が出る、これはこの世界では常識である。その魔物から身を守るために、町はぐるりと壁に囲まれて、出入口を門だけに狭めているのだ。

 その門を守るのが門番だ。門番は外と内を繋ぐ道を守る役割を担っている。だからこそ持ち場を離れてカトラや彼女の息子を追いかける事が出来なかった。

 

「二人揃っておしまいか、と諦めかけた時に、あの子が現れてね。何のためらいもなく、あたしとあたしの息子を助けてくれたんだ。……たぶん見かけただけなんだろうけれど、知り合いでも何でもない他人を追いかけて、助けに来てくれたんだ。もう大丈夫ですよって、声を掛けてくれたんだよ。本当に、救われた気がしたんだ」

 

 カトラの話を聞いていたスケットンは、ナナシならやるだろうな、と思った。

 スケットンはまだほんのわずかな時間しかナナシと一緒にいないが、彼女がお人好しでお節介だと言う事は知っている。

 そうでなければ、こんな骨の姿の自分に手を差し伸べたりはしないだろう、と。


 そう思った途端、スケットンの胸の奥で鈍い痛みが呼び起こされた。

 お人好しでお節介、その言葉を聞いてスケットンは両親の事を思い出したのだ。

 誰にでも手を差し伸べて、人を助けて、人に頼られて、そして――――人に裏切られて死んだ。


「…………」


 ふつふつと湧いてきた暗い感情に、スケットンの目が細まる。

 スケットンは顔をゆがませながら、


「お人好しなんてもんは、他人に利用されるだけの捨て駒じゃねぇか。進んでやる奴の気が知れねぇ」


 と、吐き捨てるように言った。

 急に不機嫌になったスケットンに、カトラが怪訝そうに首を傾げる。


「あんた、何か嫌な思い出でもあるのかい?」

「はぁ? おいババァ、俺様を馬鹿にしてんのか? そんなもんあるわけねぇじゃねぇか」

「ババァババァってうるさいね。あたしがババァじゃなかったら殴ってるところだよ」


 カトラは眉間にシワを寄せて言った。そして、それから少しだけ心配そうな顔になる。 


「なぁ、あんた。あの子の事を頼むよ。一緒に旅をするなら、どうか気に掛けてやっておくれ」

「ぁあ? 何で俺が……」


 嫌だよ、と答えかけたスケットンだったが、カトラの目があまりに真剣だったので、言いかけた言葉を飲み込んだ。


「……命を助けて貰った恩返しって奴? 別にあいつは放っておいても死なねぇだろ」


 ナナシは強い。それはスケットンも認める所だった。

 また、自分の力量を考えて、無理な時は無理だと言える判断力がある。

 そういう意味ではナナシは放っておいても死なないだろうとスケットンは思っている。

 だがカトラは首を横に振った。


「あの子は確かに死なないだろうさ。……だけどね、あたし達を助けてくれた時に、あの子はふっとした事で、死んでしまいそうに見えちまったんだよ」


 カトラが言っている事はチグハグで矛盾だらけだ。

 だが。

 だが目を伏せて言うカトラの言葉が、スケットンには妙に重く響いて聞こえた。

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